王都へ
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マルキアと俺が最初に馬車が倒れていたところに戻ると、大勢が馬車を取り囲み、難しい顔をして何事か話しあっていた。
全員、マルキアの顔を見て、驚きの顔になった。
「え? あれ?」
マルキアは頷いた。
「商談は無事にまとまりました。見本はもう不要です。この朗報を少しでも早く主人に届けるたいと考えています。私の供にーー」
と三人ほど指名したあと、
「他の者はゆっくりしてください。店に戻るのは明日で問題ありません。せっかくですのでこれでここで英気を養ってください」
そう言って皮の小袋を渡した。たぶん中には金が入っていると予想している。つまり、英気を養うというのは仕事なのだろう。
俺にもわかってきた。こういうのも仕事を得ていればこそわかるのである。
三人以外の全員が嬉しそうな顔で捌け、残った三人がいぶかしげな顔で俺を見た。
「こちら、ピサール親方のお弟子さんで、今日護衛をしてくださるアーシュさんです。ちょうどいいのでアリュール商会の客人として、主人に紹介しようと考えています」
マルキアが俺を紹介してくれた。客人という言葉が何の隠語なのか、三人の表情が引き締まった。
アリュール商会は王都アポリオンにあるということで、俺への対応が丁寧になったアリュール商会の従者達とともにアルカサールを出てアポリオンに繋がるという街道を歩いた。
アポリオンにあるダンジョン『傲慢』からの帰りと思われる潜行者たちとポツポツすれ違った。その辺の事情はマルキアが教えてくれた。
「ここの街道は街道としては本当に人通りが多いです。一日に千人近い人間が行き来しているでしょう。普通なら彼ら目当てに街道沿いに商店が建つものですが、王国がそれを許しておらず、おかげで治安があまりよくありません」
実際にひとけが無くなったあと、向こうから四人の男たちがやってきたのだが、ある程度近づくと四人は覆面をしていることがわかった。体つきと俺的にデバフが感じられないことから男性だと思われた。
四人は俺たちの前に道をふさぐように立った。
「知り合いか?」
俺の質問に、少し怯えた顔でマルキアが答えた。
「そんなわけがありません……」
三人の従者がマルキアを守るように前に出て武器を構えたがその姿はあまりにも頼りなかった。
「金を出せ。金を出したら殺しはしない」
覆面の一人が押し殺した声で言った。
こちらの方はずいぶんと余裕があり強者感が漂っていた。武技を学んだことがある者独特の腰の安定感があった。
そんなことより俺は頷いた。
「金を出せと言うことは仕事だな……それにしても世の中には不思議な仕事があるものだ。突然来て仕事を要求するのか。あっ、もしかしてこれが押し売りか?」
「押し売り……といえばそうかもしれませんが……」
「そうか! これがそうなのか。感動だな。ふむ。で、何を売るのだ?」
「うるさい! ゴチャゴチャ言ってないで、さっさと金を出せ!」
マルキアが声を潜めて言った。
「潜行者ですね……おそらく一つのパーティでしょう。潜行に失敗したパーティが強盗に変わるというのは良く聞く話です。気をつけてください。潜行者であれば魔術も使います」
精霊の気配があったので魔術を使うのは間違いないだろう。
つまり目の前の相手は仕事ではないのだった。仕事ではないのに金のやりとりは良くないと父上も言っていた。
俺は無造作に踏み出し、一人から武器を奪うとそれを振るってあっけにとられている四人をたたき伏せた。
足下に転がった四人は剣の平の部分で殴ったから血は出ていないが、意識は失っていた。
少し残念に感じるほどあっけなかった。
抵抗を予想していなかったのだろう。俺を年少とみて侮ったのだ。真の戦士は油断をしないものであるが、その境地にたどり着けていないとこういうことになる。
従者達が四人を縛り上げるのを見ながら、マルキアが言った。
「……なんというか、劇でも見ているような気分です」
「? どういう意味だ?」
「アーシュさんの武力というか戦闘力がとんでもない、という意味です」
「そんなことはないぞ? 俺などまだまだだ。父上の元には俺と同格以上のものは十人はいたし、そもそも俺は父上の足下にも及ばない」
「……アーシュさんのお父上についてお伺いしても?」
「もちろん問題ない。父上は一言で言えば偉大な方だ。王の中の王。畏れを知らず、慎重で、不可能を可能にすることができる。民は皆父上を恐れ同時に敬っているぞ」
「ほう。どちらの王なのでしょうか?」
「ふむ? そういえば名はなかったな」
「名の無い国の王……」
マルキアがぶるっと震えた。
「寒いのか?」
「いえ」
俺は突然気配を感じ、王都に向かう街道の先を見た。
先ほどの四人よりも強力な何かが近づいてきていたからだ。
「ど、どうしました?」
「いや」
俺は先ほど奪った剣を拾い直した。軽く振る。余りいい剣とは言えなかったが数合なら保つだろう。
「何かが近づいてきている。後ろに」
マルキアたちが俺の緊張に気づき慌てて俺の背後に移動した。
走ってきたのは小柄な女だった。だが、ただ者でないことは明確だった。膨大な魔力と引き締まった筋肉ーーそして呼気に纏わり付く毒素。光沢がほとんどない短い金髪を後ろで結わえていた。
女は俺たちの前で足を止め、それから息を整えようと大きく息を吐いた。
ツンと鼻を突く毒素の匂いが俺の周囲にも漂った。攻撃だったらしい。おそらくブレスのようなものだろう。反撃しようとした俺の背後でマルキアが声を上げた。
「ミガールさん!?」
こちらはどうやら知人だったらしい。俺は攻撃の手を止めた。女は明るい声で、
「あー、よかった。間に合ったぁ。会頭にマルキアさんたちが襲われたら貴女の責任ですよって脅されたんだよね」
そう言った後、げふぅと毒素を吐いた。
それを冷たい目で見ながら、マルキアが言った。
「襲われましたよ?」
「……え?」
俺は剣を納めた。
「知り合いなのだな?」
「あ、ご紹介します。本来は護衛としてついてきていただくことになっていたミガールさんです。もとA級潜行者です。こちらはミガールさんの代わりに護衛をしていただいているアーシュさんです。先ほど強盗に襲われたのを倒していただきました。足下に転がっている者達です……って貴女、やっぱりまた飲んでるんですね。酒臭すぎです」
「いやぁ、酒場でぶっ倒れてたら会頭から呼び出しが来てさ。でも走っているうちに酒は抜けたよ?」
「どう見ても抜けてません」
「酒……酒か! そうか。一部の人間は好んで毒素を飲むと聞いていたが、それがこれか!」
「ン?」
ミガールと紹介された女は俺を見て、固まり、それから表情を変え大きく飛び下がった。
背中に佩いた剣の柄に手を掛けた。全身から毒素混じりの殺気が吹き出ると同時にその剣を抜いた。その動きの背後に俺は不思議な懐かしさを覚えた。バガン相手に感じたものと同じだった。
「なんだこいつ!? マルキアさん離れろ!」
ミガールのただならぬ様子にマルキアが慌てて、
「何を言っているのです!? やめなさい!」
だが、ミガールは止まらなかった。
「何者だ貴様!!!!?」
「俺か? 俺はアーシュという」
「その身の『剣精』はなんだ!? 『剣精』は借りるものだ! 宿すものではない!」
「いい加減にしなさい!!」
マルキアさんが厳しい声で叫んだ。
そこでようやくミガールは構えをといた。だが剣を鞘には戻さず、俺への警戒は解かないままだった。俺がどう動いてもいつでも対応出来る両足の配置に俺は感心した。
「先ほども紹介しましたが、貴女に代わって護衛をしていただいているアーシュさんです。個人的に恩もあります。人柄も信頼できるので、私はアリュール商会の『客人』になっていただこうと考えています。決して無礼はなりません」
「え!?」
ミガールは驚愕の表情で俺とマルキアの顔を交互に見た。
「きゃ、『客人』? マジで?」
「本気です。最終的な判断は会頭ですが、きっと会頭も納得していただけるはずです」
「いや、でも」
俺は気になっていたことを聞いた。
「先ほど言っていた『剣精』とはなんだ?」
「『剣精』は『剣精』だろうが! って思いますけど?」
荒っぽく吐き捨てたあと慌てて丁寧な語尾を付けた。
「それはお前の身体を制御している歪な精霊のことか?」
ミガールの顔からスッと表情が抜け落ちた。
「……『剣精』は剣聖流の根幹だ。神位に近づくただひとつの法。我々はそのために修行を続ける。我々にとって『剣精』は初代と同様、神に等しい存在だ。馬鹿にするのなら、客人であろうと許さん」
「ミガールさん?」
マルキアの低い声にミガールはそれ以上は言わなかったが、怒りは残っていた。
「ふむ。いや、懐かしくて聞いただけだ。それと似たものを見たことがあってな」
「なんだ……と?」
マルキアが咳払いをした。それからややこわばった顔で、
「お話しは興味深いですが、日も落ちつつあります。アポリオンの城門が閉まる前にたどり着かねば城門の外で野宿することになります。急ぎませんか?」
周囲を見た。確かに日が落ちつつあった。
俺たちはアポリオンに急いだ。
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