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再会2


     @


 あとで聞いた話である。


「なんだ、ちゃんと休むのも仕事つったろうが」

「うむ。だからちゃんと休んでいるぞ?」

「……」


 ピサールは自分の店の店頭で呆れた顔でアーシュを見た。


 アーシュは返事をしながらもピサールのことを見もせずに店に並べた剣の刃をひどく熱心に確認していた。


「で、なんだ? 何をそんなに熱心に見ている?」

「うむ。街を歩けとライザ殿に言われてな。せっかくなので他の武器屋にも行ってみたのだ」

「ほう」

「抜いてみて違和感があった。親方のものとどこか違う、と。もちろん金属が違うのはわかるのだが、刃物として優れているように感じる部分もあったのだ。その違いがここに来て確認してわかった。刃の付け方違うのだな」

「よく気づいたな。そうだ。薄く刃を付けた方が当然切れ味は上がる。だが敢えて俺は分厚く刃を付けている。戦場では相手は鎧を着けているからな。薄い刃だと当たり所によっては折れちまうんだ。切り刃も嫁の尻のカーブみたいになるように工夫しているぜ? その分、研ぎは面倒だがな」

「嫁殿の尻か」

「嫁の尻だ」


 アーシュは真剣な顔で、刃を切っ先から見て、なるほど、と頷いた。


「これが親方の嫁殿の尻なのだな」

「ん? ま、まぁ、そうだが」


 ピサールは首をかしげた。ちらっと見てもアーシュの顔にとくだん淫猥さは浮かんでおらず、真剣に切り刃のラインを見ているようにしか見えなかったが、どこか気になった。


「いや、俺の嫁の尻はいいものだが……俺のものだぞ?」

「何を言っている? 親方の嫁殿の尻は嫁殿のものだろう」

「あ、そうだ、うん。そうだった」


 納得したものの違和感があり、それについてさらに問いただそうとしたところで、店の外に人の気配が現れた。


「親方いらっしゃいますか?」


 ピサールはようやく自分が商談のためにここにいたことを思い出した。幼なじみの愛妻は大切だが、その生活を守るための商売も大切だった。そもそもそのために工房も休みにしたのだった。


 ピサールは外に繋がるドアを開け客を迎え入れた。


「よく来たな、マルキアさん」

「お待たせしたと思います。少々問題が発生し、見本は後ほど来ることにーー」


 そこでマルキアは店の中にいるアーシュに目をとめ、驚愕に目を開いた。


 マルキアは商人であり、穏やかそうな顔つきである一方あまり表情を変えない男だという印象だったが、それが驚いていた。


「どうした?」

「い、いや、あ、あの、この方はーー」

「ん? アーシュがどうかしたか?」

「この方が先ほど起こった問題というのを解決してくださったのです」


 そこでアーシュが振り返った。アーシュはマルキアを見て、微笑みを浮かべた。


「ああ、先ほどの人か。俺の仕事場というのがここだ。うむ。俺はちゃんと仕事をしているぞ? 今日は休みだが、休みも仕事のうちらしいからな」


 ピサールは頭をかいた。


「なんだアーシュ? マルキアさんともう知り合っていたのか?」


 マルキアが答えた。


「い、いえ、アーシュさん? とは道で一方的に助けられただけです……新しいお弟子さんですか?」

「弟子、というのとは少し違うな。対等だ。むしろ俺の方が教わっていることも多い」

「いや、そんなことはないぞ。ピサール親方の知識はすごい。感心している。そもそも俺は親方から賃金を得ている。つまり、雇用主と被雇用者という関係だ。ライザ殿にそう教わったぞ?」


 ピサールはアーシュに向かって反論しようとして、マルキアの存在を思い出してやめた。


「いや……っと、マルキアさんを困らせてしまったな。うん。まぁつまりそういうことだ。よくわからん関係だが、工房を手伝ってもらっている」

「そうですか……不思議なご縁ですね」

「ああ。俺は本当に助かっている。お陰で鋼の極みにまた近づいた」

「それは何よりです」


 と言ったあと、マルキアは声を落とした。


「実際助けられても信じられなかったのですが……アーシュさんはまだお若いのにとてつもない剛力の持ち主ですか?」

「ああ、そういうことか。あれを見たらさぞかし驚かれたことだろう」

「はい。横倒しになった馬車を地面から浮かせたのです。軽々と」

「軽くはなかったぞ?」


 ピサールはため息をついた。


「またやったか。余り派手なことはするなと言ったろう? 目立つぞ? いいのか? 面倒がっていただろう?」

「目立ちたくはない……修行中の身だからな」


 ピサールとアーシュのやりとりを見ながら、マルキアはため息をついた。


「商人というのは借りを作るのが苦手です。あとでとてつもなく大きな対価を払わされる可能性がありますからね。ですが、アーシュさんはそのような心配が不要な方のようですね」

「見てわかるか? こいつは善人だ。折り紙付きの、な」

「そんなことはないぞ。戦士というものは常に相手の裏を掻くことを考えているものだ。俺はまだ修行中の身で、完全にはほど遠いが、いずれ真の戦士となった暁には、悪の権化と化す予定だから気をつけろ」

「……とまぁ、ちょっとずれているが、善人なのは保証する」

「わかります。私も商人の端くれ。人を見る目には自信があるつもりです」


 アーシュは不満げに押し黙った。それが少し愉快で、ピサールは大笑いをした。


 マルキアも笑っていた。普段から笑みを絶やさないマルキアだが、いつもはどこか薄皮を一枚被った笑みだった。しかし今は心から笑っているように見えた。


「おっと。楽しすぎて肝心の仕事を忘れていました。」

「ああ、そういえば、そうだったな」

「主人共々あちこちに回ってみましたがやはりこちらの工房に武器を発注したいという結論になりました。お願いできないでしょうか? 金額は納得いただけるものをご提示できると思います」

「前断ったのは、造るだけの余裕がないからだ」

「はい。そうお伺いしております。ですので新しい提案をお持ちしました。窯の方はこちらで用意させていただきます。その上でーー」

「焦るな。窯の問題じゃねぇ。手の問題だ。だがな、今なら可能だ」

「!」

「まことですか!?」

「ああ。アーシュがいるからな。こいつの手があれば百人力だ。クラスA以上の剣百本だったな? 任せてくれ」

「これは……実に、実に驚きました。アーシュさんにまた一つ大きな恩を受けたようです。ピサールさんになんとか頼み込むためによその工房の剣をいくつか見本に持ってきたのですが、無駄になったようです」

「へぇ。せっかくだから見たいな」

「それが倒れた馬車がまだこちらまで来てないようで」

「そりゃ無駄足を使わせちまったか……で、今さらだがクラスA以上の剣を百本たぁ物騒だな」

「戦争が近いのかと思われます。北の国境がかなりきな臭くなってきていると」

「やっぱりかぁ」

「ひどいものです。騎士団がすでに二つ、国境に送られたようですね」

「やっぱり敵はユーファイかい?」

「はい」

「サラフィンも何やらきな臭いっつー噂を聞いたが」

「両国の大臣クラスがせわしく行き来しているのは間違いないようですね。しかしユーファイ王国はユーファイ王国自体が火種を抱えているので、そう簡単に動くことは出来ないでしょう」

「……」


 ピサールは大きくため息を吐いた。


「俺の打った鋼はダンジョンの魔物相手に振るって欲しいんだがなぁ」

「我々にとっては商売ですから。それに戦争がまったくない時代というのは歴史的にも本当に短いものです」

「それはわかっているつもりだが、な。もちろん仕事だ。妥協はしねぇよ」

「お願いします。他の工房の剣はとても納品できる代物ではありませんでした。私どもが武器商としてやっていくには親方の腕が是非共に必要なのです」

「いつからやる?」

「受けて頂いたことがわかった以上、今日中に窯の火を入れはじめます。明日には準備が出来るでしょう」

「わかった。明日、工房の連中どもと向かう」


 ちらっと見るとアーシュは飽きずに刃を見ていた。

 

「おい、アーシュ、マルキアさんを送って貰えるか?」


 アーシュは振り返った。


「ああ。かまわんぞ」

「頼んだ」

「これは心強い」


 アーシュとマルキアが出ていくのをピサールは見送った。


読んでいただいてありがとうございます。気に入っていただければブックマークをぜひお願いします。

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