アルカサールを歩く
アルカサールは街全体を囲む城壁とアルカサール伯爵が住むアルカサール城の城壁の二重の城壁に囲まれていた。誰かが攻めてきても伯爵だけは絶対に守ろうという意図なのか、アルカサール城の城壁の方が分厚く高かった。
城の周囲には潜行者用の宿や武器屋、簡易食堂などが所狭しと並んでいた。アルカサールは、アポリオンにある「傲慢」のダンジョンを攻略するための潜行者が集まって出来た街なのだという。アポリオンまで行くには一時間程度かかり、ずいぶん不便な気がするが、潜行者が多いと街全体の治安が悪くなるため、初代国王がそう決めたらしい。
街全体に活気はあった。ダンジョンは一攫千金を狙えるので、難関潜行に成功した潜行者が街に金を落とすためだ。
歩いていると俺も屋台から度々声を掛けられた。細く紐のように切った肉を束ねてねじり串に刺してタレを絡めて焼いたものがアルカサールの名物らしく、肉が焼けタレが焦げるいい匂いがあちこちから流れてきた。
だがライザに追い出されたタイミングが悪く、俺が稼いだ金を取りに部屋に戻る余裕がなかったため、手持ちの金はゼロである。だから空腹を抱えてひたすら歩くことしか出来なかった。
俺はアルカサールを歩いて、歩いて、歩いた。
ライザに言われたとおり、普段は行かないような場所を選んで歩いて、見て、体感した。武器屋は現在の仕事が鍛冶師の手伝いということもあって積極的に入って品物を確認した。悪くはないが刃そのものはピサール親方が打つ剣のほうが圧倒的に優れているように思えた。潜行者の街というだけあって武器店にはけっこう人がいた。皆潜行者かと思いきやとても剣など使えそうもない華奢な青年もずいぶんと真剣な顔で剣をいくつも手に取って見ていた。精霊との繋がりを感じたからおそらく魔術師なのだろう。魔剣士を目指しているのだろうか。
高級店が並ぶ通りも初めて通った。色の付いた石や硬度が低く使いづらい金属で造られた良く分からない飾りなどが売られていた。この類のガラクタを父上が山ほど持っていて部屋の片隅の木箱に放り込んだだけで放置していたことを思い出した。第七層の魔族の一部が好んで集め、降伏の際に差し出してきたのだ。父上同様、俺にも必要のないものだった。
定期的に金獅子騎士団の騎士が巡回しており、その姿が見えると騒いでいた通行人もおとなしくなった。ずいぶん恐れられているようだった。
午前の間に一通り歩いて、結局俺はなんの気づきも得られないまま、広場で黄昏れた。
空腹はいや増し久しぶりに胃が軋んでいたが、いつものように無視していた。
三つ目の鐘が鳴った広場の周辺の屋台には昼飯時と言うことで人々が群がっていた。
俺がぼんやりそれを見ていると、
「何をしているんですか?」
と聞いてきた人間がいた。三十代くらいの柔和な顔立ちの青年で、先ほど武器屋で見て魔剣士を目指しているかと思った相手だった。その時は真剣な顔で剣を見ていたが、今は別人の様に穏やかな顔をしていた。
「空腹に耐えている」
と俺は答えた。隠す必要がなかったからだ。
「空腹? それは辛いですね……食べますか?」
青年は手にした袋を差し出した。袋からは串焼きの串が三本ほど付きだしていた。買ったばかりなのか湯気も立っていた。
俺は首を振った。
「いや。施しは戦士の心を摩耗させる。無用だ」
「そうですか。施しの意図はなかったのですが、無礼を言いましたか」
「気にしないでくれ。それに俺は空腹に耐えているだけではないのだ」
「ほう?」
「気づきを得ようとしている」
「気づき、ですか?」
「俺が師と思っている人間の一人が、街をブラブラ歩けば思わぬ知見に出会えると言って俺を送り出したのだ。だが俺は至らぬのでなんの知見を得られぬまま午前中歩き通して今に至っている」
「そんなことを考えたこともありませんでした……ですが、たまに私もこうして意味もなく町を歩くのですが思い起こせばなにか気づきを得ようとしていたのかも知れませんね」
「む? やはりそうなのか。これで気づきが得られるというのなら、俺の修行が足りぬ、ということだな」
「でも、それもまた気づきなのではないですか?」
「……どういうことだ?」
「私にはよくわからないですが、修行が足りないと言うことに気づいたのでしょう?」
「ふむ」
「気づきというのはありとあらゆる瞬間に起こりうるものです。今まで感じてなかった何かを感じたら、それは全て気づきでしょう」
「そうか! そういうことか! なるほど。意味深いものだな」
「それもまた気づきです。いい師匠をもたれたようですね」
「うむ。尊敬している」
俺の言葉に青年は微笑んだ。
「迷いを晴らしてくれて助かった。俺はアーシュと言う」
「ああ、そうでした。自己紹介がまだでしたね。私はグーノスと言います」
「グーノス殿か。先ほど武器屋で剣を見ていたようだが」
「あ、見られていましたか。実は商品の質を確認していました」
「ほう」
「武器を売る仕事をしておりまして、はじめて来た街ではついつい武器屋に入ってしまいます。言わば敵情視察ですね」
「おお。確かに商売も戦場と同じだと聞いている。そうか。武器を扱うという意味では俺と同じだな」
「おや、あなたも?」
「鍛冶の師について剣を打っている」
「それはそれは。不思議な縁ですね」
「そうだな……ふむ。そのような縁に気づいたこともまた気づきか」
「そうですよ。全ては気づきです」
「そうだな……グーノス殿は武器を取り扱っている商人なのか。魔術師かと思っていたが」
俺がグーノスの頭の上をちらっと見て言うと、グーノスは驚いた顔をした。
「わかるのですか?」
「うむ。精霊との契約が感じられる」
「そうですか。こんなことは生まれて初めてです。でも、私が魔術師と知って……怖くないのですか?」
「怖い? なぜだ?」
「なぜだ、と言われても……魔術師は恐れられるものでしょう? 潜行者であっても魔術師はどこか距離を取られます」
「そうなのか? 良く分からんな。何を恐れるというのだ……」
俺が悩んでいると、グーノスは笑い出した。
「アーシュさんは面白い人ですね」
「そんなことはない。俺は人を面白がらせようなどと思っていない。ただ真の戦士を目指しているだけだ」
憮然とする俺の前でグーノスは笑い続け、しばらくしてからようやく、
「いや、不思議な人だ。今日はここに来て良かった。私は魔術師の師匠について魔術師を目指していたのですが、父が死んで実家の商売を継ぐことになったんです。まだ勉強中の身ですが」
「そうか。それは頑張るしかないな。もっとも俺も勉強中の身であることは同じだ。お互い頑張ろう。他人が打った剣を見て少し気になったことがあった。刃の付け方が違う」
「それもまた気づきですね。お互いに努力しましょう」
それから俺はしばらくグーノスと話をした。それから、グーノスは
「それでは私はもう少し武器屋も回ってみます。防具についても確認しなければならないので」
「わかった。俺もまだ五つ目の鐘までは時間があるのであくまで息抜きとして親方の店に寄ろうと思う」
「いいですね。またどこかで会いましょう。狭い業界です。すぐに会いますよ」
「うむ」
俺はグーノスと別れた。
俺は親方の店に向かって歩き出した。街の風景が先ほどまでとは違って不思議なほど穏やかに見えた。気づきを意識して探すことはせず、すべてを受け入れるつもりになると気が楽だった。
歩き出しその途上で人だかりが出来ているのに気づき、俺はそちらに向かった。
父上から言われた「困った人を助けるのは戦士の義務だ」という言葉を覚えていたからだった。
四、五人の人の壁の向こうで馬車が倒れていた。客車部分が横倒しになってその轢き具が引っかかって馬も起き上がれないでいた。
「どうした? 何か手伝うことはあるか?」
腰を落として客車に手を掛けていた五人ほどがちらっと俺を見てそのまま俺の相手をせず、
「せーっの!」
と客車を起き上がらせようと声を掛けあって全身の力を込めた。だが客車はわずかにしか動かなかった。わずかに解放されたあとすぐに戻ってきた重みに横倒しになったままの馬が苦しそうに鳴いた。
馬車のすぐ横に立っていた身なりのいい初老の男が、ため息をついた。
「困りましたね……これでは約束に間に合いません。なんとかミガールさんを呼び寄せれればいいのですが」
「あの、今、店にヤルザを走らせているので、ミガール様抜きでも十人ばかり連れてくれば、何とかなると」
「わかりました。ミガールさんに同行を頼まなかったのは私のミスです。ともあれ見本はあとで持ってきてもらうとして、先に私だけが向かいましょうか」
状況を理解した俺は歩み寄り、
「これを起こせばいいのか?」
俺は馬車に手を掛けた。だが皆は俺のことを気にしておらず、深刻な顔で相談しているだけで返事をしてくれなかったので、勝手に力を込めると、馬車は軋みながら宙に浮かんだ。
周囲をどよめきが走った。
俺は馬車を持ち上げたまま、
「馬を起こしてやってくれ」
と頼んだ。あっけにとられていた人々が動き出した。
馬具を外された馬が立ち上がったあと、俺はゆっくりと客車を地面に降ろした。
「馬は筋肉を痛めているかもしれない。医者に連れて行ってやってくれ」
「あ、ああ……」
そのまま立ち去ろうとすると、
「ちょっと待ってください!」
と初老の男に呼び止められた。
「なんだ?」
「いや、お礼をしなければ、と」
「む?」
初老の男が若い男に何か言うと、荷物から小さな革袋を取り出し、初老の男に渡した。
それを俺の手に握らせながら、
「わずかですが、お礼でございます」
俺は右手に乗ったやけに重い革袋を眺めた。
「これはなんだ?」
「あ、銀貨が入っております」
「あー、やっぱりか」
俺は革袋を返した。
「今のは仕事ではないぞ? だから金は必要ない。それに俺は見てわかるとおりちゃんと仕事を持っているのだ」
「い、いや、しかし」
「気にするな。困っていたのだろう?」
「はい。ですから助けていただいたのでーー」
「困っていたのであれば助けるのが戦士の義務だ」
初老の男はポカンと口を開けた。
俺はその男の肩を叩き、背を向けて歩き出した。
親方の元で早く先ほど気づいた刃付けについて確認したかったので自然と足が速まった。
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