就職
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俺は仕事を得た。
ついに自分自身の仕事を得たのだ。
皆が俺を見る目が変わったーーと思う。
早朝、俺は起き、中庭で訓練をした後、起きてきた宿の主人であるベルケスとライザに挨拶をし、食堂で食事をしてから仕事場である鍛冶場に向かう。
気づくと胸を張って歩いている。チラチラ視線を感じる。
おそらく皆わかるだろう。俺が無職ではないことが。
鍛冶場に到着すると、ピサール親方と相談しながら剣を打つ。
これが面白い。父上から教わった理論とはまったく異なるのだがちゃんと剣ができあがるのだ。
俺はピサール親方に指示されたとおりに鎚を振り下ろし、その度に鋼は不純物を吐き出し純度を高めていく。その変化は劇的で、俺は毎度感心する。
「すごいな。ピサール親方は」
「いや、すごいのはアーシュの方だ。力の入れ方が完璧だし、毎回寸分違わない角度で打ち下ろしてくれるから、俺は剣の位置と角度を微妙に調整できる。これなら俺は俺がいつか造ってみたいと望んだ剣が出来る……気がする」
「その剣は是非視て見たいな」
兄弟子達も頷き、親方は笑みを浮かべて、
「おう、皆で造ろうぜ?」
全員気合いを入れ直し、仕事に没頭する。兄弟子達はふいごで窯の火加減を調整し、親方がテコ棒を持ち、俺が鎚を打ち、剣を産み出していく。まだ試作の段階だが、クオリティは日々上がっていく。
一日の仕事が終わると新婚のユガル以外の三人に親方の奥さんを含めた四人で食事をし、日当を受け取って帰るのである。日当は銀貨一枚。価値は良く分からないが、誇らしい気持ちになる。
充実した日々だった。
なるほど。仕事をしなければ一人前じゃない、と言われるわけである。
この感覚が一人前の証なのだ。
俺は改めて仕事を紹介してくれたベルケスとライザに感謝した。
その日は一週間ぶりの休日だった。俺は休日など必要なかったのだが、親方が
「いい仕事にはいい休憩が必要なもんだ。仕事だと思って休め。どのみち、俺の方は商談があるから窯に火は入れられねぇ」
「そうか。残念だ」
休みとは仕事であるらしいが仕事をしてはいけないという謎に満ちた期間であるらしいのだが、仕事である以上真剣に過ごす必要がある。
とはいっても何をすればいいのかわからず、俺は俺にとって心の師匠でありデバフ鍛錬の対象であるライザの知恵を借りることにした。
階下に降りていくとちょうどスタンドテーブルが搬入されていたところで、
「あ、ちょうどよかった。手伝って」
「問題ない」
俺は丸太を削って天板を乗せただけのスタンドテーブルを両手にひとつずつ持って、ライザの指定する場所に並べていく。ライザはいつも通り元気いっぱいでテキパキと指示を出してくれた。デバフ鍛錬はなかなか進んでなかった。ライザが動く度にやわらかな暖かさを感じさせる体臭がふわっと鼻腔に届き心臓の鼓動が早まるのである。おそらく身体が危機感を感じて臨戦態勢にするために血流を増やしているのだろうと思われた。つまり相変わらず俺のデバフ耐性は弱いままだった。
三〇分ほどで並べ終えてライザは満足げに食堂の中を見た。この食堂はベルケスが料理を振る舞う場所で、宿泊者だけではなく食事だけの客も多く、開店からずっと賑わっていた。今回スタンドテーブルを追加したのも、増え続ける客に対応するためのものだろう。
「アーシュがいるとほんと助かるわ」
「そう言ってもらえると嬉しい」
「仕事は順調?」
「そうだな。順調と言っていいだろう」
「ふぅん。でもあまり鍛冶ばかりやってたダメだよ?」
「ん?」
「宿の仕事も覚えないと」
「そうなのか?」
「そうだよ。アーシュはずっとここにいるつもりなんでしょ?」
「いや、先のことはわからないが、鍛錬とは旅を伴うものだと聞いている。やがて俺はーー」
「ダメ!」
「む?」
「出て行っちゃダメだよ。アーシュはここにいないと」
ライザが俺の間近で俺の服の裾を掴んで見上げた。
視線が合った。
激しいデバフが俺を襲った。相変わらず一定以上近づかれると激しいデバフから逃れられなかった。
俺は今回もそれを歯を食いしばって耐えた。
デバフを悟られないように全身の筋肉に力を込めながら口を開いた。この場から逃れなければならないという思いだけがあった。
「ひとつ聞きたいことがあるのだが……」
「なあに?」
「今日は俺は休みらしいのだが、休みの時は何をすればいいのだ?」
「え? 休みなの!? そういうことは先に言ってくれないと! もぅ。あー。私は今日は手伝いがあるし……」
ライザは怒りながら何やらブツブツ言い始めたので、俺は反射的に、
「申し訳ない」
と謝罪した。何を謝ったのかはわからなかったが、謝るべきだと感じたのだ。それは生存本能からくる反射的行動で、そのことに俺は驚いた。もしかしたらデバフへの対応を、肉体が自得しはじめているのかも知れなかったからだ。父上が言っていた。「獲物が毒かどうかは少し舐めてみればわかる。苦みや違和感があったらやめておけ。お前の意識がわからなくても身体はそれが毒かどうかを知っているのだ。身体の声を聞け」つまりそういうことではないか、と思ったのだ。俺の身体が声を発しはじめたのだ。
「次からはちゃんと事前に教えてね。そうしたら予定を空けておくから」
「親方に言っておこう。そして日程がわかったらライザに伝えよう」
「うん。で、休みだけど、街をブラブラしたら? アルカサールでまだ知らない場所けっこうあるでしょ? 意外に見所も多いんだから」
「ブラブラというと無計画に散策することだな? しかしなんのためにブラブラするのだ? そうか、偵察か? 有事の時のために、有利な拠点を確認しておけ、ということか……なるほど」
「そいうことじゃなくて!」
俺は怒られ最終的に「いいからブラブラしてくるの! 五つの鐘まで帰ってきちゃダメだからね!」と宿を追い出された。
俺はライザに言われたとおり、歩き出した。
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