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鍛冶屋のあれこれ


      @


 あとで聞いた話である。


 武器工房のピサールは仰天した。


「おい、お前がこれを打ったっていうのか?」


 ピサールの目の前には自慢げな顔の少女ーーライザがいた。ライザのことは見知っていた。客でありA級パーティのタンクであったベラケスの娘だった。だがピサールの視線は、ライザの後ろに立つ少年に向けられていた。


「ああ、俺が打った」

「だからそうだって言ってるでしょ!」


 打ったと答えたのは少年で、声を荒立たせたのはライザだった。


 もう一度手元のナイフに視線を戻す。


 拵えは論外だった。柄も只の棒状の鋼であったし、剣身の鎚痕もそのままだ。だが、刃の部分に複雑な刃文が浮かんでいた。それはこの鋼が幾層にも重ねられていることを示していた。古代に使われていたという技術だった。現在は金属を剣の形に打ちだしたあと、浸炭処理を行って硬化させる方法が一般的だ。そちらの方が早く容易だからであるが、一方、古代の鍛錬法の方が優れている、という説があるのも事実だった。伝説的な名剣は当然のことながらすべて古代の鍛錬法で鍛えられたものであったからだった。


 ピサール自身は、単にとりわけ優れたものが残っただけだろうと考えていた。浸炭法によって鍛えられた剣も優れていれば数百年後には名剣と呼ばれることになるだろうと予測していた。


 だが目の前のナイフは既に名剣のたたずまいがあった。


 ピサールはナイフの刃の部分を親指の腹で触れた。触れただけで恐ろしい切れ味なのがわかった。鋼もいい。


「……鋼はどこのだ?」

「壊れた武器を使った」

「窯は?」

「窯か。ずっとそこにあったものだな」


 ピサールは顔をしかめ、それから少年を再度見た。


「……最後の質問だ。鍛冶は誰に教わった?」

「父上だ」

「名前を聞いていいか?」

「ハルシオンだ」

「くはぁ。よりによってハルシオンかよ。初代剣聖様にあやかろうってんで、この国じゃめちゃくちゃ多い名前じゃねぇか。知り合いの鍛冶師だけで七人いらぁ。いや、この国だけじゃねぇ。剣聖流は大陸のあちこちにあるっていうからな。ハルシオンは大陸中でめちゃくちゃ増殖中だ」

「そうなのか?」

「そうなんだよ! 常識だろ。仕方ねぇ。とにかく打って見せてみろ。直接見りゃわかるだろう」

「わかった」

「窯の火を強めるからちょっと待てーーってうるさいぞ! なんだ?」


 ふいごを動かしかけていたピサールは工房の表に向かって怒鳴った。


 先ほどから何かしら騒ぎが起こっていたのは聞こえてきていた。


 ピサールは舌打ちを一つすると、ふいごから手を離し立ち上がり、修理で持ち込まれた武具の間を縫うようにして表に向かった。


 工房の表は簡単な売り場となっていた。


 工房で造られた武具が見世棚に並んでいる。ピサールの弟子が造ったものが中心だが、ピサール本人の作もあった。


 そのまさにピサール自身が作った自信作が店頭で鞘に入ったまま振り回されていた。


 振り回している男は押しとどめようとする小柄の弟子を突き飛ばし叫んだ。

 

「だから、寄越せって言ってんじゃなくて、貸せって言ってるだけだろ! 俺がダンジョンに潜行して結果出したら払うって言ってんだろうが! 出世払いだよ!!」

「そ、それは出来ないです!」


 突き飛ばされた弟子とは別のひょろっとした弟子がうろたえながら答えた。


「俺を嘗めてるのか!? 俺はA級潜行者パーティ、<疾風>のアタッカーだぞ!? ダンジョンなら絶対稼げるんだよ!」

「いや、でも……」


 ひょろっとした弟子ーータスクを押しのけるようにして、小柄の弟子ーーユガルが吠えた。


「ぶっ殺してやる!」


 完全に目がイっていた。ユガルは吠えると同時に、壁に掛かっていた剣を掴んで躊躇無く鞘を外して投げ捨てた。


 だがA級の潜行者だという男は慌てなかった。


「てめぇ、本気で俺の相手ができると思っているのか?」

「うるせぇうるせぇうるせぇ!!」


 ユガルがつばをまき散らしながら叫んだ。血走った目でA級潜行者をにらみ付け、両手で握った剣をA級潜行者に向けた。


「ユガル、いい加減にしろ!!」


 というピサールの言葉にも、


「爺は黙ってろ!!」と視線さえ向けなかった。


「……くそっ。ユガルの野郎、ぶち切れてやがる。こうなっちまったら血が流れるぞ」


 ピサールは慌てだした。相手の潜行者(ダイバー)の顔を初めて見て、


「あ、お前、バガンじゃねぇか。生きてたのか!? って、おい、剣を抜くな! 鞘を外すな! あ、そりゃ、俺の作刀だろ! なんで勝手に触るんだ!!? あああああああ。も、もうダメだ……おい、タスク、面倒だが金獅子騎士団の詰め所に行って、死人が出そうだって連絡しておけ。くそっ、掃除代だってタダじゃねぇのに」

「は、はい!」


 タスクが逃げられると思ったのか嬉しそうに飛び出していった。


 バガンと呼ばれた潜行者は、剣が向けられていることを気にした様子もなく、手にした剣を軽く振って重さを確かめると、


「おう。かかってこいよ。いつまでもビビってんじゃねぇ」


 とユガルを煽った。


 躊躇なくユガルが飛びかかった。


 バガンの剣が閃き、急停止したユガルの額が薄く切られ、血が迸った。


 大量の血がユガルの胸元を赤く染めていく。


 だが飛び下がったユガルは怯まなかった。


 歯を剥いて獣のようにうなり声を上げた。


 両手で握った剣を忘れたように見えた。バガンは呆れたようにそれを見て、


「獣かよ。人間じゃねぇなら腕の一本くらい斬っていいよな」

「やめろ! 腕がなけりゃ鍛冶はできねぇ!」

「たいていの仕事はそうだろうよ」


 ピサールが悲鳴を上げたところで、古代の技術で造られたナイフを持ち込んだ少年が前に進み出た。


 噛みつこうとするようにバガンに飛びかかったユガルの頭を、宙に浮いた状態で右手でひょいと掴むとなんとそのまま仔猫のように持ち上げた。


 仰天する皆の前で、左手ひとつでユガルが握りしめる剣をむしり取ると、


「あとは頼む」


 とピサールに押しつけた。


 まるでバガンが見えてないようなその態度に苛立ったのか、バガンが凄まじい勢いで剣を振った。


「邪魔すんな」


 充分に加速された横殴りの剣を、少年は避けることさえせずあっさりと受け止めた。まるで蝶を受け止めるようなさりげなさだった。


「あん?」


 剣は少年の両手に挟み込まれていて、押すも引くも微動だにしなかった。


 バガンは数瞬の躊躇のあと諦めたのか剣を手放すと、壁に掛かっていた別の剣に飛びつきそれを構えた。


 今度はすぐに攻撃してこず、少年を見極めるように目を細めた。


「ただのガキじゃねぇな……お前、何者だ?」


 奪い取った剣を少年は右手に持ち替えながら口を開いた。


「ふむ。懐かしいな……」

「何を言ってやがる? お前、ただもんじゃねぇだろ? 見た目に騙されねぇぞ」

「ふむ……」


 少年は暗い顔になった。


「ただものでないというのは事実だな。そうか、働いてないということは周りには一目でわかることなのか……確かに俺は職を持っていない」

「何を言ってやがる?」

「無職だと言うことだ。つまり」


 少年は全身から怒りを発した。


「まだ俺は人間以下だ!!」


 その怒気にバガンは怯んだ。


 少年は剣を身体の横に降ろしたまま構えもせずに平然と前に進んだ。


 バガンが気を取り直し、凄まじい声とともに剣を払った。


 その剣を少年が手にした剣で払った。


 降ろしていたはずの剣が一瞬で跳ね上がり、甲高い金属音と共にバガンの剣が切断された。


 切り落とされた剣先が舞って壁に突き立つ。


 次の剣を壁から取ろうとしてバガンは柄を握れず結局落とした。


 震える右手を左手で支える。


「振動を腕に伝わるように斬った。しばらくは武器を握れないはずだ」


 少年の言葉にバガンは自分の震える右手と少年を見比べ、それから唖然とした顔で、


「……ま、マジか。信じられねぇ」

「この剣が良かった。俺の動きを正確に相手の武器に伝えてくれた。これはそなたの作刀か」


 聞かれてピサールは動揺しながらなんとか返事をした。


「そ、そうだ。いやまぁ確かに自信作だが、剣を斬るような代物じゃなかったはずだ……」

「何を言っている。剣を斬るのは戦士の腕だ。だが戦士の腕がどれほど良くても剣のでき次第でできぬこともある。この剣ならば岩も斬れるはずだ」


 ピサールが返事が出来ないでいると、興奮した様子でバガンが叫んだ。


「すげえ! あんたすげぇよ!!」


 駆け寄りまだ震える手でバガンは少年の手を握った。


「ガキかと思ってたら、化け物じゃねぇか! あんなの見たことねぇ! マジですげぇよ! 頼む! 俺を弟子にしてくれ!」

「いや、俺はまだ自分自身が至らぬ身だ。人にものを教えるのは荷が重い」

「そんなことはねぇ! 大丈夫! 俺が勝手に教わるから!」

「ダメだ。そもそも俺は先ほどお前が指摘したとおり仕事を持っていないのだ。とにかく仕事を探さねばならぬ。仕事が無いことはすぐに見透かされるようだしな」

「ちょうどいい。俺もすぐには無理なんだ。ちょっと金を作らなくちゃいけねぇ。よし。俺が金を作ってあんたが仕事を見つけたら、改めて師匠になってもらうからな! これはもう決めたから!」


 勝手に決めて勝手に納得したバガンの背後で剣先を斬り落とされた剣の切り口を確かていたピサールがうめき声を上げながら振り返った。


「なんて切り口だ……」

「剣の出来が良かったからだ」

「あ、そうだった。あんたに試しに剣を打ってもらうと思っていたところだ」

「何? このお人に剣を打たせようってのか!? ダメだ! この人は剣の師匠になってもらうんだ! 剣なんて打ってる暇はねぇ!」

「何勝手なことを言ってやがる!?」


 騒いでいるとタスクが騎士を二人連れて来た。金獅子騎士団所属の騎士だった。アルカサールは領主であるアルカサール男爵に従う金獅子騎士団が治安維持を担当しており、その強力な戦闘力で強圧的に犯罪を取り締まっており、悪い評判の方が多かった


 ともあれ武装した正規の騎士二人の登場に、その場はいったん落ち着いた。


 この店の店主でもあるピサールがぎこちない愛想笑いを浮かべて近づいた。


「あ、来てもらって悪かったけど、落ち着いたんで大丈夫です」


 それからピサールは「おい」と顎をしゃくった。タスクが慌てて奥に向かい、小さな革袋を持ってきた。銀貨が入った袋だった。


 金獅子騎士団の騎士は当たり前の様にそれを受け取った。


 革袋を懐に入れながら、


「喧嘩か?」

「はい。つまらないことでお呼び立てしました」

「まったくだ。今回は許すが面倒をかけるな。この店の営業許可を取り消すことも出来るんだぞ」


 とふんぞり返った態度で言った。


 それから、バガンに気づき顔をしかめた。


「疾風のバガンか。こんなところで何をしている? 利息の期日が迫っているのだぞ」

「わかってら。払うって言ってんだろうが」

「お前の支払いが遅れれば仲間の命が消える。心して用意しろ」


 バガンが舌打ちをしそうな顔で、だが結局舌打ちをせずただ顔を背けた。


 嫌な沈黙が落ちる中、少年が興味津々といった口調で騎士に訊いた。


「今受け取ったのは金か?」


 騎士達が少年を見た。顔に怒りが走る。


「……なんだお前は? 横から余計な口を出すな」

「金に見えたが」

「しつこい。正当な報酬だ」

「やはり金か。つまり今のは仕事だな。どういう仕事なんだ? ただ来て金を受け取る、そんな仕事があるのか?」

「お、おい」


 ピサールが少年を止めようとした。だが、少年は明るい口調で続けた。


「俺は仕事を探している。その仕事を俺にもさせてくれ」


 あっけにとられた後、騎士達は笑い出した。


「馬鹿を言うな。これは鍛錬を経た騎士であってはじめて可能な仕事だ」

「む? そうは言っても俺はお前たちより強いぞ」

「なんだと? いい加減にしろ。ガキでも許さんぞ」

「ふむ。鍛錬とはもしかして武技ではないのか?」


 騎士の一人が怒りに青筋を立てながら周囲を見回した。


「誰の子だ!? ガキであろうが金獅子騎士団を侮辱したことは罪に値する! すぐ名乗り出ろ! 今なら罰金で許してやる!!」


 当然、誰も名乗り出なかった。


「ならばこいつ自身に無礼のつけを払ってもらおうか。腕の一本も切り落としてやる!」


 そう言いながら騎士が剣を抜いた。


 少年は驚いた顔をした。


「なんだ? なぜここで剣を抜く?」


 それからハッとした顔をした。


「そうか。これが仕事を任せてもらう前の試験(・・)という奴か。そういうことなら対応しよう」


 少年が手にしていたピサールの剣を振るった。


 風を斬る音に続いて金属的な音がして、騎士が抜いたばかりの剣の剣先が飛んだ。


 少年が再び剣で剣を斬ったのだった。


 剣先を切り飛ばされた騎士はあっけにとられて、身動き一つ出来なかった。


「足りぬか」


 空を斬り裂いた剣が翻って戻った。


 再び金属音が鳴り騎士の剣が一小ガルデ(十センチ)ほど短くなった。一小ガルデ(十センチ)分の金属片が地面に落ちた。


「これでどうだ?」


 そこでようやく騎士が我に返った。


「うわっ」


 蛇でも掴んだかのように持っていた剣の残りを投げ出した。


 そのまま走って逃げていく。


「お、おい!?」


 数瞬迷った後、連れの騎士も逃げ出した。


 バガンがため息をついた後、騎士が立っていたところまで歩き、地面に落ちた先ほどまで剣だったものを拾い上げ、


「金獅子騎士団は決して弱くはねぇ。だが鍛錬しているからこそわかるんだろうよ。この師匠の偉大さが。見ろ。この切断面。なにをどうやったらこんな風になるんだ?」

「俺は打つ方専門だからわからんが、角度と速度の問題じゃないか?」

「やはり仕事を得るのは難しいか……簡単ではないことはわかっていたが」


 少年が悔しそうに上を見た。それから何かに気づき、ピサールの方を振り返った。


「いや、まだ鍛冶の仕事がある。さあ、俺に剣を打たせてくれ。俺の可能性を確認してくれ」


 ちょうどそこにいつの間にいなくなっていたライザの先導でベルケスが駆け込んできた。ベルケスは普段着で着の身着のままで剣だけ掴んで走ってきた様子だった。


「アーシュさん、大丈夫か!」


 だが見回してみても騒動の気配は基本的にすでに消えていて、わずかに床に転がった剣の残骸にしか残っていなかった。


 困惑しているベルケスにピサールが近寄って、その肩を叩いた。


「無駄足だったな」


 ベルケスはもう一度周囲を見回しそれから柄に掛けていた手を離し、肩を落とした。


「……またかよ。まぁ何事もなかったってことはいいことなんだが」

「なんだ前にも似たようなことがあったのか?」

「そういうことだ。で、何があったんだ?」


 ピサールは声を落として答えた。


「金獅子の連中と揉めた」


 ベルケスは顔をしかめた。


「……そいつはまずいな」

「ずいぶんみっともない感じだったからあまり騎士団で大事にはしないだろうがーー」

「少し気をつけておいたほうがいいぞ。あいつらは根に持つ」

「ああ。そのつもりだ。よし、じゃあ、アーシュ、窯の方に行こう。さっそく試し打ちをやってもらおうか」

「うむ」

「せっかくだから俺も見学していこう」


読んでいただいてありがとうございます。気に入っていただければブックマークをぜひお願いします。週一、二度の更新になります。

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