若き騎士団長の悩み。
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あとで聞いた話である。
ナーギはデルモンテ王国の双剣騎士団の若き女騎士であり、同性であり年齢も近い現団長ヒルダの秘書的な立ち位置にあった。
双剣騎士団はダンジョン攻略が主たる目的の戦闘組織ではないが、ナーギもこの国に住む者の常識としてダンジョンについての知識はあった。
ダンジョンにはそれぞれ危険度が設定されている。
例えばデルモンテ王国の王都アポリオンに存在する『傲慢』の危険度はAだ。
つまりここに挑戦できるのはB級以上のパーティのみで、攻略するのに適切なのはA級パーティ、ということになる。
現在、発見されている各国のダンジョンは基本的に上限がSとされている。
だが、デルモンテ王国にもう一つ存在する「封印のダンジョン」と呼ばれるダンジョンは、危険度がSS以上、とされていた。
そもそも、封印のダンジョンは世界の敵ーー人類を滅ぼす魔王が封印されている、と言われ恐れられていたダンジョンだった。それでも欲に目がくらんだ九百年前のハイエルガル帝国の暴帝ガザールの命令でA級、さらにはS級に認定された潜行者パーティが数十組、合計千名による同時攻略が行われた。だが、結果は失敗。生きて戻ってきたのが一人だけで、その事件が切っ掛けにハイエルガル帝国が滅亡するに至り、危険すぎるということでダンジョンごと文字通り封印された。
とはいいつつも、王都の近郊に人が入れない危険な場所があれば、その場所を「ことを起こす拠点」として利用するものたちが現れる。
例えば八百年前の初代剣聖の放逐事件もそれであったと言われているし、十四年前の、デルモンテ王国における内乱未遂事件も、そのひとつだった。
そして、今、新たな事件が追加された。
しかもナーギが所属する双剣騎士団によって。
双剣騎士団の最精鋭を選び抜いたパーティが封印のダンジョンに挑戦し、そして敗退した。しかも全滅寸前のところを、正体不明の人間に救われたのだという。
その話を聞いたとき、ナーギは信じなかった。ナーギにとって、というより全世界の人にとって「剣聖」とは最強であるのだから。
剣聖流は剣精という人造の精霊を利用した極めて高度な一連の技術であり、大陸全域に一千万の弟子がおり、剣聖はその頂点に君臨する。剣精の能力を完全に制御することが出来るとされている。その力は千人にさえ匹敵すると言われている。大陸にわずか数名しかいない戦術単位だ。
だからヒルダたち、双剣騎士団の選び抜かれた五人が戻ってきた際の姿を実際自分の目で見たナーギは激しく混乱した。
ナーギも顔を知っている騎士団の手練れの三人が大怪我をしていて、ヒルダ以外の一人も激しく消耗していた。ヒルダも命に関わるような傷ではなかったが火傷と他にも全身に細かな傷があり、加えてどこか虚ろで様子がおかしかった。全般的に撤退が納得できる状況だった。
怪我をした三人はすぐに騎士団付きの病院に送られ、ヒルダは副団長と共に王宮に呼び出され向かった。今回の「攻略」の顛末の報告のためだろうと思われたが、同行を許されなかったナーギには詳細はわからなかった。
そもそも封印のダンジョンの攻略は、現在問題が起こっている双剣騎士団への救済策であったはずだ。それが失敗した現在、現団長ヒルダは極めて面倒な立場にあるはずだった。
王宮から戻ってきたヒルダからの説明はなかったが、状況が悪いことは副団長の苦虫を噛みつぶしたような顔が示していた。
帰団した副団長は幹部を招集し、一方ヒルダは一人で団長室に籠もった。
頼まれたわけではなかったがナーギは濃茶を淹れ、団長室に持っていった。
ノックの後ドアを開けるとヒルダは窓辺に立ち、側近であるナーギでさえ見たことがない表情で外を見ていた。
ナーギは思わず立ち尽くした。
それほど絵になっていた。
もともと美しい人だった。だが、どこか無機質と言われていた。均整の取れすぎた肢体と整いすぎた顔立ちに、ヒルダの乏しい表情が加わると、人形めいた雰囲気になってしまうのはやむを得ないかも知れなかった。
そのヒルダに表情が加わっていた。
その表情は、「哀愁」という表現が一番正しいだろう。
少し潤んだ目で遠くを見て、たまにため息をつくのである。
一幅の絵になって、王宮の壁に掛けられていてもおかしくないほどの胸に迫る光景だった。
ヒルダはナーギのほうにゆっくりと振り向き、ぎこちない笑みを浮かべた。
「どうかしましたか?」
「あ! すみません。お茶をお持ちしました」
「ありがとう。そういえば、喉が渇いていました。ナーギは気が効きますね。私より私のことを知っている」
ヒルダは団長席に戻って座り、それからナーギの淹れた濃茶を啜った。
心配そうな顔でヒルダを見るナーギに気づいたのか、
「美味しいですよ?」
と言った。
「あの……大丈夫ですか?」
「何がですか?」
「団長のご様子がいつもと違うので……もし、私にお手伝いできることであれば、何でも命じて下さい」
「……ありがとう。部下に心配させてしまうとは、私も未熟ですね」
「そんなことはありません! 団長は私の憧れであり夢です!」
ヒルダは困ったように首をかしげた。
ヒルダが何か考えているのをナーギは黙って待った。
しばらくして、ヒルダは口を開いた。
「ナーギは強さとはなんだと思いますか?」
「強さ、ですか? それは武力的なことでしょうか? 心のことでしょうか?」
「両方とも必要ですが、今は武力だと思ってください」
「であるならば、鍛錬と経験の量である、と考えます」
「なるほどそういう考えなのですね……もう一つ聞いていいですか?」
「もちろんです」
「人はどこまで強くなれると思いますか?」
「その答えはわかっています。団長の強さこそ、人がたどり着ける到達点です」
ヒルダは微笑んだ。だがその笑みはいかにも弱々しかった。
「……私もそう思っていました、封印のダンジョンに挑戦するまでは」
「……?」
「ナーギは、人は鍛えれば、そうですね、例えば中級の竜を一撃で殺せると思いますか? イメージしづらいならマックスグリズリーでもかまいません。矢が通らないような硬い表皮を持つ、人の頭より大きい魔獣です」
「ど、どうでしょうか……口の中や急所に届いたら不可能ではないと思いますが……あ、魔術を使えば可能です」
「剣で考えてください。剣で一撃で両断することが可能かどうか、です」
「……特別な剣を使えば不可能ではないかも知れません」
「特別な剣ーーなるほど。たしかにそうですね。ただそうは見えませんでした。特殊な魔術が掛かった剣では無いと思います」
「え? どういうことです? 目の前で中級の竜が一撃で両断されたのですか!?」
「はい。一撃でした」
説明するために何かを思い出そうと中空に視線を彷徨わせるヒルダの顔からは先ほどの弱々しさが消え、不思議なほどの憧憬に溢れていた。その表情はどこか夢見る乙女を思わせ、ナーギは息を呑んだ。
ヒルダは独り言のように続けた。
「我々は全滅し掛かったところを助けられたのです。たった一人の戦士に。彼は、一撃で我々三人を打ち倒した魔獣を両断しました。同じ相手に私は三度斬りかかりましたが、傷をつけることが出来ませんでした。私は魔獣にただのエサと認識されていたのです。それほどの強敵を、彼は歯牙にも掛けなかった……何が起こったのか、どうやって魔獣を一撃で斃したのか、私と彼が何が違うのか、それがわからないのです」
そこでナーギはあることに気づいて衝撃を受けた。
「ちょ、ちょっと待ってください!! 封印のダンジョンの話ですよね? 封印のダンジョンに人がいたんですか?」
「ええ」
「どういうことでしょう……潜行者だったんですか?」
「パーティは組んでいませんでしたが、おそらくそうではないかと思っています。封印のダンジョンは優れた潜行者たちの憧れらしいので、禁忌を犯して侵入してきたのではないかと……ハイダルが言っていました。ハイダルは潜行者の知り合いも多いので」
「なるほど。し、しかし、それほど強力な潜行者となると、話くらいは聞いていてもおかしくない気がします。他国の潜行者であっても当代剣聖である団長を圧倒する潜行者であれば、間違いなく噂になるはずです」
「それは……確かにそうですね。」
ナーギは声を落とした。それから先ほどの気づきを思い切って伝えた。
「……その戦士ですが、侵入してきた潜行者ではなく封印のダンジョンに棲息する魔獣だったのではないでしょうか」
ヒルダが驚いた顔をした。
「魔獣、ですか?」
「はい。余りにも突出した力を考えると、人型の魔獣、と考えた方がいいと思います。加えて、封印のダンジョンに封印されている魔王はひとの形をしている、と聞きます」
魔王という恐るべき単語にヒルダが眉をひそめた。
「私が彼と遭遇したのは第一層でした。つまり、魔王が動き出した、ということですか? 災厄の魔王がーー」
「可能性はあります」
ヒルダは少し考え、険しい顔で立ち上がった。
「急ぎ確認しなければなりません。魔王は国家を超えた災厄です。残念ですが我々の手に余ります」
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