マリアの恋 7
その時、ガタンと音がして、若い男性が店に入って来た。
いかにも貴族らしい顔立ちと服装で、男性は商品には目もくれず、真っ直ぐにこちらへ受かって来た。
見ると目の前のメルシアの顔がこわばっていた。
「マリア様、それではまたのご来店をお待ちしています」
取り繕った笑顔でマリアに言った。
「(早く、帰って欲しいのかしら) うっ、もちろん、用は済んだので帰ります。また来ますね」
メルシアは、マリアの言葉を流してくれるかと思ったが、律儀に答えた。
「違います。早く帰って欲しいなんて事はないんです。その...」
「メルシア」
メルシアが言い終わらないうちに、男性がメルシアの腕を掴んだ。
「(えっ、乱暴じゃないかしら。サムを呼んだ方がいいかしら)」
動揺したせいもあって、心の声が抑えきれずにダダ漏れしてしまった。
マリアの声を聞いて、男性がマリアを見た。
「私はメルシアの友人だ。心配しなくてもいい」
マリアに貴族の知り合いは少ないが、その男性はどこか見覚えがあった。
ダニエルよりやや精悍な顔立ちで真面目そうに見えた。
「(えっ誰?どこで会ったの?) ああ、あの、私もメルシアさんの友人なのですが、どなたでしょうか?」
マリアは、心の声に合わせて咄嗟に言い直した。
男性はメルシアの腕を握ったまま、マリアの方を向いた。
「他人に名前を聞く前に自分が名乗るのが礼儀だと思うが?」
「(し、しまった) あっ、申し訳ありません。私はマリア・レベックと言います」
「レベック?レベック商会の?ああ、思い出した。君はダニエルの婚約者じゃないのかな?お披露目の時に一度会ったはずだ。私は、ミシェル・ラフィート」
「(ミシェル・ラフィート様...) あっ、ルイーゼ様の婚約者ですね?」
マリアが言うとミシェルは気まずい顔をした。
「君はダニエルから何も聞いていないのか?ルイーゼの話を..」
「えっ、なんですか?」
「.....ルイーゼとは婚約解消の話をしている」
「えっ?そんな事は聞いてません (そんな...ルイーゼ様)」
ミシェルは気まずい顔をしたままで言った。
「私はメルシアと話があるんだ。申し訳ないが用が済んだなら帰って欲しいのだが...」
もちろん帰るところだったので、帰ってもいいのだが、メルシアの引き攣った顔が気になった。
「(どうしよう。メルシアさんに何かあったら) って事は、ないと思いますが...」
「彼女を困らせる事はしないと誓う」
「(腕を掴んでるけど) うう、腕が、メルシアさんの腕が痛そうで...」
ミシェルが、メルシアの腕を離した。
「失礼した。ちょっと焦っていて...。すまない。これで良いだろう?」
「で、では、メルシアさん、また来ますね (ルイーゼ様はメルシアさんを知っているのかしら..ああっ、もう駄目、誤魔化せないわ)」
マリアは、心の声が漏れるのを抑えられなかった。
ドアの近くでは、カララがオロオロと状況を見守っていた。
マリアがカララの方に急足で向かっていると、
「ちょっと待ってくれ。今のはどういう意味だ」
ミシェルがマリアの肩を掴んで、マリアの前に回り込んだ。
「(ひえっ、勘弁して) いえ、あの、何でしょうか?」
「誤魔化せないとは?ルイーゼは何か誤魔化しているのか?」
「いいえ、私は何も知りません。ルイーゼ様が婚約解消されるなんて話は聞いたことなかったので、おかしな事を口走ってしまったのかもしれません(く、苦しい)」
「本当か?君はルイーゼに頼まれてここに来たのか?」
「いえ違います。偶然このお店が気になって入ったのです。ルイーゼ様は関係ありません (ひどい誤解)..です」
ミシェルはマリアの肩から手を離した。
「分かった。すまなかった」
ミシェルがメルシアの方へ向いたので、マリアは振り返ってメルシアを見た。メルシアはまだ困った顔をしていたが、マリアと目が合うと側にやって来た。
「あ、あの、ミシェル様」
「どうした、メルシア」
「あの...私、ミシェル様に婚約者がいるって知らなくて。私はミシェル様が婚約を解消する事は望んでません」
「分かっている。メルシアは心配しなくてもいい。とにかく話を聞かせて欲しい」
「今日は、仕事が入ってて..」
「...分かった。また近いうちに来るよ」
ミシェルは店を出ていった。
「(疲れた) じゃなくて、あの、大丈夫ですか?」
メルシアは、沈んだ顔をしていた。
「(ルイーゼ様と婚約解消) って、色々、大変でしょうね (苦しい)」
メルシアは、ハッとした顔をした。
「マリア様は、ルイーゼ様のお知り合いなのですね?」
「ええ、私の婚約者の従姉妹なんです」
「そうですか...。もし良かったら、ルイーゼ様と会う機会を作ってもらえませんか?」
「えっ。そんなの大丈夫なんですか? (大変な事になりそう」
昨日、ルイーゼに攻められた場面が頭に浮かんだ。
「(強い人だから..)」
「大丈夫です。ルイーゼ様にお願いがあるんです。実は私、一年前にミシェル様と出会ったんですが、ミシェル様に婚約者がいらっしゃる事を知らなかったのです。一ヶ月ほど前に、ルイーゼ様のお友達が何人かここに来て初めて聞いて...」
想像しただけでマリアは怖かった。
「それは、怖かったでしょう..」
「というより驚きでした。今まで騙されていたのかと思うと、ショックでした。でもミシェル様は伯爵家嫡男。ルイーゼ様も伯爵家の方だし、今後の事を考え丸く収まる方法を探していたのです。
うちは父が騎士爵なのですが、母とは離婚し私は母と暮らしています。身分的には平民です。伯爵家の方と結婚なんて出来ません。なのでルイーゼ様に正直に話して助けてもらうのが一番いい方法ではないかと思って...」
「(なんだか大変な事になって..) わ、分かりました。お手紙を出してみます。返事があったら連絡しますね」
「ああ、ありがとうございます。よろしくお願いします」
メルシアは、縋り付くようにマリアの手を握った。
「お嬢様もお人好しですね」
帰りの馬車の中で、カララが言った。
「仕方ないわ。頼まれてしまったもの。 (ルイーゼ様に会うのはちょっと怖いけど)」
「せっかくだから、これを上手く利用してルイーゼ様に恩を売りましょう」
「上手く利用するって?」
「お嬢様。多分メルシア様はルイーゼ様に負けず劣らず強い方ですよ。お二人に本音で話をしてもらったら良いですよ」
カララはニヤッと笑った。