マリアの恋 4
翌日、まだ早い時間に侍女のカララが慌ててマリアの部屋に来た。
ダニエルがマリアを訪ねて来たのだと言う。
マリアはダニエルが来たと聞いて申し訳なく思う反面、安堵した自分に気づいた。
(やっぱり、気にして欲しかったのかしら。とにかく謝らなくては)
マリアは心配かけた事を謝ろうと急いで応接室に行くと、なぜかダニエルだけでなくルイーゼが一緒に座っていた。
(えっ、どうして...。どうしてルイーゼ様が一緒なの..)
昨日の悲しみが、再び胸に広がっていった。昨日のルイーゼの言葉が頭の中に響いた。
ダニエルが立ち上がって、ドアの側に立ち尽くすマリアに近づいて来た。
ダニエルが花を渡してくれたが、お礼もそこそこに側にいた侍女に渡してしまった。
「マリア。体調は大丈夫?昨日は、その....突然いなくなってたから心配したんだ。馬車がなかったから家に帰ったとは分かったけど...」
ダニエルは心配そうにマリアを見ていた。
マリアは何と説明しようか言葉に詰まった。
(昨日、会話を聞いたなんて言えないわ。ましてや、ルイーゼ様に置いて行かれたなんて。でも、まずは謝らなくちゃ)
「ごめんなさい。心配をかけて」
それだけ口にすると、ダニエルはまだ心配そうな顔をしたままだった。
「それは良いんだ。マリアが、その....どうしたのかと心配だったんだ」
ダニエルは不安げだった。
本当に心配してくれたのだとマリアは思った。
「ダニエル様、私、」
「ごめんなさいね。私がマリアさんから離れて、別の所に行ってしまったから怒ったんでしょう?気を使って離れたんだけど..」
いつの間にかルイーゼがダニエルの側に来て、マリアに言った。
(どうして、そんな嘘を言うのだろう..)
ルイーゼの言葉がマリアの心を重くした。
「いや、僕が友人達と話していたのが悪いんだ」
「違うわ。ダニエルは悪くないわ。社交の場なんだから、友人達との交流は大事ですもの。本当はマリアさんも一緒にお友達と交流できれば良いのだけど...でも次は私がマリアさんと一緒にいるわ。ね、マリアさん」
ルイーゼの言葉を聞いて、マリアの心にふと魔女の顔が浮かんだ。
『女性の言った事に引きずられている』
(そうだわ。私が聞きたいのはルイーゼ様の話ではなくて、ダニエル様の話だわ)
気持ちを切り替えようと、マリアは二人に言った。
「あの..庭でお茶を飲みませんか。侍女に用意させるので、先に行って待っていてもらえますか?」
ダニエルは心配そうな顔でマリアを見ていたが、ルイーゼは満足げな顔でダニエルの腕を取った。
「わかったわ。ダニエル、庭に案内して」
ダニエルは時々振り返りながらも、ルイーゼと一緒に庭の方へ歩いて行った。
(ダニエル様の口から本当の気持ちを聞きたい)
どうして夜会の時にマリアを一人にするのか、マリアの事をどう思っているのか、それからルイーゼの事も。
だけど、そんな事を聞ける自信はなかった。
マリアは部屋に戻り、昨日の小瓶を取り出した。
(きっと、今日の為に魔女さんが私にくれたんだわ)
怪しげな薬を使うのは不安だったが、それよりもルイーゼの存在がマリアの背中を押した。
今から出すお茶の中に入れようと思ったが、ふとどんな味なのか気になった。
(魔女さんが舐めても、何の変化も無かったわね。ちょっとくらいならお茶に混ぜても分からないと思うけど、念の為...)
マリアは、昨日魔女がやった様に、手のひらに数滴の薬を落として舐めてみた。
「に、苦い」
苦さが口全体に広がって行く。
(こんなに苦いなんて!魔女さんは平気な顔をしてたのに)
毒々しい色に負けず劣らずの苦さだった。こんなのお茶に入れたら、すぐにバレてしまう。
マリアは薬を使うのを諦め、小瓶を引き出しにしまい庭に向かった。
庭に続く廊下でカララに会った。カララはお茶の準備をして庭に運んで行く所だった。
「ちょうど良かったわ。そこにあるお水を少しもらっていいかしら」
口に残る不快感を取り除きたくて、カララに声をかけた。
「はい、どうぞ。珍しいですね。お嬢様がこんな所でお水を飲むなんて」
「(苦い薬を飲んじゃったから)」
心の中で呟いたつもりが、声に出てしまって驚いた。
「何の薬を飲んだのですか?」
カララが怪訝そうに聞いてきた。
「(なんで薬の事が口から) えっ (どういうこと)」
まただ。心の中で呟いた事が、そのまま口に出ている。勝手に口が動いている感覚だ。
「お嬢様、何があったのですか?」
カララが心配そうな顔をしてマリアの手を取った。カララはサムと同じで、小さい頃一緒に遊んでくれた使用人の子供だ。今はマリアの侍女だが、ずっと仲良く過ごしてきたので、普通の侍女より関係が近い。
「だ、大丈夫よ(もしかして薬のせい?)」
「お嬢様!薬ってなんですか!?」
カララが血相を変えて詰め寄って来る。カララはマリアの事となると心配性でもあった。
「カララ、今、私は普通じゃないみたい。ちょっと一緒に部屋に来てくれる?」
「分かりました」
マリアはカララと一緒に部屋に向かった。
「(どうしよう。思っただけなのに言葉に出てしまう) ああ、困ったわ」
部屋に行きながらも、心で呟いた言葉が勝手に口から出てしまう。
「思った事が言葉に出るなんて、お嬢様なら困る事でもないでしょう。心の優しいお嬢様が、心の中でも私達使用人の様に汚い言葉を使うわけでもないし、下品な事を思うわけでもないし」
「(下品な事って何かしら?) あっ」
「えっ、ああ、まあ、それは..色恋の事とかお金の事とかですよ」
カララは恥ずかしそうに言った。
「(えっ、色恋?どんな話かしら) うっ」
「いやいや、そんな事はお嬢様には刺激が強すぎて...」
カララはマリアの心の声まじりの会話を、特におかしいと思っていない様だった。
部屋に着き、マリアはカララに今の状況を説明した。
「さっきのカララとの会話なんだけど、実は『一緒に部屋に来て欲しい』と言った以外、ほとんど私は心で思っただけだったの」
「えっ?どう言う事ですか」
マリアは、昨日の事を簡単に話した。
カララは驚きつつも納得した様だった。
「なるほど。だからいつもより、お喋りなんですね。やっぱり昔話は本当だったのですね。私も魔女に会ってみたいです」
カララは、目をキラキラさせながら興奮していた。
このまま、妄想に入って行く勢いだった。
「そうね。でも今は緊急事態なの。カララ助けてくれる?」
マリアは慌てて、カララを現実に引き戻した。
「もちろんです。でも、お嬢様は心の声が漏れても問題なさそうですよ」
カララは呑気に言った。
「それはカララだからよ。庭で待っているのは、ダニエル様とルイーゼ様よ(どうして二人で来たのか聞いてしまいそう) 」
「確かに、ちょっとまずいかもしれないですね。お嬢様は気分が悪くなったと伝えましょうか?」
「だめよ。さっき会ったもの。これで急に気分が悪くなったなんて言ったら、ルイーゼ様になんと言われるか... (私が仮病を使っているとかダニエル様に言うんじゃないかしら) 」
「ルイーゼ様は、そんな事を言う方なのですね」
「あっ、いいえ(しまったわ。また悪く考えてた) ああ、えっと、カララに心配させたくなかったの」
カララは険しい顔をした。
「お嬢様...。私は今日お嬢様の心の声を聞けて本当に良かったと思います。いつもお嬢様は黙って微笑む事が多かったですが、こんなにも言いたい事を我慢していたのですね」
「そんな..(我慢なんて自覚した事なんてないわ) ああ、また。(心の声が止まらない) 私って心の中ではお喋りだったみたいね..(恥ずかしいわ) 」
「お嬢様、それは言葉に出しても全然問題ない心の声ですよ。普通の人はきっともっと大変な事になってますよ。ああ、その薬をルイーゼ様にも飲ませてみたいですね」
「カララ、(それは私が耐えられないかも) と、とにかく今をやり過ごさなきゃ。庭で少し話をしたら帰ってもらおうと思うわ。今日は予定があったと言って」
「それって、難しいんじゃないですか?きっと心の声が本当の事を言ってしまうのではないでしょうか?」
「でも、こうやって普通に話している分は、心は静かにしているわ。要は話し続けたらいいんじゃないかしら」
「お嬢様には、なかなか難しいかもしれませんね...分かりました。私が途中でお嬢様が抜け出せる様にします」
「ありがとう..(ああ、カララ。大好き)」
「まあ、そんな事言ってもらったの初めてです」
カララは恥ずかしそうに笑った。
「(心の声だったのだけど) ええっと...でも良かった」
「お嬢様。そういう心の声はどんどん出して下さいね」
「そうね。(カララ、嬉しそう)」
二人は一緒にクスクス笑った。
読んで下さってありがとうございます。今後一日二回7時、19時頃に更新していきます!
よろしくお願いします。
編集して声に出てしまう心の声の傍点を消してみました。