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マリアの恋 2

 小さい頃は体が弱かったマリアは、ほとんど自宅から出た事がなかった。

 母はマリアの為に、普通の貴族の庭園と違い自然に近い庭を自宅に作ってくれた。

 小さな丘や池豊富な果物の木々。マリアはこの庭が大好きで、よく自分の部屋から眺めていた。

 

 マリアには兄がいたが四つも年上だったので、マリアが部屋から出られるようになった頃には、もう父と一緒に近隣諸国を回り、父から商売について学んでいた。

 

 マリアの相手をしてくれたのは、使用人の子供達だった。

 母はマリアの事を思って、使用人の子供達に庭で一緒に遊んでいいと許可を出していた。元気の良い彼らが駆け回るのを、庭に座って見るのがマリアは好きだった。


 ちょうど去年の今頃、マリアが十五歳になった頃、この庭で初めてダニエルと会った。

 ダニエルが恥ずかしそうに頬を染めてやって来たのをよく覚えている。

 ダニエルは十六歳。少年にしては少しがっちりとした体つきで、背もマリアより頭一つ分は高かった。ダークブロンドの短い髪、ダークブルーの大きな瞳、面長の顔は美しく、お茶を飲む所作がとても上品だった。

 

 ダニエルはお(しゃべ)りではなかったので、会話は途切れがちだったけど、マリアは十分楽しかった。

 お互いの好きな食べ物や本、王都の話。そんなたわいもない話が、ダニエルの口からのんびりと語られるのが心地よかった。

 おっとりした口調、優しい笑顔、綺麗な顔立ち。

 マリアはダニエルを素敵な人だと思った。

 

 婚約は、ダニエルの父の方から申し込みがあったと聞いた。

 『別に相手は貴族じゃなくても良いんだが、商売人は悪どい者が多いのも事実だ。ダニエル君のような、育ちの良い青年がマリアには似合ってるんじゃないかな』

 父からそう言われ、マリアはダニエルとの婚約を受け入れた。

 

 伯爵家長男のダニエルが婿に入る事に驚いたが、マリアの父は『伯爵家ともなると、いろいろ事情があるのだろう。うちだってマーカスは長男だが、うちの爵位は継がないだろう?』と言ったので、マリアからダニエルに事情を聞く事はなかった。

 

 婚約後は一ヶ月に一、二度、ダニエルがマリアの家を訪ねてくれるようになった。夜会にも一緒に行ったけど、思い返せばダニエルの家か親戚の家で行うパーティーだけだった。


『上流階級の集まりにはマリアさんを連れていけない』

『無理やり婚約させられた』

『ダニエルに商売は向かない。本当はやりたくない』

 

 ルイーゼの言葉が頭の中に(よみがえ)る。 


(ダニエル様のような生粋(きっすい)の貴族にとって、商売に関わる事は恥なのかもしれない)


 東国では商売人が力をつけて来て、貴族の地位が揺らいでいると言う。貴族達は商売人に嫌なイメージを持っているのかもしれない。

 窓の外を眺めながら色んな事に思いを巡らせていると、通りかかった森に何かが見えた気がした。


「ちょっと止めてくれる?」


 御者に馬車を止めさせた。

 森の入り口に、オレンジ色のぼんやりした丸い(あか)りが浮いていた。

 

(これってもしかして、魔女の灯り...)


 古い童歌に魔女の歌というのがあった。


『森の入り口に灯りが燈る時、魔女の森へ進みなさい。幸い一つ手に入る』


 自宅の庭の丘からは遠くに魔女の森と呼ばれる森が見えた。奥に行けば広大な樹海が広がっているが、その樹海の端っこが細く長くマリアの家の近くまで伸びていた。


『昔、どこかのお姫様が、魔女の灯りを見て魔女の家に行ったんだって。その時貰った惚れ薬で、好きな人と結婚したらしいよ』


『貧しい少女が魔女の家に行って、病気のお母さんを助けてもらったって聞いた』


 そんな話を聞いた事を思い出した。

 

 実際には森には家などないらしいと大きくなって聞き、がっかりしたのを覚えている。

 遠い北国には魔術が残っていると言われいるが、それも本当かどうか分からない。この南国と交流があるのは東国だけで、その東国との関わりも祖父の世代で始まったものだ。

 

 この道は夜に何度か通った事があったが、こんな灯りを見たのは初めてだった。

 マリアは馬車から降りた。


「お嬢様。こんな何もない所でどうしました?あんまり人も来ないし危ないですよ」


 従者のサムが御者台から降りて声をかけてきた。サムは子供の頃一緒に遊んだ使用人の子供だった。


「ねえ、あの灯り見える?」


 マリアは森の灯りを指差した。


「灯り?何も見えませんよ。...お嬢様、今日はお疲れなんですね..」


 サムが、いたわるようにマリアを見た。

 オレンジの灯りは、サムには見えないようだった。

 恐怖よりも好奇心が胸を占めた。


「サム、あの森の入り口まで歩きたいの。付き合ってくれない?」


「ダメですよ、お嬢様。何かあったら..」


「ほんの少しだけ。うちの廊下ほどの距離もないわ。お願いサム」


 マリアが手を合わせると、サムは仕方ないと言うようにため息をついた。

 御者からランプを一つ受け取り、マリアの前に出た。


「私の前には行ってはいけませんよ」


「ありがとう、サム」

 

(そう言えば、こんな我儘言ったの初めてかもしれない)


 身体が弱く、周りの人をいつも心配させている事が分かっていたから、幼い頃から我儘を言った事がなかった。


 サムの背中越しに近づく灯りを見ていたら、ふっと辺りの気配が変わった。

 急に前を歩いていたサムが見えなくなり、気がつくとマリアは森の中に一人で立っていた。

 慌てる状況なのに、なぜか焦燥感が上がって来ない。いつの間にか灯りがゆらゆらとマリアを誘導するように動き始めた。

 

(サムは大丈夫かしら...)


 サムの事が心配なのに、灯りに魅せられたようにマリアはフラフラ灯りについて歩いて行った。

 ぼんやりと浮かぶ木々の陰影が、ゆらゆら揺れていた。


(なぜかしら。怖くないわ)


 少し歩くと小さな小屋がぼんやり浮かんできて、灯りはその小屋の前でスーッと消えた。

 小屋に近づくと目の前でドアが開いた。


「いらっしゃい。待ってたよ」


 中から出て来たのは、長い黒髪の美しい女性だった。



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