第98話 一方その頃 その3(後編)
「それじゃ、この魔法陣に魔力を込めてくれ」
「はあ?! その結晶を使うんじゃなかったの!」
「まだ溜まりきってないんだ。まだ色が薄いだろ」
ロイヤルブルーサファイアより濃いじゃない。
それで薄いってどういうこと?
「……十分濃いと思うけど」
魔法陣に魔力を込める……といっても、構造的には薬莢に魔力を込めるのと大差無さそうね。
強いて言うならこっちは意識しないと込められないってくらいかしら。
「あの子の髪の色と比べたら薄いだろ」
「あの子?」
「えーと……時子ちゃんの髪は全てを飲み込むほど黒いだろ」
「そうね」
痛んでもいないのにあそこまで光沢の無い黒髪は見たこと無いわ。
光すら飲み込むって、ああいう色のことをいうのよ。
「言っちゃなんだがこの結晶1つですらあの子の髪の毛1本に及ばない」
「……なにを言ってるの?」
「そのままの意味だ。この結晶に込められた魔力より髪の毛1本の方が、魔力量が多いんだ」
「笑えない冗談ね」
「俺も冗談だと思いたいよ。そうだな……まつげ1本よりは多いぞ」
「あっそ」
「信じてないな!」
「そんなこと信じられるわけないでしょ!」
それが事実なら結界の中にある魔力総量を遙かに上回っているのよ。
それがあんな簡単に伸び縮みしてたまるかっ。
「時子は魔力を持っていないのよ」
「それは違う。使い方を知らないだけだ。だからあの機械で使えるようにしてもらっているんだ」
「機械って、携帯のこと?」
「多分それだ」
「じゃあモナカも?」
「いや。あいつは正真正銘魔力無しだ」
「それも変でしょ。時子はモナカを充電できるの。そのとき髪が短くなるのよ。髪が魔力の塊なら充電して短くなるのはおかしいじゃない」
「そこまで俺は知らんっ! 知りたければイーブリン様に聞くんだな」
「なんでそこで大罪の娘が出てくるのよ」
「さっきの話もイーブリン様に教えてもらって実際に調べた結果だ」
「ますます信じられ……〝実際に調べた〟?」
「ああ」
「時子の髪を?」
「そうだ」
「どうやって?」
「苦労したぞ。あの子全然抜け毛しないんだ。だから那夜を看病してるときに眠らせて調べた」
「私を看病?」
「デニスの試験で気絶させられたときの話だ」
あのときか。
その後私は父さんに斬り掛かるモナカの前に出て、背中を斬られたんだった。
「〝疲れて寝たようだ〟って言ってなかった?」
「…………溜まったようだな。それじゃ起動するぞ」
「誤魔化すなっ」
「足りない分は結晶を使うとして……ああ、そこは危ないから父さんの隣に来なさい」
「おいっ!」
まったく……
隣に行くと父さんはローブを広げ、私を中に入れて片手で抱き寄せた。
もう片方の手には魔素が集まってきている。
「ね、なんでそんな古典的な格好をしているの?」
「雰囲気は大事だぞ。那夜の分もあるから後で着てくれないか」
「嫌・よ」
「魔法少女風のヒラヒラ衣装の方が好みか?」
「余計しないわよっ。歳を考えて」
「今の身体なら年相応だと思うぞ」
「というか父さんから〝魔法少女〟とか聞きたくなかったわ」
「知識として知ってるだけだ。好きなわけではない」
「知識……ね」
「よし、後はこの鍵で起動するだけだ」
さっきから集めていた魔素で作ったらしい。
父さんの魔力が込められている。
それを渡された。
「どうやって使うの?」
「鍵なんだから鍵穴に挿して回せばいいんだ」
「鍵穴なんて……」
ああ、そういえば最後の魔法陣は不自然に隙間があったわね。
大きさや形状的に合っているはず。
鍵を挿してみるとすんなり入った。
後は回すだけ……
「どうした?」
「なんでもないわ。回すわよ……」
回す手に力が入る。
これを回したら……そんな覚悟はとうに出来ていたはずなのに、仕切り直されたから思わず躊躇ってしまった。
でももうやると決めたこと。
意を決して鍵を回す。
するとひとつひとつ連なった魔法陣が輝きだし、機能し始めた。
「少し離れるぞ」
父さんに抱きかかえられて魔法陣から離れていく。
「軽いな。ちゃんと食べてるのか」
「五月蠅い。左腕の分軽いだけよ」
「ふっ。ここまで来ればいいだろう。だが油断するなよ」
「分かってる」
魔法陣は森の外側で1周するように設置してきた。
その中にあるものが少しずつ形を失いただの魔素へ還っていく。
恐らく村でも……
そして魔素自体も分解され消えていった。
目の前の森が消えるのにそれ程時間は掛からなかった。
これほどまでに強力だとは思わなかった。
気を抜いたら私も分解されそうだ。
「終わるまで暫く掛かる。明日になったら魔素が残ってないか確認してくる。那夜はここで留守番だ」
「ここで?」
「内側に入れば那夜も分解されるからな。さ、野営の仕度だ」
「分かったわ」
次回から5章が始まります……といつから勘違いしていた?
本編が始まります




