第96話 気をつけなきゃいけなくなる
「なぁ、助けてくれよ。私は家畜なんかじゃない」
「勿論です。貴方たちは救済対象として確定いたしました」
「なら、早くこの船で――」
「それは出来ません」
「なんでだよっ!」
「おい、救済対象じゃなかったのか」
「救済対象は彼だけではありません。ここに居る1000人の人間全員です。彼だけを逃がすことが目的ではありません」
「まずは1人目じゃないのか」
「そんな単純な話ではありません。それに幾らこの船が優秀でも、ここの人間をいっぺんに全員連れて帰ることはできません。ギュウギュウに詰めても精々十数人がいいところでしょう」
「何度も往復すればいいだけだろ」
「相手は10カ所に分かれているんですよ。しかも僕たちの話を素直に信じないでしょう。そんな時間を掛けていては魔神様たちに気づかれてしまいます」
「ならどうするっていうんだよ」
「それを考えるのが船長の役目なのではないでしょうか」
「う……」
考えるったって……
「ダイス様、次の進化の儀はいつ開催されるのでしょう」
「普段どおりなら、一ヶ月後だ」
「なるほど。つまりそれまでは出荷される心配はないでしょう」
「出荷って……お前は」
「今更体裁を気にしても無意味です。幸いにも僕たちはレジスタンスのリーダーと知り合いです。彼らと協力して活路を開きましょう」
「リーダーって、ナユダのことか」
「左様で御座います」
ナユダさんがリーダーだって事まで知っているんだ。
「言っただろ。彼女には気をつけろと」
「根拠は御座いますか」
「根拠……」
「疑うだけのものがなにかありますか」
「彼女はダボ様と通じているんだ」
ダボさんと?
でも罰を与えると言って連れて行ったのもダボさんじゃなかったっけ。
「どういうことでしょう」
「さっき風呂の時間に彼女が出掛けていた」
そういえばナユダさんは用事があるって出掛けていたっけ。
「その後を付けたらダボ様と話をしていたんだ」
ああ、あのときダイスさんの挙動がおかしかったのはそういうことだったのか。
「……それだけですか?」
「会話の内容までは聞き取れていない」
「彼女は僕たちの世話役です。魔神様に色々と報告するのは仕事の内でしょう」
「報告するならダボ様ではなくワン様にするはずだ」
「ダボ様はアニカ様にかなり興味がおありなようです。その仲間である僕たちのことをナユダ様にお聞きになっただけかも知れません」
「……それに彼女は大した罰を受けてないっ」
「どういった罪に対してどのような罰だったのですか」
「なっ……それは……」
「話になりません」
「しかし!」
「僕としては、貴方も十分に怪しいのです」
「私がだと?!」
「十分な根拠もなく、ただ感覚だけで彼女は怪しいなどと言う輩を信用できますか」
「私は怪しくなんかないっ」
「デイビー止めろ。今は内輪で争っている場合じゃない。ダイスさんも根拠無く人を悪く言わないでほしい。俺は2人とも信じたいんだ。それでもナユダさんに気をつけろって言うのなら、ダイスさんのことも気をつけなきゃいけなくなる」
「くっ……後悔するなよ」
するかもしれないけど、しないことを願おう。
「今日はもう遅い。ダイスさん、帰れとはもう言わないがこの船には横になって寝られるような場所は無い。とりあえずアニカの席で朝まで過ごしてくれ。ただし、機械類には触らないように。場合によっては船から叩き出すことになるからな」
「……分かった」
「他の者は普段どおりだ。あ、鈴はパパと一緒に――」
「兄様、スズ様はわたくしと過ごすのでございます。娘、いいな」
「はい、分かっています」
「お、おい」
「申し訳ございません。娘、行くぞ」
「はい」
「鈴……おやすみ」
「おやすみなさい、パパ、ママ」
ナームコに手を引かれ、銃座の方へと消えていった。
なんか、最近そんなんばっかりだな。
ちょっと寂しい。
でも俺には時子が……あれ?
なんだ、まだフブキの背中に乗っているのか。
「時子、ブリッジに行こうぜ。デイビー、ダイスさんを案内してやれ」
「了解しました」
「ナームコ、万が一の時は船を移動させてくれ」
〝存じたのでございます〟
「タイム、監視は任せたぞ」
「…………」
「タイム?」
「あ、ごめん。ルイエ、監視は任せたからね」
〝頼まれたのは先生じゃないの?〟
「ルイエ、お願い」
〝しょうがないな〟
「マスター、時子は体調が優れないみたいだから、タイムが連れていくね」
「だったら俺が連れていくよ。ほら、時子」
「ダメっ! マスターは時子に触っちゃダメ!」
「ええっ?!」
「あ……い、今だけだから、ね。ほら時子、行くよ」
「うう……」
なんか、本当に具合が悪そうだな。
顔も赤いし、汗も凄くないか?
息も荒いぞ。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫。安静にしてれば抜けるから」
「抜ける?」
「なんでもないなんでもない。とにかく、朝までマスターは近づいちゃダメだからね」
「朝まで?! ……う。分かった……その……手は?」
「寝てる間はそんなに消費しないから、一晩くらい大丈夫だよ。だから今晩の特訓は中止ね」
「そ、そっか」
「寂しいんなら、タイムが添い寝しようか?」
「そんなんじゃ――」
「ダメっ!」
「と、時子?!」
「はぁ、はぁ……う」
「じ、冗談だよ、もー。ほら、下に行こう」
「お姉ちゃん、私……もう……」
「我慢して」
「おい、本当に――」
「大丈夫だからっ!」
「う……わ、分かったよ。じゃあ、先に降りてるからな」
そりゃタイムが大丈夫って言うんだから信じるけどさ。
でも誰が見たって普通じゃないぞ。
そんなときに近づくなって……なんの力にもなれないのは寂しいじゃないか。
席に着いた後も2人は中々降りてこなかった。
薄暗くなったブリッジはもの寂しい。
水槽の中に鈴ちゃんが居ないのも見なかった光景だ。
このまま水槽の中が空っぽだったらいいのに。
そうなったら観賞魚でも入れようかな。
…………遅いな、2人とも。
でも、考えてみればこの席だと時子と手を繋ぐのは無理だ。
手を伸ばせば届かなくもない距離。
でも手を繋ぐには凄く遠い距離。
エイル、早く戻ってこい。
やっぱりここはお前の席だよ。
俺には荷が重い。
なんか、ドタバタしていたから眠くなってきたぞ。
時子、大丈夫かな。
あふっ、ねむ。
…………あっ!
結局嘘の歴史ってなんだったんだろう。
ま、嘘なんだから別にいいか。
次回、一方その頃エイルは……




