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第94話 繁栄? 繁殖?

「私も乗せてくれっ」

「ダイスさん?!」


 まさか付いてきていたのか。

 そんな気配は感じなかったぞ。

 先回りしていたのか。

 大体乗せてくれもなにも、もう乗り込んでいるじゃないか。


「降りてください」

「繁栄の儀を抜け出してきたんだろ。私もあれは嫌いなんだ。だから頼む」

「だからといって乗せるわけにはいきません」

「匿ってくれるだけでいいんだ」

「匿うもなにも、繁栄の儀は今日だけじゃないんですよね」

「そ、それは……私はいつも隠れるようにサボってたんだ」

「サボっていた?」

「ああ。私には好きな人が居る。その人も私を好きでいてくれている。だから私は彼女以外と繁栄の儀をしたくないんだ。なぁ頼むよ」

「そう言われましても……」

「その彼女は、今繁栄の儀を行っておられるのではありませんか」


 デイビー、デリカシーが無いぞ。

 でも、確かにそのとおりの筈だ。


「決まりだからな。私だけを相手にするわけにもいかない。勿論(もちろん)私も……それが嫌なんだ。貴方方は繁栄の儀から逃げ出してきた。つまり貴方方のところではあのような儀式はしていないんだろ」

「当たり前です。確かに中には好き好んで不特定多数と繁栄される方が居るのは事実です。ですが誰かに強制されているわけではありません。そして大多数の方は特定のパートナーとだけ繁栄します」

「だったら私を……いや、私たちを連れていってくれないか」

「先程は匿うだけとのお話ではありませんでしたか」

「分かるだろ。この腐った環境を逃げ出したいんだ」

「腐った……とは」

「あの部屋にあった本を読んだのなら分かるだろ」

「あれは虚構です。現実ではありません」

「虚構は自分たちの住んでいる世界を元に作られるのが常だ。あの内容はここの常識とかけ離れすぎている」

「そんなことはありません。想像力とはそんな貧相なものではありません」

「あそこに書かれていることは勇者と呼ばれる者が元々住んでいた世界の話だろ」

「よくご存じですね」

「…………前にも言っただろ。レジスタンスの中に知り合いが居ると」

「その方が貴方の意中の方なので御座いますね」

「………………いや」

「隠さなくてもよいではありませんか。好きな方であるならば秘密であるべきことを話してしまうことは多々あります」

「…………そうだ」


 ということは、あのとき居た3人の中に。

 いや、女性はナユダさんを除けば1人だけ……

 あの人がそうなのか。

 でもそうなると別の集落ということに?

 だとしたら……その、繁栄の儀は出来ない……よな。

 じゃあ別人なのか。

 それともそれ自体が嘘?


「確かに勇者が住んでいたとされる世界のお話です。ですが勇者の居た世界に行った者は誰1人として居りません。つまり、結局は想像した世界の話でしかありません」

「他の本もこことは違ったぞ」

「当たり前です。舞台は今から5千年前なのですよ。しかも5千年前に書かれた英雄譚を別の者が書き写し書き写し伝えられた千年前の書物。書き写す度に内容が改変されていったことでしょう」

「改変された……だと」

「当時は許された表現も時と共に許されなくなり、書き換えさせられることは多々あります」


 そういえば童話や昔話も原典だとかなり残酷な表現が多いって聞いたことがあるぞ。


「だっ、だとしても!」

「仮に貴方方2人を連れ帰ったとしましょう。そうなると僕たちは友好的な関係を築くことが難しくなります。そのようなこと、出来ようはずがありません」

「友好的だと? 繁栄の儀を参加すると言っておきながら逃げ出してきたのにか」

「仰るとおりですが、具体的な内容を伝えず参加してくれと仰ったのは魔神(まがみ)様です。逃げ出してきたとしても情状酌量の余地はあるかと存じます」

「なにを言うか。〝繁栄〟と言ってるだろ」

「〝繁栄〟とは経済力・勢力などが大きく栄えることを意味します。あえて〝繁栄〟を使うのならば、〝子孫繁栄〟といったところでしょうか。ですが確信致しました。あれは〝子孫繁栄〟などというものではありません」

「だったら、なんだっていうんだ」

「あれは〝種付け〟です」

「〝種付け〟……だと」

「おい、それは言いすぎじゃないか? せめて〝子作り〟って言ってやれよ」

「いいえ、〝子作り〟ではありません。よく言えば〝種付け〟。実情を言えばただの〝繁殖〟です」

「どういう意味だ?」

「船長はあの光景を見て普通だと思いますか」

「思うわけないだろ」

「僕もそう思います。そしてこういう環境にあるものたちを僕は知っています。船長、貴方は僕以上に知っているはずです」

「お前以上に?」

「はい」


 前にもそんなことを言っていたな。

 でも俺はあんなことをしている人たちを知らない。


「分かりませんか」

「全然思い当たらないぞ」

「もしかして人間に限定して考えておられませんか」

「当たり前だろ」

「では羊飼いはご存じですか」

「羊飼い?」


 いきなりなんの話だ。



次回、魔神が人間にしていることが分かります

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