第93話 脱出
なんなんだこの異様な光景は。
この香木とかいうのがみんなを狂わせているのか?
とにかく、こんなところからは一刻も早く離れないとダメだ。
なのにナユダさんとの約束を無しにした途端、女の子が寄ってくる寄ってくる。
勿論デイビーにも。
男なら喜ばしいことなんだろうけど、さすがにこれは喜んでいられる状況じゃない。
それに時子にも男どもが群がり始めている。
そんなの許せるはずがない。
さっさとここから逃げ出したいのに人垣が邪魔だ。
だからといってなぎ倒すわけにもいかない。
とにかく、人の少ないところを見極めてかき分けて出口に向かうしかない。
「デイビー、しっかり気を持てよ。流されたら奥さんに言うからな」
「くっ、この匂いは……かなりキツいです。意識を……保つのがやっとです。船長はよく……平気でいられますね」
「それだけ時子に対する思いが強いってことじゃないか?」
「僕だって妻に……対する思いで負けるつも……りはありま……せん」
「ならしゃっきりしろっ」
出口は目の前だっていうのに人の圧力が凄い。
こんなに居たっけと思うくらいに集まってきている。
「モナ……カ」
「時子っ!」
ヤバい、人波に揉まれて手がっ。
このままじゃ時子の貞操が奪われてしまう。
「ぅおおおおおどぉけぇえええっ!」
ちょとくらい力を入れたところで身動きが取れないぞ。
相手を気遣っている場合じゃない。
無理矢理にでもかき分けて時子を助けないと。
くっ、服を着ていないから掴むところが無い。
身体と身体の間に手をねじ込んで押し広げる以外ないっ。
なのに汗で滑る。
「いやっ、モナ……」
本気でマズいぞ。
姿が見えない。
なぎ倒して進もうにも時子までなぎ倒したら大変だ。
こうなったら!
「結界師! 足場を作れ。上から行く」
「任せひゃあ! なにこの人たち。怖いよぅ」
「結界師! お前なら出来る!」
「任せてくださいっ。極点! 界線! 絶っ!」
「はっ!」
足に力を入れ、思いっきり飛び上がる。
自分でも驚くくらい高く飛び上がれた。
いや、驚いてはいないか。
何故か人混みくらい軽く飛び越せると思ってしまった。
そしてそのとおり飛び上がることが出来た。
眼下に人混みが広がっている。
結界師が作った足場に着地して見渡すと、簡単に時子を見つけることができた。
マズい。
揉みくちゃにされて服を脱がされそうになっている。
「止めろぉぉぉぉぉっ!」
空中をダッシュすると、結界師がそれに合わせて足場を作ってくれる。
声を掛けなくてもしてほしいことをしてくれる。
さすが俺の分かり手。
駆け寄って服を剥ぎ取ろうとしているヤツを上から殴りつける。
相手がどうなろうが知ったこっちゃない。
人垣を作っている奴らもお構いなしにぶん殴って、蹴り飛ばして時子から遠ざける。
人ってこんな簡単に吹き飛ぶんだな。
サムライに鍛えてもらったお陰だ。
でも奴らも痛みを感じないのか直ぐ起き上がって再び迫ってこようとしている。
香木の効果か?
「時子!」
「あ……うう」
服がボロボロで半裸になっているじゃないかっ。
「マスター」
新しい上着か。
着替えさせている余裕なんか無い。
時子も意識が朦朧としているのか、動こうとしない。
時子を抱えると、タイムが上着を掛けてくれた。
再び襲いかかってこようとしている相手を飛び越えて出口まで空中を走る。
そして出口で待ち構えていたヤツに跳び蹴りを食らわせて排除すると扉を蹴破った。
「せ、船長! 助け……」
なにやってんだあいつは。
ノンビリしているから人並みに飲まれて出られなくなるんだよ。
「貸し2つ目だ」
時子を背負うと両手を真っ直ぐ伸ばし、デイビーに狙いを定める。
「極点! 界線! 絶!」
それっぽい手の動きとかけ声に合わせて結界師が結界を作る。
傍から見たら俺がやっているようにしか見えないだろう。
ポリゴンがデイビーの元まで縦に1枚出来上がる。
「陽炎!」
それをコピーして2枚にする。
「はぁぁぁぁああああっ!」
両手でこじ開けるように横へ広げて人波をかき分けた。
2枚のヘラでお好み焼きを2つに分けるような感じだ。
悲鳴が聞こえようが知ったことじゃない。
死人さえでなければかまいはしない。
「早くしろ」
「は、はいっ」
「モナカーっ! 待ってよ」
ナユダさんもしつこいな。
待てと言われて待つヤツが居るか。
「フブキ!」
「わうっ」
よかった。フブキは無事だ。
「デイビーと時子を頼む」
「わふっ!」
「マスターはどうするの?」
「自分で走る」
鈴ちゃんならともかく、大人3人は無理だ。
「走るの?!」
「ノンビリしていられないだろ。それより鈴は?」
「ナームコさんが守くんで船まで連れてってるよ」
「よし。フブキ、行くぞ」
「わうっ!」
走るといってもフブキの足に人間が追いつけるはずがない。
人間なら……な。
俺はサイボーグ族だ。
人間じゃない。
だからフブキと併走することも可能な筈だ。
アプリだってある。
[脚力増強]を使い、ひたすら[ダッシュ]を連打する。
フブキと一緒に走っても遅れることなく付いていけた。
思った通り……いや、それ以上だ。
心配した[ダッシュ]連打の後遺症もないぞ。
とにかく彼らに追い付かれない、追いつくことが出来ない早さで走り抜ける。
アトモス号が見えてきた。
よし、誰も付いてきていないな。
ナームコの姿も見えない。
もう乗り込んでいるのか。
「乗り込むぞ!」
ハッチがスッと開いた。
やっぱりもう中に居るみたいだ。
タラップを飛び越して一気に中へと入り込む。
フブキも入ってきた。
そしてもう一つ飛び込んでくる人影があった。
次回、繁栄の儀は○○です




