第90話 同じ皮膚接触の筈なのに
さて、風呂は入ったし後は寝るだけなんだけど、繁栄の儀とやらはいつ始まるんだ?
「ナユダさん、繁栄の儀はいつ始まるんですか?」
「ん? みんながお風呂から出てきたらだよ」
「そうなんですか」
「それと、私用事があるから外に出るね」
「分かりました」
用事?
まあみんなが風呂から出るまでには戻ってくるだろう。
よし、俺もその間に修行を済ませておくか。
「サムライ、今日もよろしく」
「やるでありんすか?」
「やらないつもりだったのか?」
「繁栄の儀があるでありんす」
「お互いに誓い合うだけだろ。多少疲れていても問題ないだろ」
「では軽めに済ませるでありんす」
ナユダさんの後に続いて外に出る。
あれ、もう姿が見えないや。
何処に行ったんだろう。
鈴ちゃんは復活したナームコが相手をしてくれている。
駄々をこねる前にナームコが先回りしてくれた。
やっぱり必要な人材だな。
「ん? あれはダイスさん?」
「お風呂に行ったんじゃない?」
「今からか? 遅くない?」
「それもそうね」
でも周りを気にしていたように感じたぞ。
お風呂……ね。
いかんいかん。
デイビーに振り回されすぎだ。
「気にしてもしょうがない。サムライ、お願いします」
「お願いします」
「分かったわ。なら今日は昨日のお復習いをするわよ。はい、組んでちょうだい。用意はいい?」
って、ダンサーかよ。
また踊りの稽古……何故に?
「あら時子、また短パンなの? あれほどスカートを履きなさいって言ったのに。マスターが可哀想よ」
「なにが可哀想なんだよ」
「サービス精神が足りないわ」
「お姉ちゃん!」
「そんなサービスは要らんっ」
「なによ、私のは見たくないっていうの?」
「そんなこと言ってないだろ」
「ふんっ」
お前は見られたいのか見られたくないのかはっきりしろ。
そりゃまぁ……見たくないのかっていわれれば見たいけど、こうチラッと見えるのがいいんであってスカートを下から覗き込むのは違うよなぁ。
というか、そういうのを気にしていられるほど軽い運動でも無い。
ダンスだってめっちゃ密着しているけど、やましいことを考える余裕なんて無い。
時子の足を踏まないように必死だ。
「ほらモナカ、さっさとして」
「う、うん……」
そして充電という名のキス。
今日は初めて俺からしてみる。
いつまでも時子任せはよくないっ。
男の俺が……ちゃんと……リード……しないと……な。うん。
されるときはアッという間だったけど、自分からするとなると覚悟が必要だ。
でも時子はこの感情を乗り越えたんだよな。
うう、緊張する。
時子の肩を掴み……
「痛っ」
「あ、ごめん」
しまった。力を入れすぎた。
もっと優しく。
そして時子の顔を覗き込むように顔を近づける。
時子は目を瞑って少し見上げて待っている。
クソッ、可愛いな。
「いくぞ」
「いちいち声を出さないで」
「あ、はい。すみません」
「もう」
はぁ……
深呼吸して……よし!
意を決して、それでも恐る恐る唇を重ねる。
よ、よし。なんとか出来たぞ。
充電終わりっと。
ものの数秒でサッと離れる。
上手くできた……よな。
「お、終わりました」
「だからいちいち声に出さないで。そういう報告要らないから」
「ご、ごめんなさい」
「そんなことより短くない?」
「そうかな」
「問題ないよ。時子が長すぎるの!」
「お姉ちゃんも長かったと思うけど」
「う……」
「しかも…………」
「しかも?」
「なっ、なんでもないっ。えっち!」
「なんでよっ」
なんの話をしているんだ、まったく。
「と、とにかく、戻ろう……な?」
「うん……」
はぁー、ダメだ。意識してしまう。
時子にとってこれはただの人工呼吸みたいなもの。
決して深い意味は無い……んだよな。
いつか手を繋ぐ程度の感覚でキスが出来るようになるのかな……
いやいや、だからキスじゃなくてただの充電。
接点が繋がるだけの行為。
コンセントにプラグを差すようなもの。
大したことじゃない。
………………なんて思えるかーっ!
現象としては所詮皮膚接触。
手を繋ぐこととなんら変わらない。
なのになんでそれが手の平から唇に変わるだけでこうも胸がドキドキしてしまうんだろう。
クソッ、心臓が落ち着きゃしない。
手を伝って時子にバレなきゃいいけど。
風呂に入っていた人たちもポツポツと戻ってきている。
で、この後繁栄の儀?
だからなのか、2人組になって戻ってくる人が多い。
3人組は……居ないかな。
どんな感じで誓いを立てるんだろう。
中に戻るとみんな布団を敷いて寝る仕度をしている。
あれ? 繁栄の儀は?
次回、ちょっと寄り道です




