第88話 律儀なヤツ
はぁーいい湯だ。
鈴ちゃんの身体を洗って、洗ってもらって風呂に浸かる。
昨日みたいに数は数えてはいない。
のんびりだな。
今日はナユダさんがあんまり絡んでこなかったから騒がしくない。
というか大人しいくらいだ。
さっきは時子を追い払っていたというのになんなんだろう。
『魔神王様は僕たちの都市がある場所を知りたがっていました』
『なんだよ突然。風呂くらいノンビリさせてくれ』
『船にしか記録が無いので分からないと言っておきました』
無視かよ。
『魔神王様は古い地名をご存じでした。僕も多少は知っていましたが、知らない地名も数多くご存じでした』
『へぇー』
『何処の近くか、彼処からどちらかなど、かなり地理に長けているのではないでしょうか』
『ほぉー』
『古い地名にちなんで付けられた都市名もありますから、迂闊に話さないようにしましょう』
『そうだなー』
『……そして進化の儀ですが、目的は魔人化することだけではなさそうです』
『そうなのかー』
『先程3人目もお亡くなりになられたとアニカ様からご報告を頂きました』
『そうなん……だって? アニカから?』
『おや、僕の話を聞いておられたのですね』
『嫌でも脳に入ってくるからな。じゃなくて、俺にはなにも言ってこなかったぞ』
『アニカ様は僕の直轄ですから。それに船長の目的はエイル様の捜索。現地調査にご興味は無いことかと』
『なら今やっている報告も要らないんじゃないのか?』
『貴方が中央に報告する前に俺に話せと仰ったのではありませんかっ』
『あーそうだったそうだった』
……っけ?
覚えていないな。
『続けてくれ給え』
『…………人工的に魔人を生み出すことが可能ということは分かりましたが、自ら排除すべき者を作る必要はありません』
『そうだなー』
『ですが魔人化に関する仕組みを研究することが出来れば、逆に魔人化を防ぐことが出来る可能性があります』
『おーいいね』
『しかし倫理的な問題から研究することは不可能でしょう』
『それもそうかー』
『そして恐らく魔人化させることが第一目的ではないのでしょう』
『どういうことだー?』
『本当に魔人化させたいのでしたら、一度に摂取させる毒素量が多すぎます』
『多いんだー』
『恐らく殺すことが目的かと』
『ふーん』
『………………そしてナユダさんですが、気づきましたか』
『はぁー、なにを?』
『身体の傷です』
『……身体の傷? いや、なるべく見ないようにしていたからなー。本人も見られたくないのか脱衣所に着いて脱ぎ始めたと思ったら隠れるように移動したし。今もあまり近づいてこない。だから平和だー』
『確かに良い意味で捉えるとそう映るかも知れません。ですが思い出してください』
『ふぅー、なにをー?』
『自ら傷を見せてくるような方が今更見られたくないと思うでしょうか』
『言われてみればそうだなー。腕ならともかく身体は嫌だったんじゃないのか? 女の子だし』
『とことん甘いですね』
悪かったな。
『僕には不自然な行動にしか見えませんでした。まるで身体の傷痕を見られたくないような……そもそも身体に傷痕があるのでしょうか』
『どういう意味だ』
『そのままの意味です。ダイス様はナユダ様に気をつけろと仰っていました』
『お前はダイスを疑っていたんじゃないのか』
『片方だけを疑い、片方を鵜呑みにするのは危険な行為です』
『そうですかー』
『考えるべきはどちらかではなく両方です。そうすればどっちだったとしても、或いは両方だったとしても対処が出来ます』
『両方?!』
『お互いがスパイでお互いの正体を知らなければ、怪しそうな動きをする者をスケープゴートとして利用するのです。そうして排除出来た側はもう居ないと安心するかも知れません』
『な、なるほど。でも2人ともスパイだったとしてお互いが知らないってことはないんじゃないのか?』
『むしろ知っている方が少ないですよ。存在を知っていても誰かまでは知らないものです』
『そういうものか』
『その方が一方が掴まったときに芋ずる式でバレる可能性を無くせます』
『へぇー』
2人ともスパイ……
2人とも白ってこともある。
願わくば後者であってほしい。
『それにここの生活に不満が無いと言っていた割には船に乗せてほしいと必死でした』
『興味を持つことは普通だろ』
『彼女の性格からしてそれはないかと』
『無いって言えるほどナユダさんのなにを知っているんだ』
『船長よりは色々な人を見て来ました』
『経験則ってヤツか』
『そうですね。とにかく、繁栄の儀とやらで変に情報を流さないでください』
『善処する』
でも傷痕か。
近づいて確認してみるか。
次回、フレッドはブラコン




