第85話 なでなで
大丈夫かな。
あんなことを言われたからか、余計震えてその震えで溢しそうだよ。
仕方ない。
「いいよ、下げなくて。俺が食べるから」
「……はひ?」
「船長」
「まぁまぁ。このままじゃ本当に溢しそうだし。そうなったら床の張り替えとかしなきゃならないんじゃないのか? 折角作ってくれたんだから、みんなが食べないなら俺が食べるよ」
「ですが」
『俺が平然と食ってみせれば、こんなもの無意味だって思わせられるんじゃないか?』
『……そんな単純ではないと思いますが、まぁいいでしょう』
ナユダさんから離れて料理人から皿を取る。
「ダメだよモナカ。それを食べたら……」
「大丈夫。俺は変わらないよ」
「私も食べるわ」
「時子? 付き合う必要は無いぞ」
「ほら、そっちのお皿をちょうだい」
「あ、ああ」
『2人で食べた方が効果的でしょ』
そういうことか。
それでも万が一があったら先輩に……そうじゃないな。
万が一があったら、俺が嫌なんだ。
2人で自分の席に戻って床に座る。
シチューのようなドロッとした感じだな。
料理人ということもあって食材の大きさも揃っているっぽい。
きちんとした料理……なのか?
スプーンを手にしてドロッとしたものをすくってみる。
俺は右手で。時子は左手で。
見つめ合った後、軽く頷きあって同時にスプーンを口元へと運ぶ。
「「いただきます」」
意を決してパクッと口の中へと入れた。
「おおっ!」
「んー!」
「船長! トキコ様!」
「兄様っ! シャコ!」
「モナカっ! トキコっ!」
「うや?!」
「普通に美味い」
「うん、美味しいね」
「美味しい……のですか」
「ああ。とはいってもここ基準だけどな」
トレイシーさんのものには遠く及ばない。
それでも、ここに来て初めて料理と呼んで差し支えないものに出会うことが出来た。
「ナームコにおいしくなぁれを使ってもらう必要が無いくらいには美味いぞ」
「そうね。ちゃんと〝料理〟になってる」
「鈴も食べるー」
「ごめんね。これは鈴にはまだ早いんだ」
「えーっ?! またー?!」
一さんのところでもおあずけさせちゃったんだっけ。
〝また〟と言いたくなるのは分かるけど、食べさせるわけにはいかない。
「娘、我慢しろ」
「やーっ! 鈴も食べたいっ!」
「なに?!」
珍しい。
というか、ナームコに反抗するのは初めてじゃないか?
いや、ナームコに頼ってばかりじゃダメだ。
俺がちゃんと言い聞かせないと。
「鈴、我が儘言わないの」
「なんで鈴はダメなの? 同じの食べたい!」
「大きな声を出さないの。静かにしなさい」
「パパー、ちょうだい!」
「ダメなものはダメだ」
「なんでよー。パパとママだけズルい! 鈴も! 鈴も!」
「いい加減にしないとパパ怒るよ」
「なんでそんなこと言うの?! パパなんか大っ嫌い! バカぁ! きゃっ!」
パンッと鈴の頬を叩く音が響いた。
叩いたのは俺じゃない。
叩いたのは……
「娘、言って良いことと悪いことがある。お前なら理解できるはずだ」
「……ぅわーん!」
「す――」
近寄ろうとしたらナームコに制止されてしまった。
『なにも叩くことはないだろ』
『このくらいしなければ、この娘には分からない』
『だからって……泣いているじゃないかっ』
『泣けば解決すると躾けたいならそれも構わん。もう止めない』
『っ……それは……』
そう言われるとなにも言い返せない。
『兄様は甘やかしすぎなのだ。少しは厳しくすることも覚えなさい』
『今までが今までだったんだぞ。少しくらい甘やかしてもいいじゃないかっ』
『確かに甘やかされることはなかっただろう。同時に叱られることもなかっただろうな。あったのは捨てられることだけだ』
ぐっ。確かにそうかも知れない。
『捨てられることへの恐怖を取り除きたいのなら、甘やかすだけではダメだ。それが分からないなら鈴を中央に渡した方がいい。お互いの為だ』
『そうです。中央ならもっと適切な――』
『デイビーは黙っていろ。これは俺たちの問題だ』
俺が変わらないと鈴も変わらない。
子育てなんかしたことないし、親にどう育てられたかなんて記憶は奪われたから覚えていない。
それでも鈴の父親としてしっかりしないと。
甘やかすだけではダメ……か。
「鈴、泣いたからって食べさせてやることは出来ないぞ」
「うわああああああんっ!」
くっ、更にボリュームを上げてきたか。
でもここで屈したらダメだ。
振り出しに戻っちまう。
だからといって叩くようなことはしたくない。
「鈴。お前は賢い子だ。だから騒げば周りにどういう影響を与えるか、分かるな」
「うわあああん、うう、うぐっ。ぐすっ、ううう……ひっく……」
「よし、良い子だ。鈴は偉いね」
「パパぁ……、ぐすっ」
「ごめんな。パパだって鈴に食べさせてやりたい。でもな、本当にダメなんだ。食べると身体に毒なんだ。だから食べさせられない」
「うぐっ。じゃあ、なんでパパとママは食べてるの?」
「パパたちは毒に耐性があるんだ」
「ひっく……耐性?」
「そうだ。だから食べても身体に害がないんだ」
「……鈴には無いの?」
「ナーム叔母さんが、鈴には無いって言ってたぞ」
「ズズッ……ナーム叔母さんが?」
「ああ」
「……そうなんだ。ぐすっ。どうして鈴には無いの? パパとママの子供なのに」
「そうだな。パパにも分からないよ。でもナーム叔母さんも鈴と同じで無いんだぞ」
「うぅ……本当?」
「ああ。わたくしには無い」
「……パパの妹なのに?」
「そうだ」
「うっ……分かった。我慢する。ひっく……」
「そっか。鈴は偉いな。よ――」
っと、頭を撫でようと思ったけど、〝大っ嫌い〟なんだっけ。
我慢我慢。
「ズズッ……」
「ほら、鼻をかみなさい。チーン」
「うぐっ、チーン」
「よく出来ました。偉いね。よしよし」
時子、俺の代わりにハゲるくらい撫でてやってくれ。
あれか。父親が叱って母親が慰めるっていうパターンか。
こうやって母親の株がドンドン上がっていくわけだ。
ああっ、そんな睨むような顔で見つめないでくれっ。
「鈴。なにか言うことがあるんでしょ。パパは馬鹿だから、真に受けてるわよ」
「馬鹿ってなんだよ」
「子供の言うことを真に受けないのっ」
「おまえな……子供だからって馬鹿にしたらダメだろ。鈴はちゃんと考えられるし、なんなら俺より頭がいいんだぞ」
「そうだけど」
否定してくれないんだ。
「心はまだ幼いのよ」
「そんなこと無いだろ。だって鈴は……あ、いや、その……」
「だからあなたはバカだって言ってるの」
「なっ……」
「ほら、鈴」
〝ほら〟って、ああっ、だってさ、こんな睨んだ顔を向けてくるんだぞ。
そんな子に一体なにを言わせようっていうんだ。
「パパぁ……ひっく……ご、ごめんなさい」
ひっ……え?
「〝大っ嫌い〟なんて言っ……ごめんあ……さ……う、ぅわああんっ!」
ええっ?!
な、なにが……え?
「なにボケッとしてるの」
「え? いや、だって……え?」
「ほらっ」
痛っ!
思いっきり背中を叩かれてしまった。
というか何事?!
もしかして睨んでいたんじゃなくて泣くのを我慢していただけ?
俺が〝静かにしなさい〟って言ったから?
でも我慢しきれずに?
……ああっ!
全てが1本に繋がったとき、俺は鈴を抱き締めていた。
「ごめんな。パパ、馬鹿だから真に受けちゃって」
「んーん、鈴が、ひっく、悪いの。ぐすっ、ごめんなさ……ひぃーん」
よかった。
嫌われたわけじゃないんだ。
じゃあ、頭……撫でてもいいよな。
よしよし。
次回、しつこいぞ




