第79話 二人前
「それでは進化の儀、2日目を始める」
ワンさんの合図と共に食事が運ばれてきた。
昨日より品数が多いみたいだな。
おかゆは変わらず。
それからあれは肉かな。
ナユダさんのより均等で薄く一口大になっている。
それが3切れ……と赤い……ニンジン? が一欠片。
んー、小食のアニカが全部食べても足りなさそう。
「昨日を生き延びた強靱な力を持つ者たちよ。今日という試練をも乗り越え、私たちと同じ高見へと近づくことを期待しよう。身体の変化を感じ取れ。拒絶するな。受け入れよ。さあ匙を持ち、構えよ」
高見か……
ここの人にとっては高見なんだよな。
でも俺たちは身体に毒だと分かっていて、それを食べようとしている人たちを止めることなく見ていることしかできない。
本当ならこんな馬鹿げたことなんて止めさせたいのに。
昨日は震えていたアニカだが、今日は震えることなくビシッと構えている。
逆に生き残った2人はまだ昨日の影響があるのか力無く構えている。
スプーンをやっと持っているといった感じだ。
顔色も悪い。
今日も2人の内どちらかが倒れるのかも知れない。
それが分かっているのに……
〝過干渉〟という言葉が重くのしかかる。
「よし。食え!」
「いただきます」
アニカが元気よく感謝を述べる。
〝感謝〟か……
昨日はそんなことを言う余裕も無かったのに、今日はいつもどおりの食事風景だ。
その声に驚いたのか、1人がスプーンを落としてしまった。
ワンさんもビクついたぞ。
突然言われればビックリもするか。
俺たちにとっては日常だけど。
『兄様。昨日より毒素が濃いのでございます』
『そうか』
『随分と淡泊でございますね』
『んー、濃いからといって止めさせることは出来ないし、アニカには精霊が付いているからな。信じるしかない』
『左様でございますね』
大丈夫だ。
精霊が付いている。
俺が不安になってどうする。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
ハッと我に返って見上げると、また1人のたうち回っている。
アニカではない。
心底ホッとした。
それでも握りしめた拳に力が入る。
いつもなら時子と手を繋いでいるのに今は離れている。
それがどうしようもなく不安をかき立てる。
幾ら精霊が付いているとはいえ、あんなところを見せられては落ち着いていられない。
鼓動が高鳴る。
胸が苦しい。
なのにアニカは隣で平然と食べている。
もう1人は1口食べることすら困難だというのに。
ホッとするよりそれが異様な光景に見えてしまう。
ふと、誰かに手を握られた。
この感触は時子ではない。
『タイム?』
『えへへ』
たったそれだけなのに胸の苦しみがスッと晴れていった。
俺は弱い人間だ。
こうして誰かと繋がっていないと心を落ち着かせることすら出来やしない。
改めてアニカを真っ直ぐ見つめる。
不安は無い。
「ごちそうさまでした」
あれ?!
もう食べ終わったのか。
おい、物欲しそうに隣を見るな。
確かにその人にはもう必要が無いものだろうけど、不謹慎だろ。
そういった感情も精霊に消されているとでも?
ん? ワンさんが世話役になにか指示をしているぞ。
んん? 動かなくなった人のお膳をアニカのと取り替えた?!
まさか……
「いいんですか?!」
「構わん」
「ありがとうございますっ! いただきまーす」
アニカ……
本当に昨日とは別人だぞ。
倫理的には止めるべきなんだろうけど、主催がいいって言っているからな。
そのワンさんの表情が険しい。
ジッとアニカを見つめて難しい顔をしている。
それもそうか。
何事も無く平然と、しかもおかわりまで食べているんだから。
本来なら他の2人のような反応が普通だろう。
不思議に思っても仕方がない。
「ごちそうさまでした」
二人前をペロリと平らげたぞ。
小食とはいえ一人前自体が少ないからな。
しかも1日1食。
余程お腹が空いていたのだろう。
もう1人はまだ食べきれずに苦戦している。
「急がなくてよい。ゆっくり食え」
「あ……う……」
あれで急いでいたのか。
アニカがアッという間に食べきったからな。
急がなきゃと思ったんだろう。
たっぷりと時間を掛け、それでもなんとか食べきることが出来たようだ。
『あの者、明日まで持たないでしょう』
『えっ』
デイビーの冷静で残酷な死の宣告。
この儀式、いつまで続くのかな。
全員が死ぬか、魔神になるまで?
そうなると延々と続くことになるのか?
毒素で死ななくても栄養失調で死にそうだ。
「今日はここまで。明日に備えて身体を休めるように。世話役、後は任せたぞ」
「「はい」」
昨日同様、世話役に連れられて建物の裏手へと消えていった。
表向き専用の待機部屋になっているらしいけど、聞いた限り隔離部屋といっていいだろう。
そりゃ毒素を食わせた人をみんなと一緒の部屋には居させられないよな。
次回、あんたは女じゃない




