第75話 ダメなものはダメ
「これが船?」
そう言いたくなる気持ちは分かる。
丸い物体でしかないからな。
「一度見ませんでしたか?」
「あのときは怖かったし、ろくに見てなかったよ」
「あー」
船を移動させたときにここまで案内してくれたけど、追いかけられたって記憶しかないんだろうな。
「今でも怖いですか?」
「怖くはないけど、どうしてこれが空に浮かんだのか知りたいな」
それは俺も知りたい。
重力制御装置のお陰なんだろうけど、仕組みまではな。
そもそも重力を説明するのに苦労しそうだ。
「なんか硬いし冷たいね。石?」
「金属ですよ」
どんな金属か分からないけど。
「金属…………金属! これが金属?」
やっぱりここでも珍しいんだ。
触ったり叩いたり撫でたりして感触を確かめているようだ。
「ふーん。こんな丸いのに乗るの?」
そんなことを見上げながら言っている。
もしかしてこの上に乗ると思っているのか?
「いえ、中に入るんですよ」
「え、船なのに乗るんじゃなくて入るの?」
そこも見ていたはずなのになー。
怖くて記憶が全部飛んだのかな。
「ね、どうやって入るの?」
「どうやってって……ハッチを開いて中に入ります」
「ハッチ……ふーん。どうやって開けるの?」
「どうって……」
そういえば中にはボタンがあるけど、外にはなかったな。
いつも勝手に開いているから気にもしなかったけど。
『タイムは開け方知っているか?』
『いつも鈴ちゃんが開けてるよ』
『あーそういう感じか。ボタンとかは?』
『外には無いかな』
『やっぱ無いのか……』
さて……素直に教えられない情報だな。
どうしたものか……
「えー、船員登録していないと開かないようになっているんだ」
「船員登録……じゃあ登録してよ」
「ナユダさんを? それは無理です」
「なんでさ」
「定員オーバーだからです」
「登録くらいいいじゃないっ」
「ダメなものはダメですっ」
「ぶーっ。じゃあモナカが開けてみせてよ」
「え?」
「開けてみせて!」
まいったな。
開けてみせてと言われても、開け方が分からない。
鈴ちゃんに一言言えば済む話なんだろうけど……
むしろ〝パパ、開けるの?〟とか言い出さないのが不思議なくらいだ。
今は大人しく3人で手を繋いでニコニコしている。
「出来ません」
「なんでよ! いいじゃんちょっとくらい」
「開けたら中に入るつもりじゃないんですか?」
これでどうだ。
「そんなことしないよ。開くところが見たいだけなの! ねー、見ーせーてー!」
完全に子供だな。
これなら鈴ちゃんの方がずっと大人だぞ。
「パパ?」
「鈴、黙ってなさい」
「はい」
ごめんよー。
分かっているから、そんなしょげないで!
「ダメなものはダメです」
「ぶーっ。じゃあさ、代わりになにをすれば開けてくれるの?」
まだ諦めてくれないのか。
「なにをしても開けませんっ」
「えーなんでよ」
「しつこいですよ。船では船長の言うことは絶対です。それが守れない以上、貴方は船員として相応しくありません。諦めなさい」
「貴方には聞いてないわ。私はモナカに聞いてるの!」
めげないな。
そんなに興味があるのか?
確かに中々見られるものじゃないだろうけど。
「答えは変わりません。さ、そろそろ進化の儀の時間ですよね。戻りましょう」
「ぶーっ。仕方ないなぁ」
ほっ、やっと諦めてくれたか。
「ね、チラッとでいいんだ」
諦めていなかった。
「ダメです。戻りますよ」
「だからさ、一瞬でいいからさ」
「フブキ、戻ろう」
「わふっ!」
「ねー! いいじゃんか! もー」
無視無視。
進化の儀にはアニカが出ているんだ。
しかも毒素を食べさせられるだけの儀式。
精霊が付いているとはいえ、なにかあったら……なにかあったら?
あったとして俺になにが出来るんだ?
時子も生きている生物の解毒は出来ないって言ってたし。
看取ってやることくらいしか……って、縁起でもないぞ。
俺は無力だな。
幾ら剣術の腕前が上がっても、助けてやることが出来ない。
1人がやれることには限界があるとはいえ……
とにかく精霊を信じるしかない。
頼んだぞ。
次回はお体を洗わせて頂きます




