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第69話 外見では分からない

 だぁぁぁっ!

 つ、疲れた……

 ダンスってこんなに疲れるものなのか。

 ノンビリ踊って楽しむものかと思っていたのに……

 地味に腕を上げ続けるのがキツい。

 背筋を伸ばすのもすぐ忘れちまう。

 時子と歩幅を合わせないとズレるし。

 チェックのタイミングを間違えるし。

 調子に乗ってワルツまで覚えさせられるし。

 ライズ&フォール? とかいうのまでやらされて……今までつま先立ちだと思っていたのが、ただかかとを上げているだけだったなんてなー。

 ふくらはぎが痛い。

 腕が上がらない。

 というか普通に全身がキツい。


「あー、風呂に入りたい」

「ホントね」

「ん? 風呂に入りたいのか?」

「そうですね……でももう無理ですよね」

「構わないぞ」

「いいんですか?」

「ああ。私たちは禁止されているが、貴方方は禁止されてないからな」

「ありがとうございます」


 よかったー。

 これで汗が流せる。


 日はすっかり落ちているから辺りは暗い。

 月が欠けているからあまり明るくないんだよね。

 だからタイムの明かりを頼りに脱衣所に向かう。


「わうっ!」

「フブキー!」

「モナカ。フブキに構ってる暇はないわよ」

「う……ごめんな」

「わうぅ……」


 うう。ここのところ全然構ってやれていない。

 エイルが居ないんだから、俺がしっかりお世話しなきゃいけないのに。

 フブキに見送られながら脱衣所に向かう。

 時子も携帯(ケータイ)で明かりを出したみたいだ。

 光の玉が浮いて辺りを照らしている。


「貴方方はそんなことも出来るんだな」

「明かりのことですか」

「そうだ」

「そうですね。僕の故郷では夜も煌々と明かりが付いていて眠らない町なんて言われていたりするところもあります」

「眠らない町……凄いな。ここは明かりといえば日の光くらいしかない。禁止されていると言ったが、実際は暗くて危険だからという理由だ。だが貴方方には関係が無いようだ」


 ダイスさんの言うとおり、脱衣所の中は真っ暗だ。

 明かりが無ければなにも見えないな。


「私はここで待ってる。ゆっくりしてこい」

「いえ、汗を流すだけですから」

「そうなのか。私のことは気にせずともいいんだぞ」

「ありがとうございます」

「ふっ、構わん」


 脱衣所に入ると、なにも言わずにタイムがカーテンをサーッと引いてくれた。

 そういえば時子と入るんだよな。

 カーテンは必須だ。

 パパッと脱いで風呂場に向かう。

 明かりがあるとはいえ暗いことに変わりは無い。

 気をつけないとな。

 シャワーで流せれば楽なんだけど、手桶でお湯を汲んで掛けるしかない。

 が、あっちからはシャワーの音が聞こえてくる。

 あー、携帯(ケータイ)でシャワーを出しているのか。

 いいなぁ。

 とはいえ、借りるわけにもいかない。

 お湯を汲んで掛けて、汲んで掛けて、掛けて掛けて掛けて……

 うん、もういいだろう。

 あっちのシャワーの音も聞こえなくなったし、出るとするか。


「はいマスター」

「あいよ」


 タオルを受け取って身体を拭く。

 んー、柔らかくてフカフカだ。


「はい、時子も」

「ありがとう」


 軽く拭くだけでスッと吸ってくれるから楽なんだよな。

 これが幻燈機ポップアップディスプレイだっていうんだから、凄いよな。


「ほい」

「はい」


 タオルをタイムに渡して服を着る。


「時子、髪は?」

「大丈夫。はい、タオル」

「うん」


 時子も拭き終わったみたいだな。

 カーテンが消えると時子が見えた。

 光球の淡い光に照らされていて、とても幻想的だ。

 どちらからというわけもなく、手を繋ぐ。


「モナカ」

「ん?」

「えっと……充電?」

「あ、ああ。タイムの言うように週一でもいいんじゃむぐっ」


 言い終える前に時子が背伸びをして強引に口を塞いできた。

 俺の背中に手を回し、ゆっくりと背伸びを止める。

 代わりに俺が少しお辞儀をする形になっていく。

 ほんの数秒のことなんだろうけど、やっぱり凄く長く感じてしまう。

 とても柔らかくて、甘いような気さえしてしまう。

 ……えっと、止めるタイミングが分からないぞ。

 数秒? 既に数十秒?

 と、時子さん?


「こほん。ダイスさんが待ってるよ」

「あっ、そうだな。は、ははは」

「うん。そうだね」


 洗面台から戻ってきたタイムに見られてしまった。

 というか、一瞬タイムのことを忘れてしまった。

 なにやってんだ、俺。


「………………」

「じゃ戻ろうか」

「うん」


 ただの充電だよ、ただの。

 深い意味なんて無い。

 気にしたらダメだ。

 これから毎日するんだから、いちいち気にしていたら身体がもたないぞ。

 気まずくもなるし。


「もういいのか」

「はい。お待たせしました」

「もう用事はないな。戻るぞ」

「はい」

「わうっ!」

「フブキー」

「モナカ」

「わ、分かってるよ。おやすみ、フブキ。また明日」

「わぅ……」

「なぁ、彼は――」

「彼女です」

「ああ、失礼した。彼女は本当に神獣様なのか? 人間と同じ物を召し上がる神獣様なんて聞いたことがないぞ」

「そうですね。彼女はシヴァイヌで普通に飼い犬です。神獣ではありません」

「そうか。私たちも牧畜犬が何頭か居るが、彼女のような神々しいものは居ない」

「神々しいですか?」

「ああ。私たちには無いなにかを秘めているだろう。あの進化の儀に選ばれた貴方方の仲間もそうだ」

「アニカも?」

「そうだ。私たちにも時々そのような子が生まれることがある。だが彼女の――」

「彼!」

「ああ、失礼……彼?」

「彼」

「………………」

「………………」


 そうだよな。

 どんなに男の子っぽい服装をしていても、アニカの顔立ちや体つきを見れば直ぐ分かる。

 それに男装女子ほど格好よくないからな。

 お姫様が王子様の服を着ている感じで不格好だ。

 本人は気にしていないみたいだけど、トレイシーさんは素材が勿体ないと常に可愛らしい服を着せようと狙っている。

 エイルが着てくれない分、アニカにぶつけているらしい。


「だが彼の前では霞んで見える」


 お、合わせてくれた。

 優しいな。


「本来なら結界の神子(みこ)が妥当だろうに。何故進化の儀なんだ」

「結界の神子?」

「ああ、いや、詳しくは知らないんだ。特別な仕事を与えられ、二度とここには戻ってこないからな」

「戻ってこない?」

「だから詳しくは知らないんだ。知りたければ魔神(まがみ)王様に聞いたらいい」


 結界の神子……また新しいことが分かったな。

 多分魔力が強い人のことだろう。

 そういう意味ではフブキもアニカも強いからな。

 でも神獣……魔獣も神々しいのか?

 魔獣も魔人同様魔力を作れないはずだ。

 だから神獣かどうかを疑った……とも取れる。

 他の人が感じ取れない魔力をダイスさんは敏感に感じ取っているのかも知れない。

次回、死に戻り

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