第65話 神と私
「それから儀式のことですが、単純に毒素を食べさせられているに過ぎません。非常に馬鹿げています」
「本当にそれだけだったのか?」
「人為的に魔人を造っているだけです。ですがあんなことをしても魔人になれる可能性はほぼゼロでしょう」
「ほぼゼロ……」
「中央で把握している範囲では前例がありません。毒素に冒され続けることによって徐々に身体が変化するものです。あのように大量の毒素を一度に取り込めば、命を落としてもなんら不思議ではありません」
「ナームコは微量って言っていたぞ」
「ナームコ様にとっては微量なのでしょう。僕たちにとっては致死量を超えていました」
「超えていたって……それが分かっていて黙って見ていたのかっ」
「見ていた限り、問題は無さそうでしたので」
「無さそうでしたって……」
「精霊様がなんとかしてくれるとアニカ様が仰られていました」
「だからって」
「モナカ様は精霊様を信用できないので御座いますか」
「それとこれとは――」
「一緒ですよ。信じ切れないから不安になるのです」
「それは……お前だってアニカが死んだ理由を聞かされただろうがっ」
「原因となった微精霊様はここに居られません。そもそも異世界での出来事です。それにモナカ様は精霊様を信じられると断言していました。あれは嘘だったのでしょうか」
「だからそれとこれとは――」
「一緒ですよ。信じるとは、そういうことなので御座います」
「う……」
信じるって難しいな。
「そしてこれは推測ですが、彼らは僕たちと同郷ではないと思われます」
「異世界人ってことか?」
「そうではありません。僕たちは遠い過去から方言はあれど統一言語です。貴方たちのように国によって言語が違うということはありません」
「そうなのか」
「保護した異世界人たちの世界は大半が国によって言語がバラバラでした」
「なら同郷ではないっていうのはどういうことだ」
「彼らは自分のことを〝私〟と仰っていました」
「? それがどうかしたのか」
「全員が自分のことを〝私〟と仰っていたのです。そして相手のことは〝貴方〟。第三者のことは〝彼彼女〟です」
「そうだっけ……いや、魔神王のことを〝あいつ〟って呼んでいただろ」
「あだ名や蔑称のようなものなのでしょう。僕たちは呼び方に幾つもの種類があります。そういった小さな違いは地方によってありました。ですから彼らは同郷ではないと存じます」
「なるほど」
「ですが、例外の者が居ます。魔神王様です」
「王様……そういえば〝ワシ〟とか〝お主〟とか言っていたような」
「そうです。彼だけが例外なのです」
「王様は余所者ってことなのか?」
「その可能性が高いでしょう」
「だから王様は魔人で、魔神たちは魔人に近い存在ではあるが魔人ではないってことなのか?」
「かも知れません。或いは魔神王様だけが特別で他の者は平等である……ということの表れの可能性があります。特に一神教の世界では〝神と私〟で成立しますから、〝私〟しかないことが顕著でした」
「どういうことだ?」
「神の前ではみな平等で上下関係は無い……という考えです。ですから身分によって呼び方を変える必要が無いのです。王族だろうが奴隷だろうが〝貴方〟で問題がありません」
はあ?!
それってつまり奴隷が王様を呼ぶときに〝貴方〟って言うのか?
王様が奴隷を呼ぶときに〝貴方〟って言うのか……
感謝してやまない相手も、はらわたが煮えくり返るほどの相手も〝貴方〟。
うう、頭がバグりそうだ。
「モナカ様は相手によって〝俺〟と〝僕〟を使い分けていらっしゃいます。もし平等ならばその必要はありません。〝私〟だけで十分です」
「うーん……ということは、王様はここだと神として扱われているとでもいうのか?」
「あくまで推測の域を出ません。ですから調べる価値があると思います」
王様だけが特別……か。
神のような存在。或いは神そのものってことか?
それにしても、無意識に〝俺〟と〝僕〟を使い分けていたけど、言われてみればそのとおりだ。
傍から会話を聞くだけで、2人の関係性がある程度見えてくるよな。
「今日分かったことはこのくらいでしょうか。では僕は報告書を作成するとします」
「分かった。ありがとう」
次回、次々回と短い話が続きます




