第59話 一年半
進化の儀の見学はもうしない方がいいのかも知れない。
まさかいきなり死人が出るとは思わなかった。
ナユダさんから聞かされていたけど、あんなあっけなく、しかも目の前で……
鈴ちゃんにはとても見せられたもんじゃない。
そう思ってあのときは思わず抱きかかえて顔を胸に押し当てて見えないようにした。
でも鈴ちゃんは……
「パパ、鈴は平気だよ」
「え?」
「鈴の兄弟姉妹と比べたら、姿形が残ってるだけマシだよ」
「鈴……」
鈴ちゃんはあそこでなにが起こったのか、きちんと理解していた。
一体あの歳でどれだけの命の灯火が消えるのを見てきたんだろう。
あんなことを平然と言えるくらい、日常だったんだろう。
そんなの、想像できるはずもない。
しかも姿形が残らないって……どれだけ凄惨な環境だったんだ。
次は自分かも知れない。
そんな恐怖をいつも感じていたのか。
そしてそれは今も……
中々忘れさせてあげられないのが悔しい。
俺にはまだ鈴ちゃんを安心させられるだけの絆が無いってことだ。
「どう思う?」
「え?」
夕飯までまだ時間があるからと、ダイスさんが少し話さないかと持ちかけてきた。
誰も居ない、俺たちしか居ない大部屋に声がこだまする。
結構響くな。
「私たちは月に一度、進化の儀をやることになっている。やらないことは滅多に無い。そして恐らく今回も全員が死ぬ」
〝今回も〟……ということは、前回は全員死んだということか。
「分かるんですか?」
「一部の人間は気づいている。その大半はナユダたちの仲間だ。彼らはそれが分かっているからあんなことをやっているんだ」
「どうして死ぬと分かるんですか」
「進化の儀が成功するということは、魔神様が増えるということ。そして私が生まれてから魔神様が10人を超えたことは無い。そして今、魔神様は10人居る」
「だから全員死ぬと?」
「そうだ」
なるほど。
確かに説得力のあることだ。
たまたまの可能性が無いとも言い切れないが、限りなく0に近いだろう。
「進化の儀をやらないときがあるんですか?」
「ああ。進化の儀をやる条件も分かっている。100人を超えたときだ」
「100人?」
「その2つが進化の儀を行う条件と、成功の条件だ。私たち個人の資質は関係ない」
「なるほど。貴重な情報をありがとうございます」
「代わりに貴方方のことを教えてくれないか」
「情報の交換で御座いますか。魔神王様からはあまり干渉するなと言われております」
「そりゃないだろ。なんでもいいんだ。教えてくれ」
「デイビー、少しくらいいいんじゃないか」
『その条件が正しいとは限りません。デタラメではなさそうですが、真偽を確認する情報が不足しているのは否めません』
それはそうかも知れないが……
そのくらい慎重じゃないとダメなのか。
「無闇に教えてしまい、彼らの文化を壊してしまってはいけません。ですが……そうですね。話せることでしたらよろしいでしょう」
「ははっ、やった!」
「それで、どのようなことが聞きたいので御座いますか」
「それは………………」
ダイスさんは親子について知りたいらしい。
俺と時子と鈴のことや、デイビーさんと奥さんのこととか。
ここの人たちが親や子が誰なのか分からないのは、乳離れをしたタイミングで別の所属に……集落に移されるからだという。
何処へ移されるかは知らされることはない。
他集落になれば会う機会もなく、事実上母親と一緒に居られるのは1年半前後とのこと。
ダイスさんはそれが嫌らしい。
こうやって聞いてみると、今の生活に不満を持っている人は少なからず居るようだ。
だからレジスタンスなんて組織があるわけか。
そんな話をしているうちに、いい時間になったようだ。
みんなが帰って来始めた。
「今の話は誰にも話すなよ。私は夕飯の仕度をしてくる。少し待ってろ」
「はい」
今日はダイスさんが用意してくれるのか。
ナユダさん、大丈夫かな。
次回は過去にあったことです




