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第57話 左手に添えるだけ

「心の準備は出来たか! 私たちの全能なる魔神(まがみ)王よ。彼らが無事儀を超えられるよう、見守るのだ………………さあ構えよっ!」


 い、いよいよか。

 みんなスプーンでおかゆをすくって構えてる。

 ボクも構えないと。

 あれ、腕が震えて上手くすくえない。

 今更脅えてどうするの。

 毒素を食べるなんてこれで2度目じゃないか。

 前回は魔獣(オオカミ)だ。

 それと比べたら大したことじゃないだろ。

 なのになんで震えが止まらないの。


「アニカ、早く構えるのだ」

「す、すみません。くっ、この……」


 モナカくんが見てるのに……こんな無様な姿、見られたくないよ。

 左手で右手を押さえても、全然治まる気配がない。


(あるじ)

(まだワシが信用できぬか)


 そ、そんなことないよ。

 そんなこと……ない。


「む? モナカ、邪魔をせぬように!」

「震えてスプーンが持てないんだ。代わりに持つくらいいいだろ」

「モナカくん!」

「ほら、貸してみろ。食べさせてやる」

「いいよ。ボクがやる」

「その手でか?」

「う……」

「みんな待っている。ほら」

「うん…………ううん、やっぱりダメ。だってボクには精霊が付いているんだから。うん、あのときとは違うんだ。だから大丈夫」

「そうか」


 とは言ったものの、震えが止まらないよ。

 あれはただの事故。

 故意じゃない。

 そんなの、分かってるはずなのに……

 あっ、モナカくんが左手の上から手を添えてくれた。

 ありがとう。

 大丈夫、ボクの周りには精霊が居てくれる。

 嫌われてなんかいない。

 そうなんだよね。

 深呼吸をすると、右手の震えは止まっていた。

 もう一度おかゆをすくうと、今度は溢れなかった。


「よし、では食え!」


 みんなが一斉に口へと運び、食べた。


「うぐっ。ぶはぁ! うがぁー」

「くっ」

「ううっ」


 1人が口に入れた瞬間吐き出してのたうち回っている。

 他の2人は吐き出しはしないものの、食べにくそうだ。

 うう、口の中がピリピリする。

 それに昨日の薄い味付けと比べたら、物凄く濃いよぅ。

 塩っぱいような酸っぱいような甘いような苦いような……変な味。

 これをお椀いっぱい食べるの?

 ……あれ、ピリピリしなくなった。

 感覚が麻痺しちゃったかな。

 味もほんのり甘みがある程度になってる。

 2口目は……うん、これなら大丈夫だ。食べられる。


(もう毒素は無いから安心するのじゃ)


 うん、ありがとう。

 隣の2人は四苦八苦してるみたい。

 あれをよく食べられるなー。

 吐き出した人は……えっ、動かなくなってる?


(あやつはダメじゃ。既に事切れておる)


 そんな……

 たった一口含んだだけなのに。

 飲み込んですらいないんでしょ。


(毒素への耐性は個人差があるからのぅ。アニカ様はここの人間より普段から毒素に曝されておったからのぅ。魔獣(オオカミ)との戦闘や結界外活動である程度耐性を得ておったのじゃ)


 そっか。

 だから1口目は……ん?

 1口目は毒素が入ったままだったの?


(ふぉっふぉっふぉ。あのくらいで死ぬようでは我が主人(あるじ)には相応しくないのでな)

(ちょっと! それで(あるじ)が死んじゃったらどうするのよっ)

(そのときはそれまでの者じゃったということじゃ)

(なんてヤツ……)


 ははっ、そういうところは相変わらずだね。

 でもありがとう。

 隣の2人が四苦八苦している間に、綺麗に食べられたぞ。


「ほう。もう食ったのか」

「はい。ごちそうさまでした」

「あ?」

「美味しかったです。ありがとうございますってことです」

「そうか。美味かったのか……貴方舌大丈夫か?」

「あっははは」


 そうか。

 ワンさんも食べたことあるんだった。


「大丈夫ですよ。モナカくん、ありがとう」

「大丈夫か?」

「モナカくんまでそんなこと言うの?」

「舌の話じゃない。身体の話だ」

「うん、大丈夫。ボクには精霊が付いてるから」

「そっか。じゃ、戻ってるぞ」

「うん。またね」

「またな」

次回、物足りない

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