第49話 パンはパン屋
ナームコはパンも焼けるのか。
「ではデイビー様、お願いするのでございます」
「……なにがでしょう」
「勿論、パンの焼き方でございます」
焼けないのかよ。
「貴方が教えるのではないのですかっ」
『わたくしが魔素世界のパンの焼き方を存じているはずがないではございませんか』
そういうことか。
どう違うんだ?
といっても、俺は焼き方を知らないから違いも分からないけど。
『少なくとも、この世界にイースト菌が存在しないことは確認済みなのでございます』
『イースト……勇者小説に出てくる目に見えないほど小さな生き物のことですね』
『左様でございます』
『妻ならともかく、僕が知っているわけないでしょう』
『ここにはアニカ様もエイル様も居られないのでございます。デイビー様だけが頼りなのでございます』
『元々僕は――』
「はーいそれでは、今日は手軽で簡単美味しいパンを焼いてみましょう」
「ぅわっ! 貴方何処から出てきたの?」
「タイム?!」
「ベーカーだよ」
また新しいバージョンか。
パン職人?
見た目はコックとあまり変わらないような……
『パン……焼けるのか?』
『タイムはこの世界で生きていくための基本的なことを全部知ってるんだよ。だからパンを焼くことくらい、簡単なの』
『簡単って……そんなのいつ覚えたんだ?』
『……マスターと一緒になったときだよ』
……ああっ!
そういえば管理者がタイムに与えるとかなんとか言っていたような気がする。
「えっと、貴方が教えるの?」
「そうよ。それではまず、材料を用意しましょう」
「材料?」
「小麦粉なら少しあるぞ」
「小麦粉だけじゃ足りないわ。メモの用意はいい?」
「メモ? メモって?」
「書き留めておくことよ」
「書く……今文字を書ける者はここにいない」
「えっ」
そういえば学校がないんだっけ。
でも文字なんて大人から教わるもんだろ。
俺も子供の頃、誰からかは忘れているけど教わった記憶が残っている。
教わるのは計算だけと言っていたから、数字とかは書けるのかな。
「本は読めるんでしょ」
「私たちは読めない。仲間に読める者が居るから読んでもらっただけだ」
「他にも仲間がいらっしゃるのですか」
「そうだ」
「全部で何人いらっしゃるのですか」
「20人くらいよ」
「ふむ、それ程いらっしゃるのでしたら、声を上げればよろしいではないですか」
「無理よ。それに1000人のうちたった20人が騒いだところで潰されて終わりだわ」
「1000人? 100人じゃないんですか?」
「それは集落単位の話。今は全体で人間は1000人よ」
地図で似たような建物は10カ所在った。
1カ所辺り100人なのか。
「今は……っていうと?」
「昔は1万人とか居たみたい。でも少しずつ減っていったの」
「それっていつの話ですか」
「さあ。私が生まれた頃は既に1000人だったわ」
「1000人のうち20人ってことは、他の集落の人も居るんですか?」
「居るわ。ほら、ここの印が集落によって違うのよ」
胸の印。風呂場で見たアレがそうだったのか。
他の3人のものもそれぞれ微妙に違っている。
「同じ集落の人間はみんな同じなの」
「ふむ、服の模様と同じですね」
「そうよ。だから服を取り替えて入れ替わろうとしても直ぐバレるわ」
「入れ替わろうとしたことがあるんですか?」
「昔あったらしいわ」
「その人たちはどうなったんですか?」
「さぁ」
「罰則は教えられていないのでしょうか」
「そうね。聞いたことないわ」
「禁止事項なのに罰則が教えられていない……それは何故でしょう」
「禁止されてないからじゃない?」
「どういうことでしょう」
「禁止されてるのは他集落の人間との接触だけよ。服の交換や他集落の服を着ることは禁止されてないわ」
「なるほど」
納得することか?
確かに言葉どおりに捉えるならそのとおりなんだけど。
「ではここに居ることが知られてしまうと罰せられるのですね」
「そうよ」
「それはどのような罰なのでしょう」
「知らないわ。バレたことも無いし」
「左様で御座いますか」
結局禁止されていても罰則が無いってこと?
有るけど教えられていないだけ……そんなことあるか?
「話は終わったかな。パンを作るんじゃなかったの?」
「あ! そうだ早く教えてよ!」
「門外不出だからね。ここ以外で作ったらダメだぞ」
「分かった」
「ああ」
「それでそれで、なにが必要なの?」
「そうだねー。小麦粉と……」
ベーカーか。
トレイシーさんも自分でパンを焼いていた。
タイムは手伝うとき、そんな能力使っていなかった。
新しく生まれたのか、単に使っていなかっただけなのか。
どういう仕組みなんだろう。
「後は焼くだけだよ」
「本当にこれで……」
「ごくり」
お、もうすぐ出来るみたいだ。
『出来たのか』
『んー、ちょっと無理かな』
『無理?』
『オーブンなんて無いし、そもそもここの人たち魔力の扱い方をまるで知らないんだよ』
『俺たちだって知らないだろ』
『タイムは知ってるよ。使えないだけ』
『そうなのか』
『言ったでしょ。なんでも知ってるって。今までのものより美味しく作れたはずだから、後は数を熟せれば……』
パンが焼けるにつれ、いい匂いが立ちこめてきた。
確かにあの硬い塊とは違うらしい。
というか、あれってホットケーキ?
「なんだこの匂いは」
「全然違うぞ」
「この匂いって……サツマイモ?」
「さすが時子。よく分かったわねー。ここには砂糖とか塩とか、とにかく調味料がないの。だからあるもので代用したの。上手くいくといいんだけど」
やっぱり味気ない原因は調味料が無いからか。
サツマイモが砂糖だとして、塩の代用ってなんだろ。
次回は実食




