第48話 文化の多様性
床の扉から地下に降りる階段を降りていく。
薄暗くて少しジメジメしていてヒンヤリしている。
鈴を抱っこしているから足下が見づらい。
滑って転ばないように気をつけないと。
「タイム、明かりを出してくれ」
「うん」
「あ、私が……」
「ん?」
「……なんでもない」
宙に浮くランタンが幾つも現れ、周囲を明るく照らす。
明るくなったとはいえ、足下が見えづらいことに変わりはないが、少しマシになった。
いざというときはタイムが支えてくれるだろうし。
「なにそれ」
「ランタンっていう照明器具だよ」
「そうじゃなくて、何処から出したの?」
「あー、えっと……」
「タイムの魔法で出したんだよ」
「魔法……って、あの魔法?」
「んと、妖精魔法だからちょっと違うかな」
「妖精……本当に居たんだ」
「妖精を知っているんだ」
「……本に……書いてあったから」
確かワンさんは知らなかったはず。
本を読まなかったのかな。
階段を降りていくと扉があった。
ナユダさんが開け、中に入る。
部屋の中には3人先客が居た。
ここはなんの部屋なんだ?
「今日は3人?」
「お? ナユダか。今日は来られる日じゃないだろ。どうし……その奇妙な格好の彼らはなんだ」
奇妙な格好……なのか。
「それなんだけどさ。実は………………」
「………………マジか」
「間違いないよ。こんな奇妙な格好の人間はここに居ないでしょ」
「……そうだな。何処のものとも違うのは確かだ」
そういえば3人とナユダさんの格好は同じだ。
でも胸の装飾? が4人とも少し違う。
「ナユダさん、ここは?」
「私たちは今の生活に疑問を持ってるの」
「疑問?」
「そう。この本に書かれてるものと比べると、ここの生活はかなり歪だわ」
「どんな本ですか」
「勇者と呼ばれる人が魔王を倒して世界を圧政から解放するお話しよ」
あ……エイルから聞いた典型的な初期の勇者小説だ。
今このタイプは殆ど出回っていないらしい。
「ここに書かれてる人たちは、誰1人としてここのような生活をしてないわ。それに貴方たちと同じで、お父さんとお母さんと一緒に暮らしてる。ね、ここに書かれていることは本当のことなの?」
「それは小説と呼ばれるものです。作者が考えた架空の世界の話です。現実ではありません」
『おいデイビー』
『事実です』
『史実だろ』
『史実を元にした虚構です』
そう言われると否定できない。
あくまで〝勇者小説〟。
〝歴史書〟じゃない。
とはいえ、俺たちの言うことなんか……
「嘘……」
「架空の世界……」
「現実じゃない」
「そんな……」
あれ、みんな信じちゃったのか?
自分たちが信じていたものを、よく分からない初対面の連中が全否定したのを信じるのか。
「それじゃやっぱりここの生活はおかしくないのか」
「嫌よそんなの。信じたくない!」
「でも彼らも魔神様と生活をしているって」
「魔神様と……そ、そうだ! 例えこの本の内容が架空の世界でも、彼らに直接聞けばいい」
「そうか!」
「なぁ、貴方方の生活はここと違うんだよな。どうして自分の両親が誰なのか分かるんだ?」
「すみません。多くを語ることは魔神様に禁じられております」
『おい! なに勝手に話を進めているんだ』
「確かに異なることは多いですが、あくまでそれは文化の違い。僕たちや貴方たちと違う文化をもった方々もいます。ですからどちらがおかしい……というものではありません。ご理解頂けますか」
完全無視かよ。
でも文化の違いって言われると納得してしまう。
「ブンカ?」
「一般的に集団の中で共有される考え方や価値基準のことですね」
「……?」
「なるほど」
「分かるの?!」
「なんとなく……な。つまり私たちと貴方方は別の集団だから考え方とかなんとかってのが違うってこと……か」
「素晴らしい。その通りです」
褒めているようでそのゆったりとした拍手は馬鹿にしているようにしか見えないぞ。
でも素直に褒められていると受け取っているみたい。
ちょっと照れてるぞ。
「よく分かんないけど、私たちとも貴方方とも違う生活……があるのね」
「じゃあ私たちはこのまま死に脅えながら生きなければいけないのか」
全く、デイビーのヤツ勝手に話を進めやがって。
これも中央省の管轄だからか?
とはいえ、なんか上で話をしていたときと全然態度が違わないか。
こっちが本心……なのか。
「ナユダさんたちはここの生活に不満があるんですか」
「私はそんなに不満はないわ。でも魔神になるのも死ぬのも嫌。このままがいいの」
「私は嫌よ。好きな人とも自由になれないなんて嫌」
「私は親が誰なのか知りたい。会って話がしたい。でも、お母さんが分かってもお父さんは分からないだろうな」
お母さんが分かってもお父さんは分からない?
どういうことだ。
「私はあんな味気ない食事はもう嫌だ。この本に書かれているようなものが食べてみたい」
「あ、それなら割と簡単よ」
「なんだと?!」
「ねえナームコ、このパンに美味しくなる魔法を掛けてくれない?」
「兄様」
「んー、デイビー。構わないか?」
「よろしくないと思われます」
「だよなー」
食文化に関わってくるだろうし。
関わるとするなら全員にって思うし。
「えー?! さっきは掛けてくれるって言ってたじゃないかっ」
「それはこのバカが先走ったからです」
「兄様!」
「事実だ」
「くっ、こんな硬いだけの塊なんか、もう食いたくないっ! 柔らかくて、焼きたての香ばしいバターの匂い。そこにジャムとかいうものを塗ったものは空想の食べ物だったのか……ああ、知らなければよかった」
「そんなに食べてみたいんですか?」
「ああ、死ぬ前に一度でいいから食べてみたかった」
「死ぬ前?」
「〝進化の儀〟に選ばれたということでしょうか」
「いや、選ばれてはいない」
選ばれていないのかよ。
「本当に一度でよろしいんですか?」
「ああ」
「食べた後、もっとくれ。もっと食べたい。などと言わないと誓えますか」
「それは……」
「やはり許可は出来ません」
「わっ分かった誓う! 誓うから食べさせてくれ!」
「……信用できませんね」
「よろしいではございませんか」
「ナームコ、ここはデイビーの管轄だぞ。素直に従え」
「確かにわたくしが〝おいしくなぁれ〟を使うのは問題があると存じるのでございます」
そんな名前の魔法なのか。
「でございますが、作り方をお教えするのならば問題がないと存じるのでございます」
「余計問題が――」
「その手があったか」
これならみんな平等に行き渡る……かも?
「よし、教えてやれ」
「モナカ様……」
「存じたのでございます」
自分たちで作る分には問題ないだろ。
次回、パン屋です。ゴルフではありません




