第40話 全ての基礎は筋肉にある
「では殿、まずは黒埜を仕舞うでありんす」
「分かった……え?」
「殿はまだ剣士としての身体が出来ていないのでありんす」
「つまり筋トレをするのか?」
お復習いは何処に行ったんだ。
修正しないから飛ばした? ってことは無いだろうけど。
「身体を動かすには筋肉が無ければ不可能でありんす。素早く動くにも、力強く刀を振るうにも、攻撃を受け流すにも、全ての所作の基本は筋肉でありんす」
「なるほど」
「そしてその筋肉を動かすには頭が必要でありんす」
「頭?」
「目で見たり肌で感じたことを脳で考えて処理し、筋肉を動かすことで初めて身体が動くのでありんす。最終的には考えずに動けるようになるのが目標でありんす」
「条件反射で動けるようになれってことか」
「それとは違うのでありんす」
「違うのか」
「では殿、まずは下半身を鍛えるでありんす。下半身を疎かにしては立つこともままならないでありんす」
「分かった」
こっちに来て随分筋肉が付いたような気になってたけど、全然足らなかったんだな。
サムライ指導の下、下半身を鍛えることになったけど、どれも地味だな。
道具を使うといったことも無く、かといって激しく動き回ったり走り回ったりはしない。
とにかく地味だ。
そしてキツい。
一番キツいのが終わりが見えないということだ。
「何回やればいいんだ?」
「殿が〝もう無理〟と思われるまででありんす」
「え?」
「無理だと思われたなら1回でも問題ないでありんす」
「1回?!」
「〝まだまだやれる〟と思われたなら、100回でも1000回でもよろしいでありんす」
「1000回?!」
そんな感じで回数が決められていない。
決めるのは俺自身。
しかもタイムが見ている。
否が応でも限界までやってしまう。
うー、足がパンパンだ。
指先、足の裏、足首、すね、ふくらはぎ、もも、腰回り、何処をとっても無事なところは無い。
立つことも難しいぞ。
「次は」
「ま、まだあるのか、はぁ、はぁ、はぁ」
「次は上半身でありんす。バランスよく鍛えなくてはいけないのでありんす」
「上……半……身……はぁ、はぁ」
「剣士は下半身特化型ではないのでありんす。本日は初日故、上半身は軽めにするでありんす」
「軽……目……はぁ、はぁ」
「上限を100回にするでありんす」
それで軽めなんですね、師匠。
結局限界近くまでやることに違いは無い。
確かに100回ならまだやれる感は残る。
残るが、キツいことに変わりは無い。
今まで鍛えようと思って鍛えたことが無かったからな。
十分キツい。
キツいけど、下半身は限界ギリギリまでやったからなのか、100回で終わらさせられると〝まだできるのに〟と思ってしまう。
これは飴と鞭の飴なのか?
「お疲れさまでありんす。本日の筋トレは終了でありんす」
「お、終わったー、はぁ、はぁ」
「次は――」
「え? 終わりじゃ、ないのか? はぁ、はぁ」
「殿、忘れたでありんすか。身体を動かすのは頭でありんす。次は頭を鍛えるでありんす」
「頭……座学って、ヤツか。はぁ、はぁ」
「そんな堅苦しいものではないでありんす」
「そう、なのか。はぁ、はぁ」
『仮想空間で模擬戦をするでありんす』
『仮想空間……いつもの模擬戦か? てかなんで急にこっちなんだよ。模擬戦なら知っててもらった方がいいだろ。また通報されるかも知れないぞ』
話す分にはこっちの方が楽でいいけど。
『いつものARではないでありんす。脳内シミュレーションでありんす』
『脳内……』
『身体ではなく頭を鍛えるのでありんすから、肉体的な疲労は不要なのでありんす。筋肉の動かし方を脳に教えるだけなのでありんす』
『脳に……』
『横になりながらでも出来るのでありんす。呼吸も整ったようなので、戻って寝るでありんす』
『寝ながら……』
「殿、戻るでありんす。ナユダ殿、お勤めご苦労様でありんす」
「んー、んあ? おわったの? ふぁぁぁぁっ、もー眠いよぅ。こんな遅くまで起きてたの、初めてだよぅ」
「ごめんなさい」
「いいって。仕事だもの。貴方たちはいつもこんな遅くまで起きてるの?」
「遅く……」
まだ9時にもなっていないんだけど。
「そうですね」
「そんなんでよく、ふあ、身体がもつねー。ふぁ、あー」
あくびしながら喋ってるよ。
余程眠いんだな。
「朝が早いんですか?」
「別に、早くな……ふぁ、いよ。うー、普通、だょぅ……うー」
「そ、そうですか」
普通って、何時くらいなんだろう。
「とにかく、終わったんなら戻って、寝るよ。あふ……」
「はい」
なんとか歩けるくらいには回復しているけど、まだ動けるというにはほど遠い。
動く度に身体がきしむ。
うー、きつい。
「ふぁ、大丈夫?」
「はい、なんとか」
中に入ると既に真っ暗だ。
左目を暗視モードにしたけど、あんまり性能がよくないからな。
白黒でノイズが多いから見づらい。
それでもなんとか判別できるくらいには見えるから助かる。
ナユダさんは暗いのをものともせず歩いている。
これもここだと普通なのかな。
「おやすみなさい」
「あふっ、おやすみぃ」
次回は脳内行動です




