第34話 身体を洗いましょう
脱衣所から風呂場に入るんだが、時子の言ったとおり入り口に男女の区別が無い。
というか脱衣所に入るときもそうだったが、壁一面に引き戸が並んでいるだけになっている。
区別以前の話だ。
100人が一斉に入るんだ。
扉1つで出入りしていたらそれだけで時間が過ぎちまうから当然か。
理に適っている……といえば適っている。
引き戸を開けると再びタイムが真ん中にサーッとカーテンを引いてくれた。
「タイムも一緒に入らないか?」
「?! ………………」
んー、[探さないでください]看板が一瞬ピクついたけど、それだけでダンマリか。
根が深いな。
「モナカくん、遅いよぅ」
「っははは、悪い」
「ね、久しぶりに身体洗ってあげるよ」
「え? いいよ」
「えー?! なんでだい!」
「扉も開けられたし、ここなら魔力が無くても大丈夫だろ。ほら」
実際に置いてあったセッケンを泡立てて見せた。
水道は……無いな。
代わりにお湯が用水路のように流れている。
ここから桶を使って汲むのかな。
なので魔力は必要無い。
「な」
「うう……でも……」
「パパーっ」
「はいはい、今洗ってあげるからね。洗ってもらうとしても、それは鈴の役目だよ」
「うんっ! 鈴、パパの身体洗ってあげる!」
「そういうことだ」
「モ……モナカくんのバカッ!」
「アニカ! 走ったら危な――」
「ひゃあ!」
あー言わんこっちゃない。
盛大にすっころんだなー。
あー尻を打ったらしい。
馬車で瀕死の尻に自らトドメを刺すのか。
「じゃ鈴、洗うから大人しくするんだぞ」
「はぁーい」
おー、大分子供っぽくなってきたな。
初めの頃とは全然違う。
よく笑うようになったし。
でも根本の問題は根強く残ったままだ。
それが解決しない限り、本当の笑顔とはいえないのかも知れない。
「よし、流すぞー」
「うんっ」
「はい、ザバー」
「あははは、ザバァー」
「よぉし、綺麗になったぞ。大人しく出来て偉いな。よしよし」
「えへへへ、ありがと。今度は鈴の番ー!」
「ああ、お願いします」
「お願いされまぁす。ふふふふふ」
「ねぇねぇ、私も洗っていい?」
「ナユダさん?!」
カーテンの向こう側に居たはずなのに……
自由だなぁ。
「なんか笑い声が聞こえてきて楽しそうだからさ」
「貴方! 女性はあちら側ですよ」
「なにそれ。そんな規則はここにないよ。それにアニカ……だっけ。こっち側に居るじゃないか」
「それは……そうかも知れませんが」
「デイビー、ナユダさんはここの人なんだ。俺たちのルールを押しつけるな」
「う……りょ、了解しました」
「なんかモナカを洗うよりデイビーを洗った方が楽しそうだ」
「ひぃ! お断りしますっ」
「えー、遠慮するなよ。ほらほら」
「いやー、止めてくださいっ」
「っはははは。デイビー、観念して洗ってもらえ」
「嫌です。助けてください」
拒否しただと?!
とはいえここは俺たちのルールで縛れるものじゃない。
「無理」
「船長!」
「風呂場で走るな! それこそルール違反だ。まったく、往生際が悪いぞ」
「うう。これは浮気じゃない。これは浮気じゃない。ああ神よ、罪深き僕を許し給え」
神に許しを得なければいけないほどのことなんだ。
それだけ奥さんを愛しているということか。
それとも余程の恐妻家……いや、そんなことはないと信じよう。
「ちょっ、背中だけで十分です。前は自分で出来ます」
「えー、遠慮するなよ。ほらほら」
「きゃーっ!」
「騒ぐな」
「ですがっっ」
「パパ、大人しくして」
「ああ、ごめんよ」
なんだろう。
初めてエイルに身体を洗われたときを思い出すな。
確かあんな感じだったような……ということは。
「止めてください、そこは自分で洗います」
「ダァメ。ちゃんと洗わないと汚いよ」
「ですから自分で……いやーっ」
「五月蠅いぞ!」
「パパー!」
「ごめんごめん」
やっぱりそうなったか。
気持ちは分かるぞ。
でもな、諦めが肝心なんだ。
「モナカは洗われてるぞ」
「えっ! あ、貴方は子供になにをさせてるんですかっ」
「んあ? ……あー」
そういえばそうか。
「鈴、そこは自分でやるからいいぞ」
「でもパパも鈴のおまた洗ってくれたもん」
「そっかー。だそうだ」
「だそうだじゃありませんっ」
「しつこいぞ」
「もー、動いちゃダメでしょ! メッ」
「あはは、ごめんなさい。デイビーも動いたらダメだぞ」
「無理を言わないでください。ああ、ドンドン汚れていってしまう……」
「なにいってんだ。ちゃんと洗ってるから綺麗になってるぞ。手抜きなんかしてないからな。大体貴方が暴れなければもっと手早くもっと綺麗に出来るんだぞ」
「そういう意味ではありません……あぁ」
漸く大人しくなったか。
さすがのデイビーもお手上げらしい。
「ほら、終わったよ」
「うう……ありがとう、ございま……うっ、くっ」
一応感謝はするんだ。
最後まで言えてなかったけど。
次回は貸しを作ります




