第31話 素材の味100%
アニカの尻の心配をしても仕方がない。
なんとか座れたみたいだし、冷めないうちに食べよう。
「じゃ、いただきます」
「「「いただきます」」」
「イタ……なにそれ?」
「ああ、食べ物や作ってくれた人への感謝の気持ち……かな」
「へぇー、つまり私に感謝してるってこと?」
「そうなるかな」
「ふーん。変わってるね」
「そうかな」
「だって与えられた仕事をしてるだけだもん。感謝することじゃないよ」
「じゃあナユダさんはどんなときに感謝するの?」
「それは……んー。分かんない」
「分からないの?」
「したことないからねー。そんなことより食べよう、ほら」
「あ……あ、そうですね」
感謝したことが無い?
そんなことってあるのか。
とにかく一口……
「ん?」
「どうかした?」
「っはは、なんでもありません」
うーん、お世辞にも美味いとは言えないな。
かといって不味いわけでもない。
味が無いというか、味気ないというか……
このパンのような塊はなんだろう。
硬くてボソボソしているだけで味が無い。
その分おかずの味付けが濃い目かといえば、そんなこともない。
スープはお湯に野菜が入っているだけみたいな物だし、野菜炒めも本当に焼いただけって感じ。
肉もそうだ。
乱雑に切って焼いただけ。そして硬い。
塩すら振ってなくないか。
料理した……といえるような物に感じない。
素材の味を生かしているといえば聞こえはよくなるけど。
そんな物をみんながモクモクと食べている。
鈴ちゃんが素直な感想を言ってしまうかと思ったが、黙ってモクモクと食べている。
トレイシーさんのご飯を食べているときのような笑顔はないけど。
それはみんなも同じようだ。
これは食事というより、腹を満たすだけのものなのでは?
『うう、アトモス号に置いてある保存食の方が美味しいよ』
『アニカ、文句を言うな』
『でも……』
『でもじゃない。口には出すなよ』
『分かってるよぅ』
とは言ったものの、俺の感想もアニカと同じだ。
保存食の干し肉とか硬くて食えたもんじゃねえと思ってたけど、嚙めば嚙むほど味が出てきて美味かった。
パンだって硬かったけど硬いだけでほのかに甘い。
そもそもこれは保存食じゃない。
日常で食べている普通のご飯のはずだ。
フブキはこれより味付けの薄いものをってことだよな。
何処を薄くするんだ?
薄くする余地がないぞ。
「モナカはゆっくり食べるんだね」
「え? そうかな」
「私なんかもう食べ終わっちゃったよ」
「早いね」
「で、どう?」
「えーと、味付けがちょっと薄いかな」
本当はちょっとじゃないけど。
「味付け? んー、お腹がいっぱいにならなかったってこと?」
「え?」
「ん? 違うの?」
「あーうん、そう……かな」
「あっはは、変なの。じゃあ次は多めに作ってくるね」
「あ……りがとう」
「?」
ナユダさんが食べるのが早いというより、単純に食が進まないから遅いだけなんだよな。
ただ1人、ナームコだけ美味そうに食べている。
『ナームコはこれが美味いのか?』
『そうでございますね……兄様、そのパンのようななにかをお貸ししていただきたいのでございます』
なにかって……というか。
『貸す? いいけど。ほら』
「あれ? 足りないって言ってたのにナームコにあげちゃうの?」
「いえ、いつもの呪文を兄様のお食事にお掛けしてなかったのでございます。おいしくなぁれ、おいしくなぁれ。さぁ兄様、これでよろしいでございますか」
『いつからこんなことをしていたんだ?』
『今日が初めてでございます』
また方便ってヤツか。
まったく。
でもこんなんで美味くなったら苦労は……んん?
匂いが全然違う。
焼きたてのパンみたいだ。
凄く香ばしくて食欲がそそられるぞ。
どれどれ……一口食べてみるか。
『……ナームコ。いや、親愛なる義妹よ』
『にっ、兄様?! な、なんでございましょう』
『是非ともみんなの分もその美味しくなる呪文とやらを掛けてやってもらえないだろうか』
『勿論でございますっ。兄様の頼みをお断りする理由をわたくしは持ち合わせていないのでございます。ささ皆様、お貸しするのでございます』
『そんなに違うの?』
『食べてみれば分かる』
『そ、そう』
『鈴の分も忘れないでくれよ』
「娘、それを貸せ。ああ、全部貸すんだ」
「はい、分かりました。どうぞ」
なにっ!
『今……〝全部〟と言ったか?』
『申し上げたのでございます』
『まさかとは思うが……つまり』
『さすが兄様、そのとおりなのでございます』
『えーと……』
『ふふっ、兄様も皆様も、遠慮せずお貸しするのでございます』
『ありがとう』
『親愛なる妹でございますから、当然なのでございます』
『そんなことは言っていないっ!』
『ふふっ、兄様は照れ屋さんなのでございます』
『おいぃ!』
ったく、今日くらいは許してやるか。
「おいしくなぁれ、おいしくなぁれ、おいしくなぁれ」
「なになに、みんなやるの?」
「ああ。やっぱり日常は大切だからな」
「ふーん」
『これってやっぱり錬金術なんだよな』
『左様でございます。トレイシー様の、お味を再現してみた、のでございます』
『そんなことも出来るのか』
『錬金術師にとって、無機物も有機物もなんら変わりがないので……ございます。構造さえ分かれば、改変など簡単なので、ございます』
『へぇ、凄いな』
『こ、このくらい、錬金術の基本……なのでございます』
『なに赤くなっているんだよ』
『気のせいなのでございますっ』
しかしそれでここまで再現できるなんて、料理人がみんな廃業しちまうぞ。
『んん!』
『おお、これは……なるほど。実に興味深い』
「うわあ! ホントにトレイシーさんが作ったみたいだね」
それを言うなっての!
「トレイシー?」
「えーと、俺たちの養母みたいな人です」
「ヨウボ? ふーん」
『バカアニカっ さっき分かっているって言ってたよな!』
『ひぃ! ごめんよぅ。思わず声に出ちゃったんだ』
気持ちは分かるけど、少しは鈴ちゃんを見習えっての。
でも笑顔は戻ってきたぞ。
悔しいけど今回は本当に感謝しかない。
食べにくいけど、簀巻きは勘弁してやろう。
なんかさっきまで抱き付いている感じだったけど、しがみ付いている感じだからな。
……もしかして
『ナームコ、また無理したんじゃないだろうな』
『いえ、この程度……熟せなくては、親愛なる妹……とは、いえないのでござ……います』
秘匿通信が途切れ途切れになるくらい疲れているじゃねーか。
無茶しやがって。
でも、どうやら料理人が廃業に追いやられることはなさそうだ。
「食べ終わったね」
「ああ、ごちそうさま」
「それも感謝の気持ちってヤツかい?」
「そうだな」
「ふーん。貴方たちは感謝しっぱなしなんだね。変な人たち」
「変かな」
「仕事をすることは当たり前なんだから、感謝する必要は無いんだよ」
「そういうものか」
「そういうもの! そんなことで感謝する人はここに居ないよ」
食材にも感謝しているんだけどな。
でも〝食べるために作ったんだから、食べられるのが仕事だよ〟とか言いそう。
「それじゃ片付けるから、その後はお風呂だね」
「はい」
お風呂か。
一さんのところより広そうだぞ。
次回から風呂回が続きます




