第19話 退屈な話
「外から来た人間を連れて来たん……来ました」
あ、言い直した。
「……なんと言うた?」
寝ているのか起きているのかよく分からなかった顔が、ワンさんの言葉を聞いて眉をピクリと動かしてワンさんを見上げた。
「外から来た人間を連れて来たって言いました。信じられないだ……でしょう。でもウソじゃではありません。ガイスト王なら分かる……かと」
凄い無理して丁寧に話そうと努力しているけど、結果が伴っていないな。
ドライバーさんが頭を抱えている。
「ふぅむ。確かに見たことの無い顔だのぉ」
「分かるんですか?」
「ふぁっふぁっふぁ。民たちの顔は全員覚えておるでの」
マジか。凄いな。
ワンさんに手を引かれて立ち上がった姿は、やっぱり2メートルは超えていると思う。
右手に杖を持ち……ん? 右手が杖になっている?
義手かな。
「ふぅ。ワシは魔神の王、名をガイスト・エリュデインという。人間よ、よくぞ来られたの」
魔神の王……ということは、人間の王は別にいる?
でも民たちって言っていたから、人間の王でもある……のかな。
魔人なのに人間を民と言う……本当に共同生活を?
こっちもタイム以外自己紹介をした。
異世界人だどーのとか、鈴ちゃんの複雑な家庭環境とかは割愛。
で済ませられると思ったんだけど……
「ふむ。それで、デイビー殿の肩の可愛い存在はなんというのかのぉ」
タイムに気づいたのか。
魔力感知じゃ絶対分からないはずなのに。
観察力が凄いな。
双子は首の後ろからヒョコッと顔を出してイタズラっぽく笑った。
「えへへ、見つかっちゃった」「ちゃったー!」
「初めまして」「ましてー!」
「タイムは双子姉といいます」「まーす!」
「……」「……」
「ほらっ。〝まーす〟じゃなくて、ちゃんと自己紹介しなさい」
「はぁーい。おじいちゃん、タイムは双子妹っていうんだよ」
「こらっ! もー、すみません」
「ふぉっふぉ、元気でええのぉ。タイムちゃんにライムちゃんか。よぉ似ておるのぉ」
大人しくしていたら全く区別が付かないだろう。
大人しくしていれば……
つまり、簡単に区別が付くということだ。
「ふぅむ、してモナカ殿、ここへ何用で来られたのだ?」
やっぱりそうなるよな。
正直に人捜し?
でも今回は居るか動作すら分かっていないからな。
でも、この様子だとまず間違いなく居ないだろう。
そうなると……魔人と人間が共存できる謎を探るため?
でもそれはここに来てから決まったこと。
来た理由じゃない。
「ん?」
「あ、えーと……」
「ここへ来た目的は、交流で御座います」
デイビー?!
「僕たちもここ同様に結界の中で暮らしていました。そして自分たち以外にも生存者は居るのか……それを長いこと探してきました。そして先日、とある者が持ち帰った情報でここにも生存者が居るのでは……ということが分かりました。その確認と、生存者が居るのであれば友好的な関係を築きたい。ということなので御座います。ですね、船長」
「あ、ああ。そういうことです」
ふぃー、助かった。
なるほど。確かに俺たちの目的はエイルを探すことだ。
でもデイビーは違う。
恐らく今言ったことは事実だろう。
「ほう。なるほどのう。いや、そういうことならワシらも助かるのぉ」
「〝助かる〟ですか?」
「ああ。実はの、ここも初めの頃と比べると人口が減っておるのだ。このままでは先は長くない。数年ではなくとも、数十年後は分からない。その為にもこういった話はとてもありがたいのだ」
「残念ですが、僕たちの結界も人口減少は止められておりません。恐らく、お力にはなれないかと」
そういえば第二都市は壊滅的だったな。
その隣の都市もヤバくなっているとかなんとか。
俺たちが住んでいる第十都市はまだ大丈夫らしいけど、いずれは……とエイルが言っていたっけ。
「ふぅむ、問題解決のためにも協力は必須……ということかの」
「そうですね」
なんか2人して難しい話に突入してしまったぞ。
人口問題から食糧問題になり、交通やらなんやらと。
デイビーが一番知りたいのは牧場のことらしい。
あっちにはあるなんて話は聞いたことないからな。
肉もオオネズミ以外、無いわけではないらしいが見たことは無い。
アニカは魚を食べたことがあるらしいが、俺は見たことすら無い。
ただ、1つ大きな違いがある。
お金が存在しないらしい。
物々交換でもなく、完全配給制だという。
それが成り立つのは凄いな。
貧富の差が全く無いらしい。
治安も彼ら、魔神たちによって保たれているという。
勿論、魔物からの脅威も……
デイビーは口にこそ出さなかったが、魔人が人間を守っているのは事実なようだ。
益々……イヤ、自己嫌悪に陥っても取り返しは付かない。
とにかく共存の秘密を探ることが罪滅ぼしになる……と信じるしかない。
『なんか難しい話で全然分かんないね」
『そうだな』
分かるところは少ししかない。
これが政治ってヤツなのかな。
『ボク眠くなっちゃったよ』
裏で雑談しているわけにも行かず、黙って聞いているだけだから余計だ。
ふわぁっ、俺も眠い。
「おや、疲れてしまったかのぉ」
アニカが限界で船を漕いでいた。
俺も思わずあくびをしていまい、それが見つかってしまった。
時子が顔色を変えることなく、握っている手を握っている手で器用につねってきた。
痛いより感心する。
「長旅で疲れたであろう。今日はもう休まれた方が良いようだ」
長旅……ね。
どう返したらいいものか。
「ええ、そうですね。お言葉に甘えさせてもらいましょう」
「そうだな。お願いします」
共存の秘密を知るためにも、ここでの生活を知ることが第一歩だ。
例え今からトレイシーさんの元に戻って美味しいご飯が食べられるとしても。
「ワンよ、お主の長屋に出迎えてやりなさい」
「わ、私んとこ……ですかい。任せてくれさい」
「すまんのお。外の人間を出迎えるところがないのでのぉ。民と同じところで寝泊まりしてもらうことになる。食事も民たちと共に食してくれ」
「いえ、お構いなく」
「おし、んじゃ案内するぜ。つっても戻るだけだがな」
「あそこですか」
「そうだ。またな、王よ」
最後はもう諦めたって感じか。
「うむ……ああそうじゃ、1つよろしいかの」
戻ろうとしたら呼び止められてしまった。
なんだ?
「ここにはここの法というものがある。お主たちの法との違いはあるだろうが、そのことを民たちには言わぬようにしてくれぬかのお。ここにはここの暮らしというものがある。あまり刺激しないでもらえると助かるのだ」
ああ、つまり〝俺の国ではこうだぞ!〟とか言って無理を通すなってことか。
郷に入っては郷に従えということだろう。
「お主たちにここの法に従えと言うつもりはない。節度をわきまえる限り自由にしてくれて構わん。よいかの」
「分かりました」
「もういいか?」
「うむ、足止めしてすまんかったの」
王様はまた地ベタに座って木に寄りかかると、寝てしまった。
王様……なんだよな。
え、城どころか野宿??
でも人間が住む長屋はあるらしい。
どういうことだ。
王様が豪勢な住まいで民たちが貧しい暮らし……とかはよくある話だけど。
まー俺だって草むらで寝そべることはあったし、夜には城か何処かに戻るんだろう。
王との謁見なのにたった1話で終わります
次回は船まで戻ります




