第1話 頼まれたこと
エイルの父親の行方が判明して迎えに行ったのはよかったが、既に魔人と化していた。
魔人……人と相容れない存在。
人間が毒素に冒されることにより変貌する姿。
生前の記憶が残るものの、殺人衝動と食人衝動を本能として植え付けられてしまう存在。
どんなに精神力の強い人でも抑えることは不可能だとされている。
事実、エイルの父親も長いこと耐えてきたが、エイルの返り血を浴びて抑えが効かなくなって襲い掛かってきた。
一度魔人になったら人間に戻る手段は無いとされている。
だから仕方なかったと思うようにしているが、エイルの父親を殺したのは俺だ。
それは変わらない。
だから見捨てられた……のかも知れない。
護衛であるはずの俺を置いてエイルはひとりで旅立ってしまった。
そんなエイルを探し出すため、俺たちは後を追って旅立った。
幸い移動手段には困らない。
本当かどうかは分からないが、光速すら越えられる船……エターナル・アトモス号を手に入れることが出来た。
壊れていなければ宇宙へも行けるらしい。
しかし宇宙へ行く前に(行く予定もないけど)まず行かなければならない場所……それは。
「鈴、まずは狩猟協会に行ってくれ」
「了解」
良部鈴……俺のことをパパと慕ってくれる、遺伝子操作で生み出された異世界の少女。
この船のエネルギー源であり制御装置として生まれてきた。
だから今、そのエネルギーを取りだすために呼吸が出来る液体に満たされた水槽に入っている。
本当ならそんなことをさせずに普通の子供として生きてほしいんだけど……
その為の教育を遺伝子操作をした研究者たちにされ続けてきたから、やめさせようとすると〝自分は要らない子〟と思い込んでしまう。
だったら無理にやめさせるより本人の意思に任せることにした。
負担になっていないかと心配なんだけど。
「狩猟協会?」
「ああ。エイルにお父さんの身分証を届けるように言われているんだろ」
「そうだった」
「おいおい。時子が頼まれたんだろ。忘れるなよ」
「あはははは」
子夜時子……誤召喚でこの世界に来てしまった女子中学生。
一緒に誤召喚されたはずの真弓先輩を探している。
携帯を魔法杖代わりに魔法が使える。
俺は魔法が使えないのに、羨ましい話だ。
鈴ちゃんからはママと慕われているが、残念なことに俺と夫婦でも恋人関係でもない。
そしてどうやら俺と同郷らしい。
何故〝らしい〟のかって?
俺には思い出がないからさ。
何故思い出がないのかって?
それは俺が一度死んでいて、思い出と引き換えに新しい身体を与えられ、この世界に転生したからだ。
誰かがそう願ってくれたから。
一体誰なんだろう。
心当たりは思い出と共に消えているから分からない。
「ったく。エイルのヤツ、自分でやれってんだ」
「マスター、やらなきゃいけないことってなんだろうね」
俺のことをマスターと呼ぶA.I.少女、タイム・RATS。
実は新しい身体は手違いで生前使っていた携帯と融合している。
でもそのお陰でタイムと出会えた。
タイムは俺のサポートをするために、俺に身体を与えたモノが携帯に宿らせたA.I.だ。
しかも実体化できるから触ることも出来る。
色々サポートもしてくれるし、かなり優秀だ……と思う。
「さあな。だから本人に聞けばいい」
「でも、何処に行ったのかな」
探す当てなんか無い。
「心当たりはないのか?」
「ないよ」
「時子も?」
「ないわよ」
「……そうか」
「な、なに?」
「なんでもない」
恐らくエイルは誰かと一緒に行ったはずだ。
多分お父さんの居場所を教えてくれた人だろう。
だけどエイルと最後に会っていた時子は〝1人で〟と言っていた。
タイムは心当たりがあるらしい。
でもエイルとの約束でそれが誰なのか教えてくれない。
とはいえ、2人とも行き先までは聞いていないのだろう。
それでもこの荒廃しきった星に人が住める場所なんて限られている。
エイルは恐らくそこで〝やるべきこと〟をするのだろう。
だからしらみつぶしでそういった場所を探せばいい。
「お姉様……私を置いて何処へ行ってしまったの」
「ルイエ、置いていかれたのはみんな一緒だぞ」
ルイエ……エイルが生み出したA.I.少女。
エイルはお母さんのはずなのに、何故かお姉様って呼んでいる。
本体はエイルが置いていった携帯端末の中だけど、アトモス号の中にも出入りしている。
タイムもそうだけど、結構自由なんだな。
ただタイムと違って実体化は出来ない。
イメージ画像もないから船内モニターには音声波形が円形に表示されるだけだ。
「一緒にしないでください。モナカより私の方がお姉様と固い絆で結ばれてるんだから!」
モナカは俺の名前だ。
本名は思い出と共に行方不明だから、これは自分で付けたもの。
ただ、俺を転生させたものが俺のことを〝クーヤ〟と呼んでいたから、もしかしたらそれが本名なのかも知れない。
思い出を奪っておきながら本名をバラすようなバカなら……だけど。
「それを言ったら俺たちの方が付き合いが長いぞ。なあアニカ」
「そうだね」
「なによ。ただ長いだけでしょ。私にはお姉様の愛情が注ぎ込まれているのよ」
「エイルにはアニカの魔力がたっぷり注ぎ込まれているけどな」
「あはは、そういえばそうだね」
アニカ・ルゲンツ・ダン・ロックハート……享年8歳で転生してきた元男の子の精霊召喚術師少女だ。
その所為か自分のことを〝ボク〟と言っている。
アニカの周りには喚びもしないのにいつも精霊が沢山いるほど精霊たちから好かれている。
そして時子を誤召喚した張本人でもある。
だから時子はアニカのことを〝ご主人様〟と呼んでしまう。
その時子が還りたいと強く願っているらしい。
影響力が半端ないほど強いらしく、時子が近くに居ると周りから精霊がいなくなるほどだ。
因果応報だな。
「キーッ! お姉様に汚らわしいモノを入れないで!」
「酷いです」
「到着しました」
相変わらず速いな。
これでもゆっくり飛んでくれたんだろう。
雑談する余裕があったからな。
「裏手の空き地に駐めてくれ」
「了解」
裏手の空き地はアニカがやらかした後、使われていないそうだ。
臭いはしないものの、いまだにあちこちが焦げたままになっている。
半ば立入禁止状態だ。
だから野次馬が居ないから都合がいいともいえる。
さすがに窓から物珍しそうに見てくる見物人までは規制できないけど。
「みんなはここで待っていてくれ。時子、行こうか」
「うん」
〝兄様、わたくしもお供――〟
「しなくていい」
〝兄様!〟
ったく。いつまで〝兄様〟と呼ぶのやら。
ナーム・コカトス・プリスコット……勿論俺の妹じゃない。
異世界から転移してきたときにお兄さんとはぐれてしまい、その肝心のお兄さんが魔物になって死んでしまったブラコン変態錬金術師だ。
一応しつこいので義妹にはしてやった。
あれが間違いだったかも知れない。
元素の錬金は得意だが、魔素の錬金は無理らしい。
この世界は魔素で出来ているから、能力がかなり限定されるという。
何故か鈴ちゃんが懐いているんだよな。
それもあって中々義妹を解雇できない。
そんなナームコは放っておいて時子と手を繋ぎ、船外へと出る。
別にラブラブだから手を繋いでいるんじゃない。
そうだったらどれだけいいか……
俺の身体は携帯と融合している。
だから携帯のバッテリーが空になると死んでしまうという特典が付いてきた。
空になる前に充電すればいいだけだけど、この世界には電気そのものが存在しない。
なにを言っているか分からないだろうけど、そういう世界だと理解してほしい。
俺も理解が追い付かなかったからな。
ならどうやって充電する?
正解は時子に充電してもらう……だ。
なにを言っているか分からないだろうけど、そういうことが時子には出来ると理解してほしい。
側に居るだけでも充電できるけど、手を繋いでいた方が効率がいいから繋いでいる。
決してラブラブだから繋いでいるんじゃない。
……繰り返し言うと心に来るな。
もっと密着すれば急速充電も可能になるが、そうするとくるぶしまで伸びている時子の黒髪が短くなってしまう。
短くなってもご飯をいっぱい食べればすぐ元の長さに戻るけど。
一体どういう仕組みなんだか。
決してモバイルバッテリーの残容量表示とは違うからな。
窓から見ていた野次馬どもが俺たちの姿を確認すると、興味を失ったのか〝あーはいはい〟とか〝なーんだ〟といった感じで顔を引っ込めた。
なんか釈然としないな。
そういう風に見られていたのか。
次回、懐かしいメンツが少しだけ出てきます