第153話 一方その頃 その4(中編)
さて、父さんが戻ってくるまでこの白虎と一緒に待っていれば……って!
こいつ、父さんが見えなくなった途端寝やがった!
「あんた、私の護衛のくせに寝てていいの?」
くっ、完全無視かよ。
もしかして不貞寝しているってこと?
そんなに私より父さんの方がいいっていうの?
所詮他人の召喚獣ね。
ま、いいわ。私だってこんな柔らかそうな毛並みね。
よく手入れされているみたい。
白というより銀? 白銀かな。
黒毛の部分も少し銀が混ざっているみたい。
……ぅわ、凄く柔らかい。
もっと硬いのかと思った。
「ぐるるる……」
はっ!
なんで私触っているの?!
寝ていたのに頭を持ち上げて私を見ている。
「ごめんなさい。嫌だった?」
「……」
嫌……ではないのかな。
「あの……触ってもいい?」
ってなに聞いているのよ。
私のバカッ。
「……」
なにも言わずにまた寝ちゃった。
いい……のかな。
いいのよね。
ああ、本当にいい手触り。いつまでも撫でていたくなるわ。
それにとても暖かい。
でも防御力はなさそうね。
獣臭いかと思ったけど、そうでもないかも。
良い匂いではないけど、嫌いじゃないわ。
なんとなく懐かしい匂い。
小さい頃、朝起きたときの匂いに似ている。
不思議と父さんのローブにくるまれたときにも感じた気がする。
父さん……仕事から帰ってきても、休日も、いつも自室に籠もっていて出てきた記憶が無い。
食事も母さんが持っていくから滅多に一緒に食べたことなんかない。
でもそんな〝滅多に〟がとても嬉しかったような気がする。
あの頃はまだ子供だったからな。
私が寝るときも自室から出てこないし、起きたときには仕事に出ていた。
会えるのは帰ってきたときに玄関から自室に入るまで。
それとたまの食事だ。
自室に籠もっている間って、魔術の研究よね。
父さんの部屋は立入禁止だった。
覗き見すらさせてもらえなかった。
母さんも中には入れなかったけど、扉を開けることは許されていた。
だから母さんは知っていた。
応援していたのは嘘ではなさそう。
そもそも自室に籠もりっきりなんだから、浮気なんてしている暇無いか。
会話もロクにしたことがないから嘘を吐かれた記憶が無いのも当たり前。
あれ……よくよく考えたら父親として失格なんじゃ……
でもたまに熱く語ってたことがあったっけ。
多分魔術のことなんだろうけど、幼すぎて覚えていない。
ただそのときの顔はとても輝いていた気がする。
話の内容は分からなかったけど、そんな顔を見ているのが好きだった。
あのときの話を覚えていれば、ここでも魔術が使えたのかな。
そんな父さんがある日突然死んだと聞かされた。
世間的には行方不明扱いだったけど、母さんははっきり死んだと教えてくれた。
それが理解できるくらいには成長していた。
でもショックはなかった。
普段からあまり会っていなかったから実感が湧かなかった。
それでもあの笑顔が見られなくなったのは寂しかったような気がする。
それ以来、母さんは笑わなくなった。
作り笑いはよくしていた。
でも父さんが居たときと比べたら、顔がぎこちなかった。
そんなだから本当に死んだんだと疑わなかったのかも知れない。
父さんの影響か、私は魔法に興味を持ってそっちの道に進んだ。
といっても、あの世界の魔法はあくまで物理限界を超えるためのもの。科学が主役だ。
魔法で火を熾すとかではなく、燃焼効率をよくしたり、どんな低温下でも燃えるようにすることとかだ。
高度なものになると絶対零度を超えた超低温とか、超光速といったものもある。
そういった物理では不可能とされていることを可能にする研究は楽しかった。
もしかしたら父さんの話が頭に残っていたから、主任にまでなれたのかも知れない。
誰もしていない研究の話が頭の片隅に入っていたから、誰も思いつかないような改良や方法を思いつけたのかも知れない。
だから誰も実践できなかった。試そうとすらしない。
〝俺がやります!〟と元気のいい新人も、大半はその日の内に異動届を出していた。
だから私が自分でやらなくてはならなかった。そしてやって来た。
部下は誰も付いてきてはくれない。それでも研究は楽しかった。
父さんもあんな気持ちだったのだろうか。
……早く帰ってこないかな。
「那夜、寝てるのか」
ああ、父さんだ。お帰りなさい。
……そういえば帰ってきてもすぐ自室に籠もるから面と向かって言ったことが一度もない。
言わなきゃ。
次回、元素と魔素の違い




