第150話 譲れないもの
「あっ、貴方方」
長屋に入ろうとしたらドライバーさんに呼び止められてしまった。
「なんですか」
「ワンを見ませんでしたか?」
「ワンさん……ですか? 見ていませんけど」
って答えるしかないよな。
「そうですか。そういえば今日は進化の儀を見学していませんでしたね。一体なにをしていたのですか?」
「えっと……ナユダさんに船の見学をしてもらっていました」
一応アリバイになっている……のかな。
「船の……ですか。ナユダ、そういうことはやらないよう言われていたはずです」
「う……はい、すみません」
「あの……ワンさんがどうかしたんですか」
知っているけど、とりあえず聞いておこう。
「いえ、なんでもありません。それよりもう食事の支度は始まっています。ナユダ、急ぎなさい」
「はい」
やっぱりまともには返事をしてくれないか。
でもこの様子だとまだバレてはいないっぽい。
このままバレなければいいんだけど……どうだろう。
いつものように食事を……あ、ナームコが居ないってことは〝おいしくなあれ〟を掛けてもらえないってことだ。
つまり……いや、現地の味を楽しもう。
でもおかしいな。
ホットケーキの作り方を教えたはずなのに丸パンのままだ。
秘密のレシピとして守っている?
本能のまま動きそうなナユダさんがねぇ。
もしかして覚えていないとか。
そっちの方が説得力あるな。うん。
スープに肉も入っていない。
このお湯のような野菜スープに肉が入ったからといってそこまで味が変わるとも思えないけど。
とにかく胃袋に納め終わったので次は風呂だ。
さすがに今日はなにもないだろう……なんて思っていたときもありました。
「モナカ、背中洗ってあげる」
「へ?!」
「なによ、嫌なの?」
「あ、いや。お願いします」
どういう心境の変化だ。
しかもそんな無防備な格好で……目のやり場に困る。
「あー! タイムがやろうと思ってたのに」
タイムのヤツ、機嫌直したのか。
「いいでしょ。いつもお姉ちゃんがやってるんだから」
「いつもじゃありませんー。じゃあ、ねぇマスター、背中洗って」
「ん? ああ、いいぞ」
「やったー!」
「私も洗ってよ」
「デイビー、ナユダさんがご指名だぞ」
「お断りします」
「だそうだ」
「モナカが洗って!」
「定員オーバーです」
「もー、タイムも時子もいつもやってもらってるんだから遠慮して!」
「タイムだってやってもらってないもん」
「私だってやってもらってませんっ」
「分かった分かった。順番な」
なのでまずはタイムの背中を洗ってやる。
で、次はナユダさんの背中。
「はい終わり」
「えー、背中だけ?!」
「だけです」
で、なんでまだ背中があるんだ?
「あの……時子さん?」
「なによ、お姉ちゃんはよくて私はダメなの?」
「いえ、決してそのようなことは。その……いいのか?」
「いいから背中向けてるの」
「じ、じゃあ、洗うぞ」
そりゃ初めてってわけじゃないけど……肌に触れないように気をつけないと。
「ん? タイム、もう時子に洗ってもらったからいいぞ」
「だって背中だけじゃない。ちゃんと洗ってあげる」
「そうか? じゃあ頼む」
ナユダさんも洗ってくるかと思ったけど、自分の身体を洗っているな。
仕事は平等に……じゃなかったのか。
「よし。時子、いいぞ」
「あ、じゃあ私も――」
「ほらタイム、俺も洗ってやるぞ」
「えっ?! う、うん。ふふっ」
「むぅ……」
タイムと向き合ってお互いの身体を洗いっこする。
あ、そういえば勢いで洗い始めたけどこうやって洗い合うのは初めてか。
エイルやアニカとは洗って洗われてだしな。
さて、洗い終わったし、風呂に入るか。
鈴ちゃんが居ないから今日はノンビリゆったり入れる……なんて思っていたときもありました。
「あの……時子さん?」
「なによ、お姉ちゃんはよくて私はダメなの?」
「いえ、決してそのようなことは。その……折角広いんだからゆったりしたいなーなんて。っはははは」
右にタイム、左に時子がピタッとくっついて離れない。
混浴だから問題はないんだろうけど……
タイムはともかく時子は昨日までカーテンの向こうに居たはずだ。
そりゃ可愛い女の子を隣にはべらせられるのは嬉しいけど……
「っそ」
「時子、マスターが嫌がってるんだから離れなさい」
「お姉ちゃんこそ離れたら。私は充電してるだけなんだから」
ああ、そういうことか。
……今更?
だってこの後……ねえ。
「タイムだって……えっと……有線接続した方がいいだけだもん」
有線接続?!
あれ? タイムの本体は常に俺の中に居るんじゃなかったっけ。
んん?
「だったら中に戻ればいいんじゃないの?」
「う……」
「2人とも、喧嘩は止めなさい。仲良くしよ。な」
「「……喧嘩?」」
「違うのか?」
「「してないしてない」」
「じゃあなんで仲良くできないんだよ」
「「仲? 悪くないよ」」
「そうか?」
「「そうだよ。ねー」」
「そうなのか」
「「……でも、譲れないものがあるんだよ……」」
「ん?」
「「なんでもない」」
なんにしてもナユダさんまでこっちに来なくて助かった。
デイビー、キミの犠牲は忘れないよ。
次回、おやすみなさい




