第124話 見ていることしかできない
「! 魔物が……」
黒い靄のようなものが纏まり始めた。
人ひとりくらい余裕で飲み込めそうだ。
「前に見たのと全然違うぞ」
「ふむ……恐らく毒素が少ないからで御座いましょう」
「毒素が少ない?」
「魔物とは基本的に毒素の塊。魔素の割合は少ないものなのです。ですが、今回は魔素の割合が非常に高いのです。恐らく協会の者でしたら数人で掛かれば余裕でしょう」
それでも数人必要なのか。
そんなのをワンさん1人で倒せるのか?
神獣も居るんだっけ。
あの魔物、柔らかいというより液体に近いかも。
伸ばした触手で身体を引っ張っているというより、その触手の中を身体の中身が移動している感じだ。
水風船をグニグニした感じといえば分かり易いだろうか。
「ワンさんが魔物に気づいたみたい。こっちに走ってくるよ」
「ならもうニーエさんを囮にする必要無いよな」
「無理よ」
「どうして!」
「ニーエはマントを羽織ってないの。逃げても魔物が追い掛けてくわ」
「タイム!」
「ダメだよ。忘れたの? ワンさんと魔物を戦わせるのが作戦の要。今魔物を倒して助けると作戦自体が失敗に終わるよ」
「あ……」
そうだった。
所詮俺もあの戦闘バカと一緒だったのか。
最弱……頼んだぞ。
願わくば魔物がニーエさんに襲い掛かる前にワンさんが到着してくれればいいんだけど、どうやらそれは叶わぬ願いらしい。
ニーエさんの逃げ足より魔物の方が早い。
一度の移動距離に限界があるみたいだけど、それでもグイグイと近づいていく。
分かっているのに助けられないのは歯がゆい。
なにより彼らがまったく動かずジッと身を潜めているから勝手に動くことも出来ない。
あくまで主役は彼らだ。
彼らが動かない以上、俺たちも動くことは出来ない。
勝手な話ではあるけど、ワンさん、早く来てくれ。
「魔物の方が少し早いよ」
「くそっ。最弱……なんとかしてくれ」
「きゃあ!」
とうとう魔物がニーエさんに追い付いた。
黒い塊から無数の触手が襲い掛かっていく。
最弱も7頭身になって応戦するも触手の数が多すぎる。
ニーエさんも触手を避けきれなくなって2人とも絡め取られてしまった。
「いやっ」
「ひゃあ!」
と思ったら、最弱だけペッとガムを口から吐き出すように捨てられてしまった。
そういえば俺たちは見ていて食欲が沸かないくらいマズく見えるんだっけ。
で、実際に食おうとしたら魔物ですら本当にマズくて食えないと判断した。
無事なのは喜ばしいことなんだが、複雑な気分だ。
なにより魔物に味覚があってマズいから食わないっていう意思みたいなものまであることに驚かされる。
「ニーエさんを離せーっ!」
魔物をポカポカと殴るもののまったく効果はない。
引き剥がそうと触手を掴むも軽くあしらわれて地面に叩き付けられてしまった。
『最弱、戻って! ワンさんが来るよ。見つかったら面倒だよ』
『うう、はい』
くっ、助けるどころかワンさんに見つかるのもマズい。
退くしかないのか。
「いやぁ! た、助けおごっ」
触手が服の隙間や口の中にまで入り込んでいるぞ。
触れられている肌は赤く腫れ上がり、場所によっては既にただれている。
これ以上は手遅れになるぞ!
なのに誰も動こうとしない。
『モナカ!』
『分かっている。でも決めるのは俺じゃない。それに彼女が命を掛けた作戦をここまできて失敗に終わらせるわけにはいかないんだ』
『でも!』
『こらえろ』
肌だけじゃない。
服も毒素でボロボロに腐っていく。
ここまで即効性があるとは思わなかったぞ。
毒素の驚異を初めて実感させられた気がする。
なのに俺と時子はなんともないんだよな。
着ている服も、こっちで買った物は傷んだりしてたけどあそこまでボロボロにはならなかった。
だから俺たちのことを驚くのも分かる。
もう手遅れかも知れないけど飛び出せば直ぐにでも助けられるのにそれを状況が許してくれない。
こんなにも苦しいのは初めてだ。
俺の手を握る時子の手に力が入る。
歯がゆい。
次回、実力拝見




