第103話 副産物
『なあタイム、本当にあの魔物は先輩と同じ顔だったのか?』
『………………』
『タイム、答えろよ』
『無駄よ。今タイムは寝てるから』
『寝ている?! ならナースで構わない。答えろよ』
『答えられないわ』
『分からないじゃなくて答えられないってことは答えを知っているってことだよな。どうしてタイムは答えを知っているんだ? 先輩の顔を知っているってことなんだよな。どうして先輩の顔を知っているんだ?』
『…………答えられないわ。それは肯定も否定も不明も出来ないって意味なのよ。知っていても知らなくても分からなくても答えられないの』
『そんなんで納得すると思うか。大体時子とは話せているんだろ。だったら俺に話しても問題無いんじゃないか』
『知らないわよ。制限を掛けてるのはタイムじゃないわ。あいつなの』
『なら時子を挟めば全部答えられるってことか』
『どうかしら。今指摘されたガバガバな部分に気づいて修正されたかも知れないわ。ほら、馬鹿みたいにアタフタしてるもの』
ほら……って見上げられてもな。
その視線の先には天井しかない。
『俺には見えない』
『そうだったわね。ふふっ、信用できない?』
『そんなわけないだろ』
『よかった。マスターが簡単に騙せる人で』
『………………』
『ごめんなさい。騙してなんかないわ』
『知っている。なあ管理者! それは修正しない方がいいぞ。今度は時子がタイムと先輩の話が出来なくなって怪しみ出すからな』
『あはははは。凄いパニックになってるわよ』
『そっか。見えないのが残念だ。安心しろ! 時子を使うなんて卑怯なことはしないよ』
『ふふ、しないの?』
『俺は俺だ。仮に俺が先輩だったとしても、なにも変わらないさ』
『そうかしら』
『そうだよ』
『……そういうことにしてあげる』
『なんだよ』
『内緒』
『っふ、内緒か』
『ええ』
俺が先輩だったらいいなって思ったことが無いわけじゃない。
それが現実になった?
記憶が戻らない以上、戻ることが無い以上、もう別人だろ。
個人を形成するのは中身だ。
たとえどんなに似ていてもそれは似ているだけ。
同一ではないし、同一にはなり得ない。
双子がいい例だ。
俺と先輩が双子的な存在だとしても、似て非なる者。
別人なんだよ。
だから時子、俺に先輩を重ねるのは止めてくれ。
「ふぅ……これでよろしいのでございます」
「終わったのか」
「はい」
顔色が戻っている。
息づかいも穏やかだ。
大丈夫みたいだ。
でも汗は拭いてやらないと冷えたら風邪を引きそうだ。
「ありがとう」
「兄様、此方を」
ん? なんだこの小瓶は。
香水っぽいけど……
「これは?」
「これはでございますね、まず兄様の手首に一吹きするのでございます」
「俺の手首に?!」
香水なんて付けたこと無いんだけど。
えーと、スプレー式だからワンプッシュすればいいのか。
手首に一吹き……もう片方も。
「片手でよろしいのでございます。次に両手首を軽くポンポンと合わせるのでございます」
手首を合わせる……ポンポン……っと。んー、こんなもんかな。
「最後にそれを相手に嗅がせるのでございます」
嗅がせる?!
嗅がせるったって……鼻に手首をあてがうのか?
不自然な行動だな。
ナームコでいいか。
こ、こんな感じ?
「兄様、鼻に手首を当てなくてもよろしいのでございます。近くに居るだけで十分薫るのでございます」
「そうか。すまん」
「そうすることによって嗅がせた相手は兄様の虜になるのでございます」
「……はあ?!」
「香木の成分を利用した媚薬なのでございます」
「ちょっと待て!」
「あー、まさか兄様がわたくしにそのような感情を抱いておられたとは……いつでも準備が出来ているのでございます。さあ! 欲望のままわたくしを押し倒ーー」
「さねーよっ! そういうことは先に言えっ!」
「もう、兄様のイケず」
「要らねーよこんなものっ」
「いざというとき、とても重宝するのでございます」
「使わないって。大体、そんなに効果が強いように思えないんだが」
ナームコは普段と大して変わっていないぞ。
「相手がわたくしだからでございます。何故ならわたくしは初めから兄様の虜でございますから。他の方でございましたら、先程のトキコ様以上に乱れさせることが可能なのでございます」
「危険極まりないじゃないかっ!」
「ご安心なさるのでございます。副作用や依存性は一切ございません。事がお済みになれば元に戻るのでございます」
「そういう危険じゃないっ」
「破瓜の傷みも快楽へと昇華させられるのでございます」
「……ハカ?」
「処女膜が破れることでございます」
「へえー……って、なに言ってんだ!」
「でございますから、破瓜とは女性の処女膜がーー」
「そういう意味じゃないっ! とにかく要らないからなっ」
「さすがは兄様。たとえ初めてであろうとも痛みを感じさせずに快楽へと誘うことが出来るのでございますね」
「それも違うっ!」
「ではやはりお持ちになられた方がよろしいと存ずるのでございます」
「あのなあ……」
「男の嗜みなのでございます」
「嗜みって……」
「それでは兄様、おやすみなさいなのでございます」
「あ、おいっ! これ!」
なんだかんだと押しつけられてしまった。
こんなもの、使い道無いだろ。
俺はそんなことに興味は……あー無いと言ったら嘘になる。
でも薬に頼るようなことはしたくない。
次回、寝た子を起こします




