第100話 共通点
まさか時子に押し倒されるとは思わなかったぞ。
香木の影響力、恐ろしいな。
後はナースに――
『……やよ』
え?
『い……やぁ。はぁ……はぁ…………モ……ナカ……ご主人様に……こんなこと頼んでたのね』
『あ……』
嘘だろ。
アニカのお願いを断ったのか。
『ウソ?! 抵抗したのっ。寝てくださいっ』
『う……く……は………………い……やぁ……はぁ、はぁ』
『そんな……精霊でもないのに』
くそっ、アニカでもダメなのか。
『そん……なに……私のこと……い……やなの……』
『そんなこと……だ、大体時子が好きなのは俺じゃなくてだな……その……なあ』
『モナカが……先輩なんでしょ』
『はあ?!』
エイルならともかく、その言葉を時子から聞くとは思わなかった。
言い間違えて先輩って呼ばれたことはあったけど、先生をお母さんとかお父さんって言い間違えるレベルだ。
『そんなわけないだろ。先輩は真弓っていうんだろ。俺はモナカ……最中だ。前にそう言っただろ』
『嘘。思い出が消されたのに自分の名前を覚えてるなんてことないよ。あれは作り話なんでしょ』
『そんなこと……』
『それに最中は先輩が一番好きな和菓子だよ』
『えっ……』
『先輩が最初に選んでくれた服はモナカと同じ妊婦さん用の服だったの』
『あ、あれは慌てて取ったからであって……偶然だよ』
『ふふっ、先輩もテンパって目に付いた服がそれだったのよ。それに犬が大好きなの』
『犬好きなんて何処にでも居るだろ』
『そうね。でも花ちゃんと一緒に居ると私が話しても全部花ちゃんが喋ってるって勘違いしてたわ。モナカと一緒』
『花ちゃん?』
『覚えてない? 私の飼い犬よ。ほら、モナカが持ってる携帯に写真があるでしょ』
『い、犬の写真ならあったけど……それがどうしたんだよ』
『雌の柴犬じゃなかった? それが花ちゃんよ』
『と、時子が写っている写真は1枚も無かったぞ』
『当たり前よ。飼い主なんて撮る価値無いんでしょ。思い出したらちょっと悔しいな』
『痛っ』
『あはっ、ごめんなさい。ちょっと強く握りすぎたかしら。よしよし』
『なっ、撫でるなっ』
『でも、ピクピク喜んでるじゃない』
『や、やめ……』
『えーと、携帯は……あった。えーと…………写真写真……あった。ほらここ、見える? 私の制服がちょっとだけ写ってるでしょ。それと……このメールのフォルダーに鍵が掛かってたわね。多分パスワードは誕生日だよ』
『時子の誕生日なら試したぞ。開かなかったけど』
『当たり前よ。聞いたわけじゃないけど……入れてみるね』
『お、おい。もし違ったら』
『あ、ほら開いた。やっぱり花ちゃんの誕生日だった』
『そんなの、俺は知らないぞ』
『だから……消されたんでしょ。やっぱり先輩の……携帯だったんだ。ほら、私が送ったメールが……入ってる。あ、見て見て。この未読メール、私がこっちに来て……から送ったヤツだよ。本当に見られなかったんだ……』
『俺が生前使っていた携帯は、俺の身体と融合したヤツだ。これは俺のじゃない』
『なら……どうしてモナカ……が持ってるの?』
『エイルが拾ったんだよ。それを俺が受け取ったんだ。多分俺が死んだとき、先輩も側に居たんだろ。で、あのいい加減な管理者が纏めて送ってきたんだよ。今頃携帯が無くて困っているんじゃないか』
『…………バスを乗り過ごした……とき、童謡を歌いながら……戻ったでしょ。あれ、いつも私と…………一緒に……歌ってたんだよ』
『……覚えていない』
『歌詞を間違……る場所……も一緒だった』
『偶然だろ』
『それか……らバレッタ。モナカは…………ヘア……ピンって勘違い……してたよね。先輩も……うっ……同じ……勘違いしてたんだよ。…………しかも白い子犬な…………ところも……一緒』
なんだ?
少し苦しそう?
そういえば舌の動きも鈍くなってきたぞ。
『だからただの偶然だって』
『偶然も重な…………れば必然だ……って言ったの……は……うう……先輩じゃない』
『だから俺は先輩じゃない』
『先……輩は……もう……死んでるの』
『……なんだって?』
『……うー……先輩は…………もう死んでるのよっ』
『どういうことだ。もう会えていたとでもいうのか?』
『レイモンド…………さんと外に……出たと…………、襲ってき…………魔物…………居たで…………あれが………そ…………よ』
『あれはナームコのお兄さんだぞ。先輩じゃない』
『先輩だよ。私と……お姉ちゃ…………が先輩…………顔を……見間違………わけ……ないじゃ……い』
口も回らなくなってきたぞ。
動きも殆ど止まった?
でも息は荒いままだ。
でもそうか。
だからあのときから時子が塞ぎ込んでいたのか。
タイムもちょっとおかしかったし。
でもなんで俺を避けていたんだ。
『……俺を先輩だと思っていたけど、目の前に……その、先輩が魔物化した姿を見て俺は先輩じゃなかったって分かった。じゃあ誰なんだって思ったから避けていたんじゃないのか』
ってことなんだろ。
どっちにしても俺は先輩ではないってことじゃないか。
『……モナカは……先輩よ』
『違うっ!』
『違わな……よ。先輩……死………で魔物に取……込ま……てしまった。でも魂……取……込まれることなく……こう……て生き返っ…………わた……がモナ……の側に居ることがその……う明……よ』
『俺は交通事故で死んだんだ。魔物に殺されたわけじゃない』
『……れが……う……本当の……記憶だ……て言……うの? 消せる……だから偽の記……憶を植え……ることだって出来…………ずよ』
『だとしても、1年ズレているのはどう説明するつもりだ』
『あのいい加減……管理者の…………だから、そのくらいは…………誤…………じゃな……の。……ん輩が……きに来て魔物に殺さ……て……まった。……れを……隠蔽する……めに……ん……交通事故で…………んだ記憶を……く……植え付けて新…………身体と……安全な……場………………と……世話役を……与……た。辻褄は…………合うで…………』
『世話役って……エイルのことか?』
『……うよ』
『そんなの、ただの推測に過ぎないだろっ』
『たとえ…………推測でも……しは…………れに…………うう…………』
『分かった、分かったから、もう喋るな』
『分かっ……………ら、私と……ううう…………から…………を…………か……ねま………………女の子が……ここまで……お…………立て……たのよ。先………………も………………わ……………』
『時子? 時子! ……寝た……のか?』
もしかしてアニカのお願いが効いていた? のか。
次回、タイムの本気




