第9話 子供に勝てるヤツは居ない
タラップを上って船内に入る。
ポーカーフェイスは変わらずだが、興味深げに辺りを見回している。
「わふっ!」
「雪狼も乗っているんですかっ」
「フブキだ。それと雪狼じゃなくてシヴァイヌ。間違えるなよ」
「いえ、彼はどう見ても――」
「彼女!」
「失礼しました」
ったく。
こんなに可愛いフブキを見て彼ってなんだよ。
失礼なヤツだな。
うん、やっぱり仕事で仕方なくってことで確定だ。
「フブキ様の言葉は翻訳されないのですね」
「なにいっているんだ。当たり前だろ」
「えっ」
「……え? タイム、まさか……」
「ソンナコトデキナイヨ」
「だったら俺の目を見て言えよ」
「ヤダなぁマスター、顔が近いよ」
「どうなんだ」
フブキと会話……
確か犬の言葉を翻訳してくれる機械があった。
でもあれは一方通行。
こっちの言葉を翻訳してくれるものではない。
でも言語相互翻訳なら……
「んもう。そんなにタイムとキスがしたいの?」
「誤魔化すな」
「そうなのモナカ」
「時子も乗っかるな!」
「ふーん。否定しないんだ」
「今そこ重要?!」
「はいマスター、んー」
「しないよっ!」
「お二人はそういう関係なのですか。僕は時子様がお相手だと思っていました」
お前までこの茶番に乗ってくるのかよっ。
「どっちも違いますっ」
「マスター酷い!」
「むーっ」
「その話はいいから、下に降りるぞ」
「ぶーっ」
「ぷいっ」
くっ、結局誤魔化されてしまった。
「どうしたアニカ、眠いのか? ほら、行くぞ。起きろ」
「もう、モナカくんのバカッ」
「なんでだよ」
顔を突き出して立ち寝しているヤツにバカとか言われたくないぞ。
階段を降りていくと最初に目に飛び込んでくるのは鈴ちゃんの入っている水槽だ。
想像に苦労しない分かり易い反応が返ってきた。
「どういうことですかこれはっ」
「どうもこうも、こういうものだ」
「貴方はなんとも思わないのですかっ」
「さっきも言っただろ。これが話し合った結果なんだよ。そしてこの為に鈴は……鈴を〝作った〟んだ」
「〝作った〟……貴方が作ったというのですかっ」
『そういうことになっているんだ』
「そういうことに――」
『バカッ。鈴ちゃんに聞こえるだろ。イヤホンで話せ』
『どういうことですかっ。これであってますか』
『出来ているよ。どうもこうも、鈴ちゃんは俺のことをパパだと思っている。当然だが俺は本当のパパじゃない。今はそれだけ知っていてくれ。後で話す』
『……分かりました』
分かったとは言っているが、顔を背けて目を逸らし、鈴ちゃんを見ないようにしている。
痛々しくて見ていられないのかな。
裸で水槽に入れられて、身体には何本かケーブルが付いている。
俺と目が合うと、ニコッと笑ってくれた。
色々説明しないと面倒だな。
〝兄様、その者も連れて行かれるのでございますか〟
「連れて行くもなにも、聞いていたんだろ」
〝いえ、その。わたくし、盗聴などという行為はしていないのでございます〟
「なにを今更」
〝本当なのでございます。あれから自重していたのでございます〟
「〝あれから〟?」
〝………………〟
こいつ……
「今のは勇者の祠で暴れていた異世界人で御座いますか」
「そうだ」
「ご兄妹でいらしたんですね」
「違うぞ」
〝兄様?!〟
「えーと……」
「あー、一応義妹という設定になってしまっている」
〝兄様っ!〟
「義妹ですか」
「年上だけどな」
「年上なのに義妹なのですか」
「本人に聞いてくれ」
「はぁ……」
こいつの説明もしないといけないのか。
……省くか。
「鈴、中央省に向かってくれ」
「了解」
「タイム、場所を教えてやってくれ。ああ、ゆっくりでいいぞ。デイビーに色々教えないといけないからな。んー、1時間くらいで頼む」
「了解」
「1時間で中央省に着くのですか」
「物凄くゆっくり移動してな」
「物凄くゆっくり……ですか」
「信じていないだろ」
「常識で考えれば不可能な所行です」
「常識は捨てた方がいいぞ」
移動している間に鈴ちゃんことを色々と教え込んだ。
それでも納得出来なかったのか、直接鈴ちゃんにやめるよう説得を始めた。
俺たちでも無理だったんだからできるはずがない。
案の定〝鈴は要らない子〟攻めに遭いあえなく撃沈。
あのポーカーフェイスが困りまくっているのは見ていて面白い。
面白くはあるが、鈴ちゃんをなだめる苦労を考えると割に合わないぞ。
「分かったか。もう二度と鈴のことで口出しをするな」
「分かりました。本当に申し訳ございません」
「俺じゃなくて鈴に謝れ」
〝パパ。11260号はもう気にしていません〟
「本当に申し訳ございません。ですが、せめて水着だけでも……」
水槽の中に裸で入っていることも気に食わないらしい。
それについても鈴ちゃんが直接理由……というか仕組みを教えていたようだが、元素と魔素の違いは大きい。
幾ら異世界部門で理解が多少はあるとはいえ、未知のことなのだろう。
話が平行線で交わることが一切なかった。
ちなみに俺も元素側の人間だが、鈴ちゃんの説明を1ミリも理解できなかった。
「くどいぞ」
「う……」
そんな感じで鈴ちゃんの気持ちを乱しまくった結果、アトモス号の制御が上手くできず、ルイエが苦労することになってしまった。
タイムが言うには〝このくらい片手間で出来るようになってもらわないと困る〟とかなんとか。
鈴ちゃんの負担軽減にも繋がることだし、頑張ってもらおう。
ただこのペースだと時間どおりに着かないようで、最後は鈴ちゃんがアトモス号の速度を上げて帳尻を合わせていた。
そんなことしなくていいのに。
でも遅れたら遅れたでまた自分を責めるだろうから、あえてなにも言わず褒めるだけにした。
次回は食糧問題です




