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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

カラス、花

作者: ものじとり

「あっこら! ドロボー!」


 ばさばさっ、と逃げていく羽音。


「あー、また持ってかれちゃったか。花なんかどうするんだろ。キラキラしてるわけでもないのに」


 縁側に置いていた切り花を、ちょっと目を離した隙にカラスがくわえて持ち去って行った。


「このあいだのと同じカラスかな? どこに持って行ってんのかな。巣の材料には使いにくい気がするけど」


 これで二度目だ。


「三度目があるかな? よし、今度来たら追跡してみよう」


 手段を考え始める。


「さあ人類の叡智! 位置タグ! おいくら! 高い! 無理!」


 最初に検討した手段はすぐに頓挫(とんざ)した。


「来るかどうかも分からない、紛失する可能性が結構あるものにこんなに出せないよ……」


 カラス 追跡 で検索してみる。使えそうな情報はない。


「足で追うってもなあ。飛ぶのは卑怯なり」


 その日は考えながら眠りについた。




「足で追うぞー」


 これしかなかった。


「だが闇雲やみくもに追うわけじゃねえ。まずは百日草をちょっきんな」


 切り花の切り口に濡らした紙を巻いて縁側に置くと、家を出た。


「飛んでったのはあっちの方だよね」


 泥棒カラスが飛び去った方向は二度とも同じだ。


「この辺かな。同じところに運んでいるならこの付近を通るはず」


 そしてここからさらに向かう方向を確認すると言う寸法。


「来た! 花くわえてる! そいつは譲ってやったものだけど前二回のは窃盗だぞ!」


 花をくわえたカラスが頭上を通り過ぎて行った。

 たしかに縁側に置いてきた百日草だ。


「あっちか。マキタ公園の方かな?」


 カラスが見えなくなるまで見送る。追ったところで大して追跡はできない。


「あとはまた明日だね。花をやるからちゃんと来るんだぞ」


 帰り道につく。途中でアイスを買った。




「さーあわれな百日草よ、切られて花瓶に生けられるか、切られてカラスに持っていかれるか、どっちにしろ切られる運命よの」


 次の日、同じように縁側に花を置いて家を出る。

 昨日より先に進んだ、カラスの予想進路上で待機。


「あー来た来た。お? 電柱に止まった。休憩かい?」


 カァー、とカラスが返事する。


「あ」


 鳴いたカラスのクチバシから、花が落ちた。


「何やってんのよもー」


 植え込みの奥に落ちてしまった花を拾って、近くの塀の上において離れる。


「うむ、再び拾ったね。高価な反物とか織れるんなら恩返しに来てもいいんだぜ。私は覗いたりしないから」


 花を拾ったカラスがまた飛び去っていく。


「やっぱりマキタ公園か。今日はどうするかな」


 結局その日は家に帰った。




「ここがあのカラスのハウスね」


 次の日、公園のすぐそばで待つ。城跡を利用した樹木の生い茂る巨大な公園なので、中での追跡の方が大変かもしれない。


「来た来た今日も来た。む?」


 百日草を(くわ)えたカラスが私のすぐそばの地面に降りた。


「挨拶かい? 仁義は心得てるってわけかい? その花はうちのだぜ! わかる? アイ、あげた、ユー、フラワー」


 カラスは首をかしげるばかり。


「英語も通じねえとはカラスってのは学がないねぇ。国際社会に出て行くご予定は?」


 カラスが花を地面に置き、カアと鳴いて、また花をくわえた。


「なんかバカにされたような気がするよ。私じゃなかったら死んでるね」


 カラスがてんてんてん、と地面を移動し始めた。


「跳ねる、歩く、両方できるのがカラスのいいところよ。さあ、見せてみな、お前の才能をよ!」


 てんてんと跳ねる動きにちょこちょこと歩く動きが混ざる。


「やればできるのさ。そうさ。信じてたぜ」


 カラスは跳ねたり、歩いたり、ちょっと飛んだりしながら公園の木々の間を進んで行く。

 時たま立ち止まって私がついて来るのを待つ。


「こりゃあお宝のところまでご案内かな。私くらいになるとビール瓶の蓋とかでもがっかりしないからね。安心していいよ」


「カアー」

 鳴いた拍子にまたクチバシから花が落ちた。

 あわてて拾って知らんぷりしてるような感じでそっぽ向く。


「なんでえこいつ、可愛いのかよこんちくしょうめ、学習が足りんようだな、よく学び、よく遊べよ」


 不意にカラスが飛び上がり、前方の少し開けたところまで真っ直ぐ飛んで行った。


「置いて行くような薄情じゃあないよなあ。そこが目的地かい」




 木のない小さな空間の中心に、まだ若い木が一本だけ生えていた。


 そこに(たたず)む一人の少女。


 こちらに背を向け、日傘をさして、白いワンピースで、短い黒髪。


 まるで、夏の幻影のような。




 木の根元には、百合の花が一輪置いてある。


 カラスが少女の足元に舞い降りると、百合の横に百日草を置いた。それとは別にしなびた百日草が4本置いてある。


 カラスがひと声、カァーと鳴いた。


 少女が振り返ってこちらを見つめた。




「この花はあなたがくれたの?」




「あ、えぅえーと、」


 私は真っ赤になっていた。


 すごい綺麗な子。

 綺麗。綺麗。とにかく綺麗。


 さっきまでカラスに話しかけていたバカな独り言が恥ずかしくなってくる。聞かれてないだろうな。カラスめ、告げ口するんじゃあねえぞ!


「カアー」


 カラスの鳴き声で我に帰る。助かったぜ、お礼に最初の二回のお花窃盗は罪に問うまい。




「うん、うちから持ってった花。譲渡したものとして扱うから気にしなくていいよ」


「そう、ありがとう。カラスに代わって礼を言うわ」


「そのカラスはあなたの友達?」


「いいえ。この子の友達はここに埋まっているの」


「……お墓なの?」


「ええ。道路でね、死んでいたのよ。カラスがね。この子がそばにいて離れなくてね。血も流れていない綺麗な死体だったけど。道路の端までは引っ張って運んだんでしょうね。車が通り過ぎるたびに文句を言っていたわ」


「あなたがここまで運んだの? よくさわらせてくれたね」


「きれいな箱を用意して、しばらく話しかけてたら友達にさわるのを許してくれたわ。私、体力ないから、運んで穴を掘って埋めるので疲れ果てちゃった」


「公園に埋めちゃってよかったのかな?」


「ほんとはダメなんだろうけど、うちのご先祖様のお城だし、子孫のやることならきっと許してくれるわ」


「へえ、蒔田(マキタ)の殿様の家系なの?」


「いえ、ここに最初に城を築いて、あとから蒔田に追い出されちゃった緋立(ヒダチ)がご先祖様よ」


「ほほう、そんな因縁が。今からでも下剋上するなら手伝うぜ! カラスと同盟を組めばお墓のあるここはこっちの領土! このラウンドは制したと言っても過言ではないはず」


「ふふ、素敵な意見ね。その口調も素敵。カラスにも話しかけてたわね。『かわいいのかよこんちくしょうめ』だっけ?」


「聞かれてた!もうおしまいだ!」


「大丈夫、秘密にしておくわ。楽しいからこれからもその口調でお願いするわ」


「こんなんでよければいくらでも聞かせてやらあな。大量に無限に永遠にね!」


「永遠ってわけにはいかないけど、よろしくね」




 微笑む少女を見つめる。


 若木の木陰の中で、まるで透き通るようなはかなさがあった。


「はえー、綺麗ねえ」


「ありがとう。あなたもかわいいわよ」


「いやいや私なんぞはまだまだで。にへへ」


「ふふ、それでこのお墓だけど、埋めただけじゃ寂しいから、花を持ってきたの。お墓に供えて、しおれちゃうからお代わりを持って何回か通っていたら、この子が真似し始めてしまって」


「友達想いのいいカラスだな。さっき私をバカにした(妄想)ことも不問にしてやろう」


「最初は無理にちぎったのだったりしおれたりしたのを持ってきていたんだけど、このあいだ綺麗に切られた新鮮な花を持ってきてね」


「うちから持ってったやつですなあ。お役に立てたようで慚愧の念に耐えません。ん? 違うな、恐悦至極にございます?」


「お役に立ちましたわ。この花はなんて言う名前なの?」


「百日草だよ」


「百日草……こっちは百合。どちらも百の字が入るのね」


「まあなんて偶然かしら。宝くじが当たるんじゃありませんこと、100円くらい!」


「墓前に供えたものは彼岸に百倍になって届く。そんな話があったわね。花を一輪供えれば向こうは色とりどりの花で満ち溢れ、お菓子を一皿供えれば向こうはおいしいものでいっぱいになり、ひとこと祈りを捧げれば彼岸は祝福に満たされるとか」


「聞いたことあるなー、漫才だったけど」


「これがどう漫才になるのかしら?」


「ボケ役の人がお墓に色々供えて、ツッコミ役がツっこむの。『ゴミを供えるな!』とか『借金証書を供えるな!』とか『故人が昔書いた恥ずかしいポエムを供えるな!』とか」


「それらが百倍になって届いたらと思うと恐ろしいわね」


「そうだね。安心しなカラスの友達!あんたにゃ花だけにしとくよ! 恥ずかしいポエムは歴史の闇の中に葬ってやるさ!」


「そうしてあげてね。コホッ、コホッ」


 少女が咳き込む。


「大丈夫? 誰か呼ぶ?」


「大丈夫よ。体弱いの。毎日咳が出て頭痛がしてめまいがして体が疲れるわ」


「大丈夫なの?」


「大丈夫よ。体が弱いからって不幸な気持ちでいつづける必要はないもの。長くは生きられないみたいだけど、今は生きてる。楽しい気分になれるんだったら、ならなくちゃ。今は楽しいわ。カラスに会えたし。あなたに会えたし。ね」


「そう……楽しい?」


「とっても」




 あとは迎えが来て彼女が帰るまで、他愛のない話が続いた。






 その少女に会ったのはそれっきりだった。


 次の日、カラスにあげたものとは別に、私も花を持って城跡にくると、そこには誰もいなくて、若木の根元で百合がしおれかけていた。


 カラスが運んできたのと、私が持ってきたのと、新しい百日草が二輪置かれる。


 その後通い続けてもそこに訪れる姿はなく、ある日私に手紙が届いた。


 彼女の母親だと言う人が手ずから持ってきたそれを、縁側に座って開く。




『手紙を書くのは初めてです。あなたのおかげでこんな初めてもできました。

 重要なことから書くと、カラスのお墓にお花をお願い。それと私のお墓にもお花をお願い。きっと百倍になって届くからね。

 もしあなたのポエムがあるのならそれも欲しいな。

 私の人生は短いみたいだけど、それを悲しい気持ちで満たさずに済んだのは嬉しいことです。

 あなたと過ごした時間はもっと短いけれど、それも楽しかったから、あなたも楽しかったと思ってくれるように、要求します。墓前でそう言ってね。

 あまりたくさん書けないのが残念。あなたの素敵な話し方を思い出すと自然に笑うことができます。

 してくれたことにも、きっとこれからしてくれることにも、ありがとう』




「ふー」


 いろいろな気持ちを胸の中に詰め込まれてため息を吐く。


「楽しく逝けたのなら勝ち逃げ人生ですなあ。せっかくじゃ、ご先祖様に敬意を表して電動工具を買うときは日立で揃えてやろう。名前似てるからな。でも掃除機だけはマキタで許してね」


 自然に笑える話し方とやらはこんな感じかな。存分に笑うといいさ。墓前でも語ってやるぜ。百倍で受け取れ。お菓子も供えたる。向こうで太れ。


「まずはお花を届けてやりますか。ポエムは勘弁して。あるけど勘弁して」


 手紙にはお墓の場所も書いてあった。別の人間が書いたのだろう、少し乱れた彼女の字と違ってきれいに整っている。




「さ、お花だよ。十本持って来たから千本食らいやがれ」


 広い霊園の一角に設けられた『小田島家之墓』の前に立つ。


「ヒダチじゃないんかい。傍系か? ここでいいんだろうな」


 墓石の横に立ててある墓誌の石板に目をやった。何人かの名前に並んで『小田島鈴里 平成二十八年八月二十日』とある。


「ここだねえ。まったく死んでんじゃねーよバカタレ、おっと今の罵倒も百倍になっちまったかな」


 命日を見たら急に彼女の死が実感されて来た。




 足が震える。






 ほとり、と花が、落ちてきた。






「……そうか。お前もかい。この花どこから持ってきた? ん? 怒らないから言ってみ?」


 カラスが墓の前に降りてくる。


「墓を踏まない礼儀はわきまえてるってわけだね。見込んだ通りだぜ。今後は花は私が用意するからね、よそ様の花に手ぇ出して捕まるんじゃねえぞ」


 カラスがひと声カアと鳴く。


「理解したか? もし理解できてないなら平家物語をゼロ秒以内に暗唱して見せな。よし、理解してるようだな」


 こんな感じでどうよ。このやり取りもそっちに届いてるかい。百倍になるとこれどうなるんだ? 気になるな!


「わかってるって。次は、お前のお友達のところに花を届けましょう、だろ。忘れてない忘れてない。重要なことらしいからな」


 カラスが飛び去る。私も行くとしよう。まずは花を切ってこないとね。








 小さな城下町の西のはずれの霊園には、カラスが花を運んでくる。




 最初は一羽だけだったそれは、次第に他のカラスも真似をし始めて、今ではたくさんのカラスがいろいろなお墓に花を運ぶようになっていた。


 最初のうちは戸惑っていた町の住人も、やがてカラスが持って行けるように庭や窓辺に花を置くようになった。


 カラスたちがそれをつまんで誰かの墓へと運ぶ。


 その霊園に花が絶えることはなかった。




 ふとしたことで始まったその習慣は、やはりふとしたことで途絶えるのかもしれない。


 だがいつかは終わるのだとしても、今、ここに確かに流れているのは楽しくて優しい空気だった。






 そんな中、城跡の若木の元に花を運ぶのは、一羽のカラスと一人の人間だけだった。


「お母さん、カラスに花を供給してやってね」


 遠くの街に進学することになった人間がこの町を離れると、訪れるのはカラス一羽だけになった。


 人間が町に帰省してきた時だけ、若木の根元に置かれる花が二輪に増える。


 十年が過ぎた頃、カラスは木の根本から動かなくなった。


 再びこの町に住み始めた人間が、ひとりで花を運ぶ。


「あっちだけ百倍って不公平だよね。ここに千回通えば、あん時の時間は千倍! 私の勝ち!」




 さらに長い時が経ち、その足も途絶えた。






 大きく育った木の根元に、訪れるものはもういない。




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