35.ワニアの戦い(27)
ヘルト城付近で集中的に降っていた豪雨は止み、天候は回復していた。
これを反撃の機と考えたカルロスとアテヌらは、兵たちに対して鼓舞すべく立ち上がる。
すると兵たちはたちまち精気を取り戻し始め、地に落ちていた士気は一気に上昇していた。
そこでアテヌが呟き始める。
「この好機を逃してはならない」
彼の目は連合軍が布陣している方角を向いていた。
どうやら単身で連合軍に対して攻撃を仕掛けるようである。
アテヌは早々に身支度を済ませ、ヘルト城から飛び立って行った。
そうして彼は徐々に進み続け、やがて連合軍の前に姿を現すのであった。
アテヌ
「よくぞ先程は私たちに対して舐めた真似をしてくれましたね。そのお返しにこちらまで来ました。」
連合軍の軍勢に対してアテヌはあくまでも丁寧な口調である。
だが、所々に怒りを抑えたかのような声でもあった。
その様子に祐永が口を開き始める。
祐永
「ふむ、流石は軍を束ねし将にござるな。」
先刻までは混乱状態に陥っていた軍勢を見事立て直し、そしてさらに直々に我らの元にまで単身で出向いている。
このアテヌによる一連の行動に祐永は敵でありながらも感服させられている様子であった。
すると崇房が思わず吹き出しながら言う。
崇房
「しかし、たかだかアテヌ一人の身で何が出来るというのじゃ。我が軍が優勢であることに変わりは無かろう。」
確かにアテヌの行動は天晴ではある。
だが、数千人もいるであろう我が軍勢に対して単身で斬り込みに来るというのは如何なものであろうか。
崇房はそう考えていたようであり、苦笑いの表情を浮かべていた。
政武
「へへっ、あんた、本当に良い根性してるじゃねえか。いいねぇ、それでこそ戰場を駆ける男ってもんだ!」
現在のアテヌの状況はまさに飛んで火に入る夏の虫、といった状態ではあろうか。
しかし、政武の目にはそうした危険を顧みずに戦いを仕掛けに来た彼を勇猛果敢であると感じていた。
崇房や政武がそうした言葉を口にしていた一方で宗重は難しい表情をしながら言う。
宗重
「政武に崇房殿よ、どうもあやつのことを甘く見るのは間違いかも知れぬぞ…」
この大軍勢に対してただ一人で戦いを挑みに来るには何か勝算があっての事であろう。
それ故に今、この場で我らの先入観だけで直感的に考えるのは危険なのでは無いか。
宗重はそのように用心深く考えていたのである。
するとアテヌがそんな彼らに対して口を開き始める。
アテヌ
「ふん、どうも私一人で敵軍に向かうなど無謀とご心配されているようですが、おあいにく様。ふふふふ…」
アテヌ
「さて、とりあえず貴殿らの兵たちには少しばかし大人しくなってもらいましょうかね。」
そう言うとアテヌは自身の手足を奇妙に動かし始める。
この様子を見た長継は何かを思い出したのであろうか、驚きの声を上げ始める。
長継
「はっ、アテヌ!まさか…い、いかん!」
何やらアテヌは踊りを舞っているようである。
一人の男がそれも空に浮かびながらであるから、何とも異様な光景だ。
…やがて連合軍の者たちは、何とも言えぬ違和感を覚え始める事となる。
政武
「うん?何じゃ何じゃ?これは一体、何が起きておるというんだよ?」
祐永
「な、何じゃこれは…」
祐永らは、たちまち混乱し始めるのであった。





