20.立天野の夜襲戦(4)
秀胤による快進撃はなおも続き、秋庭軍は混乱状態へと陥ってしまった。
先程までは優勢だった秋庭軍の形勢は逆転。
郷田軍の数倍もの兵を動員している秋庭軍ではあったが、この混乱によって烏合の衆と化した。
家春
「ええい、落ち着け。落ち着くのじゃ。我が軍の数は郷田軍を上回っておるのじゃぞ。恐れるでない。」
家春は悲痛な叫び声をあげたが、混乱した兵たちの声にかき消されていった 。
晴正
「家春様、郷田軍はこのまま夜明けまで粘り続けるつもりでしょう。そして恐らく志太軍の援軍を待っているのかと。」
晴正は現在の戦況を分析した結果、冷静な表情でそう言った 。
家春
「うむ、それは儂も思っておった。いずれにせよ、夜明けまで戦が長引けば我が軍の負けは明白であろうな。何とかせねばならぬな...」
家春は相変わらず不安げな表情を浮かべていた。
負け戦になれば柳家からその非を責められよう。
そして、主君である柳家が不届き者に仕立て上げた秋庭家を成敗するという名目で兵が動くであろう。
最悪の筋書きが現実の物になりつつある現状に家春は絶望している様子であった。
そんな家春を見た晴正は深く息を吸い込み始め、険しい表情をして兵たちに向けて叫んだ。
晴正
「お前たち、よく聞け。此度の戦いは秋庭家にとってどれほど大事なものであるか忘れたか。ここでくたばるは我ら末代までの恥ぞ。お前たちの底力、拙者たちは信じておる故に存分に戦われよ。秋庭家としての誇りを思い出すは今ぞ。」
晴正の非常に通った声が兵たちの耳に突き刺さった。
その瞬間に兵たちは我に返ったように背筋をぴんと伸ばし、みるみるうちに凛々しい表情に切り替わっていった。
兵たち
「家春様、晴正様、先程は我らのお見苦しいところをお見せいたして申し訳ございませぬ。これより我ら反撃をいたして郷田軍を破って見せます故、ご安心くださいませ 。」
兵たちはそう言って一人、また一人と次々と郷田軍を目掛けて突撃を始めていった 。
家春
「晴正よ、そなたの鼓舞は見事であったぞ。我が軍をここまで見事に立て直すとはな。心から礼を申す。」
家春は晴正に深々と頭を下げていた。
混乱していた兵たちを一喝して立て直した事に深く感謝した様子であった。
晴正
「拙者には勿体なきお言葉にございます。この晴正、命に変えてでも秋庭家をお守り致します。」
晴正は、家春に対して畏敬の念を抱いた表情であった。
家春
「うむ、民たちが安心して暮らせる国を造る為にもそなたたちの力が必要じゃ。これからもよろしく頼んだぞ。」
晴正
「仰せの通りにございます。我ら家臣一同、家春様を、秋庭家をお慕い申しております。」
家春と晴正は、共に覚悟を決めた表情をしていた。





