18.立天野の夜襲戦(2)
秋庭軍の夜襲に気付いた郷田軍はすぐさま城内に兵を配備。
両軍共に戦闘態勢に入った。
しかし、直胤の率いる本隊は二の足を踏んでいた。
かつての同盟相手に裏切られた事による動揺が残っていたからである。
直胤
「何故なのじゃ家春殿。何故、何故、何故…」
直胤は依然として茫然自失の状態である。
不本意であった同盟破棄があってからも両家は、柳家の目を盗んで水面下で交流を図り続けようとしていたと言われている。
両家は互いに思いやり、助け合うという精神を常に忘れないでいた。
こうした表立っての交流が行えないなどの制約があった中でも、両家の結び付きは相当な強さであったという。
そんな関係を築いていた相手に突如として裏切られたのであるから無理もない話だ。
このように一方的に裏切られた側である者としての悲しみは、到底計り知れぬ物では無い。
直胤は、そういった境地に立たされていたのである。
やがて、呆然と立ち尽くしたままの直胤を見かねた秀胤が口を開いた。
秀胤
「父上、いい加減になさいませ。この戦国の世、たとえ同盟を結んでいた相手とて、たちまち敵とならば我らは立ち向かう覚悟を持たねばなりませぬぞ。」
秀胤は険しい表情で直胤にそう言った。
一体、いつまで悩んでいるというのだ。
当主たる者、ここは現実を見て冷静になるべきであろう。
裏切ったり裏切られたりの戦国の世で私情を挟むなど愚の骨頂である。
秀胤は、そう言いたげな表情であった。
やがてその言葉を聞いた直胤は、ふと我に返ったのか次第に落ち着きを取り戻しつつあった。
直胤
「覚悟、と申すか。確かにそうかも知れぬな…」
直胤は、何かを悟ったかのような表情をしていた。
自身の子に説教を食らったという恥ずかしさもあったが、秀胤の言い分も一理あった為、認めざるを得なかった。
だが、私情を挟む事は悪であるという考えが果たして良いのかどうかは誰もが分からぬ永遠の課題である事は事実だ。
しかし国を治めたる者は、こうした考えも持たねば栄華も長くは続かぬ事もまた事実である。
直胤はこうした葛藤の中で秀胤の言葉に背中を押されたようであった。
そして直胤は立ち上がり、兵たちへ向けて口を開いた。
直胤
「もう大丈夫じゃ。皆の者よ、迷惑をかけてすまぬ。郷田家の力を今こそ秋庭軍に見せつけてやるのじゃ。」
郷田軍の兵たちは一斉に拳を掲げて大声をあげていた。





