44.米村山の戦い(1)
義道が細野城城主に任命されてから数日後、志太軍は米村山城へ向けて侵攻を開始。
志太軍は米村山の地に陣を敷いた。
・米村山の戦い
志太軍 対 村上軍
志太軍(総兵数 8,000人)
志太家総大将「志太祐藤」
志太家軍師「口羽崇数」
志太家武将「大村義道」
志太家武将「羽村貞道」
計 8,000人
村上軍(総兵数 5,000人)
米村山城主「坂上元兵衛」
計 5,000人
兵数においては志太軍が有利ではあるが、険しい山の上に築城された米村山城を居城とする村上軍が籠城戦に持ち込めばどう戦局が変わるか分からない状態だ。
元兵衛
「この米村山城がある限り、志太軍など恐るるに足らん。返り討ちにしてくれるわ。」
そう元兵衛が言うと、志太軍の軍勢を目指して流れるように米村山城から兵たちが出撃していった。
今回の戦いは、先の細野の戦いにおいて敗れた明石忠益の弔い合戦という名目が村上軍の中で立っており、兵たちの結束力が強固なものとなっていたようだ。
一方その頃、志太軍では貞道の軍勢が動きを見せようとしていた。
貞道
「者ども、我ら扇山山賊衆の力を村上軍の奴らに知らしめてやるのじゃ。良いな。」
そう貞道が言った後に出撃の合図を出し、兵たちは米村山城を目指して登上を開始した。
扇山山賊衆を束ねる頭領であった貞道の元には、1,000名を超える山賊衆が兵として志願してきたとされる。
今回の米村山城での戦いに、山での戦いに長けているとされるであろう山賊兵を採用するという志太家の選択は理にかなっていると言えよう。
間もなく両軍が米村山にて相対す時が訪れようとしていた。





