商売人
本日の目的は情報収集と市場調査。
あとできれば必要な道具とかも揃えたいところだ。
「へぇー、露天や店を構えるプレイスタイルもあるのかあ。でも、昨日はいろいろいっぱいいっぱいでちゃんと周りが見えてなかったけど、やっぱりみんな剣士なんだなぁ。アレはバスタード、あっちは聖騎士かな?カッコいいなー!」
さすがは己の剣に誓い剣を賭して剣のみでその武を示す世界。形や大きさの差こそあれ皆一様に思い思いの剣を帯刀している。中には重厚な鎧で身を固める者、ムチのような剣を佩く者、一見剣を持たないように見えるアサシン系のクラスと思しき者。見ているだけでそれそれの戦いを想像して心が躍る。
しばらく眺めていたかったが、あまり入り込むと日が暮れてしまいそうなのでその前に切り上げて店の方へと向かった。
商店の建ち並ぶ区画に出ると、そこは一層の賑わいを見せる。
立ち並ぶ店を覗くと、防具屋武器屋は言うに及ばず、砥石を専門に扱う店、鞘の修理を請け負う店など、他のゲームでは見かけない剣に特化した店が多く立ち並び、反対にメイスやスタッフ、飛び道具などを売る店は見かけない。
そんな一風変わった露店街を脇目にナギはまっさきに武器屋に飛び込んだ。
ライトソードでモンスターが倒せないことは経験済みなので、武器を新調しなくてはならない……というよりナギは単にいろいろな武器が見て見たくて、いてもたってもいられなかった。
「すごいなぁ、本当にいろいろな種類の剣があるんだ……」
武器屋の壁には所狭しと刃物が並べられ、ナギには一見して使い方を想像できないものまである。
「あ、でもまずは自分の武器を探さないと」
いつまでも見ていられそうだったが、当初の目的を思い出したナギは自分のクラス【魔法剣士】に適応する武器を物色する。
しかしいくら探してもそれらしきものは見当たらない。
「ないのかな?……いや、一見して普通の剣とは区別がつかない……?店の人に聞いたほうが早そうだ。すいませーん」
「はいはい、何をお探しでしょう」
奥から出てきたのは熊のような図体に柔和な表情、くすんだ緑色の服を着たNPCだった。
「魔法剣をさがしてるんですけど」
「魔法剣……お嬢さん魔法剣士かい?珍しいなぁ……ちょっと待ちな、奥からとってくるから」
どうやら陳列されずに管理されているらしい。
魔法が暴発したりするのかな、なんて想像はむしろナギの期待値を更に高めた。
「いまうちにあるのはこの二振りだが……」
店主の出してきた剣は2本。1本は金メッキの柄に真紅の頭身を持つ細身の短剣で火系統の属性攻撃を纏って戦うもの、もう一方は形は寸詰まりだが柄から峰にかけて精緻な装飾を施されたいかにもといった感じの魔法剣だ。
「これがまあオーソドックスな2種類だな。魔法剣には大別すると、接近戦メインで魔法は補助という戦士タイプと、魔法メインで剣はワンドの代わりというような魔道士タイプ。あとは自分の好みでどちらにどの程度の比率を置くかを加減するのが魔法剣士の醍醐味なわけだが……正直人口は多くないんだよな」
「どうしてですか?なんかすごく強そうに聞こえるんですけど」
「そりゃあうまくやれば強いのかもしれんが、おおかたの意見はどっちつかずの中途半端職って感じだな。魔法一撃でモンスターを倒すほどの威力はないし、剣で攻撃するなら他の職業のほうが威力は高い……何より強化やら修理やらにかかる金額が図抜けて高いんだ」
「そんなにですか?」
「まあなあ、普通に剣を修理するのと、魔術回路の修復もしながらの修理とどっちが大変かって話だな」
「……ちなみにこれは、いくらですか?」
見ていた剣を指し示す。ナギが選んだのは赤い細身の短剣の方だ。
「どっちも350万ランツだ」
「350万!?」
陳列されている剣は高くともせいぜい数十万。
そこへ来てはじまりの街の武器屋で買える――おそらく初心者用の武器がこの値段とは。
「数十万なら初期支給の10万と合わせて希望もあるけどこれは……」
魔法剣士が大器晩成の難育成職であることをナギはようやく理解した。
明らかに前情報を入れていなかったゆえの情弱さが仇となった形だ。それでもこのキャラで生き抜くと決めていたナギは今できることを地道にやるしかない。
それに実は地道なプレイが嫌いではないという気質もあっただろう。
今までネットゲームもいくつかやってきたナギだが、終わってみて何が一番楽しかったかと思い返すとそれはいつも初めて数ヶ月のビギナーの頃だった。終盤にステータスを強化してじゃんじゃん強敵を倒し、レアドロップを集めさらに武器を強化して他のプレーヤーから一目おかれる。それも勿論ゲームの醍醐味だとは思う。
ただ、はじめの頃に持っていたワクワクはマップを知るに連れ、モンスターを知るにつれて薄れて行き、気がつけば作業のようにキャラを動かす毎日になっている。
このワールド・オブ・セイバーだけはそんな風にはしたくなかった。だからこれはむしろラッキーなんのだ、とことん地道にやってやろうと割り切ることができた。
「やることは変わらない。集めなきゃならないお金が増えたってだけじゃないか」
ナギは当初の予定に戻り資金集めのための道具を揃えるべく道具屋街へと向かうことにした。
いろいろ目移りするがプレーヤーの露店は相場がわからないのでうかつに手出しできない。売られているものは何に使うのかわからないキワモノの素材も多く序盤では縁がなさそうだ。まずはNPCショップの雑貨屋が無難だろう。
早速手近なショップで話を聞いてみることにした。
「これはなんですか?」
「こちらは初級調合セットになります。他にも合成セット、鍛造セット各種取りそろえております」
「調合セット……?確かに乳鉢と乳棒のセットのようだけど、これはなんの意味が……?あの、調合はシステムからするんじゃないんですか?」
「はい、アビリティを取得していればシステムから簡易調合が可能です。ただ結果は規定の値へと収斂しますので、取得アイテムの効果は一定となります。また、このアイテムをお持ちであればアビリティがない場合でも調合を行うことができます」
自分でやると結果にランダム補正がかかるということらしい。ちなみに、手動で行ったほうが効果が高いものが出来る上、独自のレシピを作ったりも出来るのでNPC店員さんいわくおすすめのアイテムらしいが、なにせそういうことをするゲームではないので今の所売れ行きはイマイチらしい。
手持ちのお金で買えるものだったので調合セットと合成セットを購入することにした。ちなみに合成セットは簡易バーナーと坩堝だ。
「あ、それも見せてください」
「初級ポーションですね、ご確認ください」
「なっ!HP回復量500!?」
ナギの現在のHPは30なので余裕で10回以上回復できる量だ。それに比べて昨日作った自作のポーションはと言えばその回復量はわずか2%。切り上げでも1ポイントしか回復しない。
「昨日作ったポーションはやっぱりなんか作り方が間違ってたのか……しかたない、これはいいので、こっちのポーションを買い取ってもらえますか?」
「かしこまりました、1つ500ランツになります」
「ええ!?いいんですかそれで!?」
「キャンセルなさいますか?」
「い、いいえいえ!それでお願いします!」
ゴミかと思ったがそれなりの値段で買い取ってもらえたのでなんだか得した気分になるナギだった。
それからしばらくのナギは素材採集→調合→販売のルーチン作業を繰り返した。
繰り返すうちに熟練度が上がり成功率も高くなりはしたものの、大方の予想通り段々と熟練度の上がりは悪くなり、60%のあたりで成長も頭打ちの状態となった。ただ、熟練度の成功率補正は手作業の場合でも有効らしく、時々手作業の方でも調合を行った。というのも、やはり手作業だと回復量の多いものが出来る。
分布としてはハズレ、普通、当たり各30%といったところだろうか。アビリティのシステムから行うとハズレと普通がイーブンであたりが出たことはない。
一応当たりはNPCに売らず、万が一のとき自分で使うために取っておいた。
加えてナギにもLv.1のスライムは倒せるらしく、見つけたときは積極的に狩ることで今ではLv.5になった。
ただアビリティの成長が頭打ちになったことで販売による稼ぎが伸び悩んでしまっているのが目下の問題だ。あと全く魔法剣士らしくはない。
「このままだととてもじゃないけど魔法剣を買うだけの金は貯まらないよな……。とはいえ狩りとなるとなおさら稼げないし……もしかして詰んでるんじゃ……!?」
もしかすると魔法剣士という職業のせいで戦闘系のスキルが取得できないのか、だとか考え出すとキリがないが、とにかくできることを試していくしかない。こういう確率の値や育成マニュアルが公式から出てこない不親切さはなんともネットゲームらしい。
「そういうのを調べるのも醍醐味だし、地道に行こう」
先行きに不安を感じながらもとりあえず日課となったルーチンワークをこなすしかない。
まずは在庫を整理しようといつものように作った素材をNPCに売りに行くと、店の前でプレイヤーに声をかけられた。
気がつけば初日から数えて早二週間が経過していたが、資金集めに奔走するあまりそんな機会もなく、ナギにとってはゲームを初めて以来はじめてのNPC以外とのコミュニケーションだった。
「あの!昨日もここでポーション売ってましたよね?もしいま手持ちがあるんなら見せてもらえませんか!?」
「え――あの、あなたは?」
突然声をかけられてナギは一瞬固まった。
見ると声をかけてきたのはナギよりもまだ身長の低い小麦色の肌をした女性プレイヤーだった。
「私はラーラって言うッス!」
「あ、ナギです」
「ナギさんものすごいイケメンッスねー!!ぜひぜひリアルでも見てみたいッス……あ、いやいやセクハラじゃないでッスからね!」
「え?いや、大丈夫ですけど……ありがとうございます……?」
ナギとは真逆とも言えるテンション高めのプレーヤーらしい。
「それで、えーと、ポーションですか?」
「あ、ちょっと場所を移しましょう。此処じゃ目立つし、営業妨害になるッス!」
確かに、NPCショップとは言え店の真ん前だ。
勢いに押される格好でなし崩し的にその場を後にする。
連れてこられたのは酒場風の店。ナギはこういった場所も初めてで、そう言えば食べ物ってなんか効果あるのかな、などと考えていた。
「ナギさんはビギナーッスか?」
「はい、初めてまだ二週間で……」
「はいッスはいッス、やっぱりッスねー」
「そんなに初心者っぽいですか?」
「いやぁまあ初期装備デスしね。ああ、飲み物はお近づきの印にアタシからの奢りッス」
ラーラが運ばれてきた炭酸の利いたレモンスカッシュのようなジュースをナギの方へ差し出す。
「それじゃ、遠慮なく。それで、ポーションですけど、これがどうかしたんですか?」
さっき売ろうとしていたポーションを渡すとラーラは目を輝かせた。
手作業で作った10%当たりポーションだ。それでもHP回復量はたかが3だが。
「ちょっとお借りしますね……うっひょー!これはヤバイもんを見つけてしまったッスー!!」
ところが予想に反してラーラはまるでダンジョンでレアドロップでも見つけたような反応をする。HP3がしか回復しないポーションの一体何がヤバイというのかナギには全くわからない。まさか鑑定スキルでわかる副次効果のようなものが在るのだろうかとラーラが落ち着きを取り戻すのを待つ。
「ナギさん、ハッキリ言って、これをNPCに売るのはやめたほうがいいッス」
「え、どういうことですか?」
「やっぱりわかってなかったんスね……ナギさん、NPCショップではこれはいくらで売れるンスか?」
「500ランツですけど……全然回復しない割に結構高く買い取ってくれるんだなって」
「やっぱり……。そうっす、NPCはどんな種類でもポーションは全部500ランツ。……ちなみにこれを露店で売るといくら位になると思いますか?」
「……?初級ポーションでも500回復、HP3しか回復しないポーションなんてそもそも売れないんじゃ……?」
「ハッハーン、やっぱり気づいてないっすね。これを露店で売ると、どんなに安くても1万ランツは降らいっす!」
「1万!!?」
「例えばナギさんがレベル1だとして、HPが30。この場合回復量は3で、初級ポーションの100分の1にも満たないっす。でももしこれを上級プレーヤーが使ったら……?HP10万なら回復量は1万。初級ポーションとは比べ物にならないッス!最前線のプレーヤーともなればHP数百万、彼らの戦場では最上級POTが湯水のごとく使われるっす。それはつまりそれだけ回復に手を取られるということ……POT使用のコマンドが10回から1回になるだけでも極限の戦闘では物凄い差がでるッス」
「なるほど……ちなみにその最上級ポーションの値段と回復量は?」
「回復量10万で1万ランツ……これが最初の話の根拠ッス。つまり、HP1M以上の人なら、HPが高ければ高いほど高額でも買ってくれるッス!さらに!今現在実装されているPOTにそれ以上の回復量のものはないんスよ~、となるとなると!もっとHPの多いプレイヤーは極端な話数十万出したって買うかもしれないっスよ!!」
「でもそんなに高額で売れるんならもう売ってる人がいるんじゃ?」
「あー、アタシの興奮で伝わんないッスかねぇ?……この世界に現状%POTもしくはそのレシピを発見した人はいない……というより多分存在すると思われていない代物ッスこれは。たしかにPOT以外のアイテムで破格の回復量の希少アイテムというのはあるッス、でも%なんて聞いたこともないッス」
なんてことだ、全然役に立たないかと思っていたものがそんな希少アイテムだったとは。
「でもラーラさんはどうしてわかったんですか?」
「単純な話、色が違うッス」
言われてみればNPCPOTはオレンジ寄り、%POTは真っ赤。というような気もする。
「それをあの取引の一瞬で……?」
「これでも商売人スからね~、目利きは商人の魂ッス!」
身を乗り出した拍子に飲み物をテーブルにぶちまけながら言われても今ひとつ説得力はなかったが、現にナギはラーラに連れられてここに座っているのだった。
因みに随分あとになって知ったことだが、実際に《目利きの真髄》と《行商人の魂》という補正効果付きの称号があるらしく、「目利きは商人の魂」というのは両方の称号を持った販売系プレイヤーがよく使うスラングらしい。商人相手には威圧と自慢、顧客に対しては損はさせないというプライドを示すために使うらしい。
「なるほど……」
話を聞いた以上なんとかしてコレを売りたい。
しかしナギにはこれを買ってくれるような知り合いはもちろんおらず、そもそも自分で露天をやっている余裕もない。なにせ露店中はアビリティの育成もアイテムの採集もできないからだ。露天との二重生活ではいくらなんでも育成がままならない。
「そこで相談なんスけど……」
ナギが考え込んでいるとラーラが上目遣いにこちらを見ている
「もしよければこれを私に売らせてほしいッス!」
「え?こちらとしては助かりますけど……その、いいんですか?たぶん生産自体あまり安定的にはできないと思うんですけど……」
当然狩りや探索、他のことをやりたい日もあるし、それ以前にログイン出来ない日だってあるだろう。仕入れが安定しないというのは商人には致命的ではないだろうか。
しかしラーラの条件は耳を疑う破格のものだった。
「マージンはいらないっす。売上は全額ナギさんに支払うッス。もちろん金額設定、納品量なんかも全部ナギさんにおまかせするッス!」
まさに渡りに船、というよりラーラからすればコレが本題だったのだろうけど、さすがのナギも条件が破格すぎて逆に怪しい気がしてきた。ビギナーであることも見抜かれていたようだし、カモられても何らおかしくはない。
ただ騙すならこんな説明せずに倍の1000ランツで買うとでも言われていれば喜んで売っていただろうし、何よりラーラの裏表なさそうな性格で奸計は難しそうとも思う。
とはいえ。
「でもいくらなんでもそれじゃあこっちの利益ばかりで……」
「いやいやいや、とんでもないッス!なにせまだ誰も持ってないポーション!ウチはこの商品を置いただけでとんでもない宣伝効果になるッス。しかもコレを目当てにやってくるのは最前線の羽振りのいい良質な客層ッス。ピンポイントで購買力の高いお客さんを大量に呼び込める……そんな商人にとっての魔法の薬、それだけでもこっちが広告料を払わなきゃいけないくらいッス!……それに、ナギさんは別にウチじゃなくたっていいはずッス。こんなもんはどこの店だってお金払っても置きたいに決まってる……」
どうやらラーラはナギの思っていた以上にまっとうな、それも有能な商売人らしい。
目先の利益だけなら少し上乗せして買い叩けばいいが、後が続かない。その点ラーラは物の価値も自分の状況も的確に把握している。
ただ流石に最後の一言は蛇足だろうけど。
「わかった、ラーラの店に置いてもらうことにするよ」
「ホントッスか!?」
「ただ条件がある。まずフレンド登録すること、実はまだ一人も知り合いがいないんだ。それで役に立ちそうな情報があったら教えて欲しい。もちろん重要なものはお金を払うよ」
「もちろんオッケーッス!」
「あ、あと、どうなるかわからないから一応入手元は非公開で」
「そのへんは心得てるッス」
こうしてナギにとってはじめてのフレンドと商売仲間ができたのだった。
●冒険結果●
当たりPOT×5(自分用)
売上金