職人エリザ・後編
今日は二話投稿しています。
「そうかしら。まあ鍛冶仕事なんて力を使うのが多いからね。さて、ジン。行くわよ」
軽々と抱っこのまま二階へと運ぼうとするエリザに頭突きをして拘束を外す。
「今日は疲れてるからさっさと休みたいんだ。お前はずっと工房に籠ってたかもしれないが俺は三日も外にいたんだからな」
「つれないわねぇ! ほら、ヤる気にならない?」
腕を組んで強調するのはツナギからでも分かる二つの暴力の塊。中に着ているシャツが汗で貼り付き褐色肌が透けて更にエロい。だが、ダメだ。心を鬼にしろ。
「お前はまたブラを付けてないのか……。買う弾はいっぱいあるだろうが」
「締め付けられる感じが嫌だし、それにこっちのが好きでしょ?」
頭を掻きながらその肌色を凝視しながら俺が言うと、からかうようにエリザは揺らす。
「いや、今日はだめだ。もう寝るって決めてるんだ。そう、それぐらい疲れてるんだ」
視線をなんとか魔性の谷から逸らして自分に言い聞かせる。
「今汗だくでシャワーでも浴びに行こうかなと思っているんだけど、ジンもどうかしら? 三日間お風呂に入ってないんでしょ? 私は嫌いじゃないけど臭うわよ」
ぺろりと頬をざらざらした舌が一舐めして、見た目より遥かに柔らかい体を押し付けてくる。
ダメだ。久しぶりの命懸けの戦いに思った以上に消耗している。ここで誘惑に負ければ後に引くのは確実。据え膳食わねばなんたらと言うが―――
「ここは逃げるが勝ちだ! これやるから我慢しろ!」
俺が投げたのは赤いソフトボール代の薄く透けた赤い球。ギリッと地面を蹴る音と共にエリザは女豹のようにキャッチする。
「きゃあああ! これって異核!! やばっ、すっごい大きぃ……」
異核。あの怪物共の体内にあるエネルギーの塊で材質が何かは未だに分かっていないとか。大小はあれど、怪物共は必ず体内に持つ。あの馬鹿みたいな力を発揮する為のエンジンの様なもので、電磁波を当てたり特殊なことをするととんでもない熱量を発する力を持つ。鍛冶などの高い熱量を必要とする場所では、よく燃料の代わりとして使われている。
「それを渡したかったから顔を出したんだ。喜んでもらえて何よりだ! じゃあな!」
気づかれないように扉の前まで移動し、異核を手に入れて喜んでいるエリザに手を振って踵を返す。
―――ヒュンッ
空気を切る音が耳に届き、足に巻き付く鉄の鎖。勿論走り出す為に付けていた勢いのまま地面を滑り、外へと倒れる。
外をたまたま歩いていた職人が驚いた顔で倒れるジンと目を合わせる。助けて、視線でそう送るが、職人は転がる俺の後ろに目を向けた途端幽霊でも見たかのように逃げていく。
「こんなにいい物貰ってお礼無しに返すなんて、私が恥知らずって思われちゃう」
艶のある声で舌舐めずりをしながら出てくるエリザは、まさに捕食者。
手に持つのは鎖の端、ずりずりと手繰り寄せ、工房の中に俺の体が入ると、錆びた音を鳴らして鉄の扉は外界を隔てるかのように閉まっていった。