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悪役令嬢を愛した鬼

作者: 白露 雪音




 私は何度も繰り返す。


 悪役となって死ぬ時を。


 何度も何度も繰り返す。


 繰り返しの時を巻き戻りの時を自身が気づいたのは何度目の時か。もはや覚えてはいない。何度目か、自分の意志で物語りを変えられるかもしれないと思い、死を回避しようと行動してみたものの最後は強力ななにかの力によって死への結末を迎える。それは濡れ衣だったり、暗殺だったり、事故だったり自分ではどうしようもないことが起こって私は死ぬのだ。


 初めの頃は、あまりにもの不幸に泣いた。


 私はとある男を愛していた。幼い頃からずっとずっと思っていた。けれど彼は突然現れた運命の少女と恋に落ちる。最初の頃は抗った。彼を奪った彼女を憎んだ。


 でも何度も繰り返していくうちに、愛する人は私を愛さないんだと思い知った。どんなに醜悪な手を使おうと、正々堂々と真正面から挑もうと、計略を図ろうと。

 絶対に彼は私を愛さない。

 運命は決まっていた。赤い糸は、私には繋がっていない。


 途中から、私は泣かなくなった。彼を愛さなくなった。なにもかも投げ出して、彼女をなんとも思わなくなった。


 心が、壊れたんだと思う。色々、麻痺したんだと思う。愛しても、愛しても報われないと何度も、何度も見せつけられて。


 最期は、死への旅路へと向かう。

 真っ暗な道をひたすら歩いて、三途の川へ。

 奪衣婆(だつえば)に衣類を奪われ、懸衣翁(けんえおう)衣領樹(えりょうじゅ)に私の衣類をかけて罪をはかる。私の罪はいつも――重い。


 深く、急な流れのある三途の川を自力で渡らされ、寒さと恐怖に耐えながら対岸を目指す。これは何度繰り返しても辛かった。

 でも、必死の思いで対岸に辿り着くとそこで大きな石に腰をかけて待っている人物がいつもいた。

 腰まで長い赤髪に四本の角、尖った耳と黄金の切れ長の瞳を持つ着物姿の美丈夫。その人間とは違った雰囲気と姿から鬼だと思われた。

 彼は何度巡ってもそこにいて、私を待っていた。


「俺の名は閻羅(えんら)小夜(さよ)お前を地獄に迎える者だ」


 ゆったりと煙管をくゆらせて、艶やかな眼差しと男の色気を漂わせて言う。彼から新しい死に装束を貰って手を引かれながら地獄の道を行った。何度時を巡ろうが、私は一番最初の時の罪を背負わされる。人を愛し、人を憎み、そして陥れた業。

 それは仕方のない事だ。裁かれるのは当然だった。

 人生に本当は『やり直し』なんてきかない。一度きりのはずのもの。運命は変えられず、私は何度も同じ時を巡り、同じ場所へ辿り着く。どれだけ修正を行おうとも、必ず。


 行く場所はほぼ地獄だと決まっているけど、十王の裁判は受けなくてはいけない。その間、四十九日ずっと赤髪の鬼、閻羅は一緒にいてくれる。彼はその道中、何度か甘い菓子をくれた。時を巡る中で、一つ変わっていることがあるとすれば、それは時を巡るごとに彼がくれる菓子の量が増えていることだろう。


 初めの頃は一つ、途中から二つ、最近では三つになった。


 四十九日の旅の終わり、泰山王(たいざんおう)に地獄行きの判決を貰うといよいよ彼とお別れの時が迫る。地獄の門に辿り着くと、彼は決まって私の頭を撫でた。


「ここから地獄だ。そこで罪を償ってこい――また逢おう小夜」


 彼が地獄の扉を開き、私はその門を潜って。


 そして時を繰り返す。

 これが私の罪の償いなのだとしたら、たしかに地獄だった。


 変わらない、変えられない地獄。

 誰からも愛されず、憎まれ、恨まれ、責められる地獄。


 死してから、閻羅に逢う事だけが私に許された唯一の救いだった。

 彼だけが私に優しかった。だから何度はじまりに戻されても最期まで耐えられた。


 巡って、死んで、必死に三途の川を渡れば、あの美しい赤髪の鬼に逢える。

 ゆったりと煙管をくゆらせて、私を待っている。

 地獄へ連れて行く、あの四十九日がはじまる。


 そして甘い菓子の数が七つに増えた時、地獄の門の前で彼ははじめて頭を撫でるのではなく優しく私を抱きしめた。ふわりとたばこのにおいがする。


「730回」

「え?」

「小夜、君が巡った時の数だ」


 閻羅はずっと知っていたのか、私が地獄の門を越えた時、時が巻き戻っていたことに。何度もあの世に来ていたことに。


「もういい。もういいんだ……もう、泣いていい」


 彼はあやすようにそう言って、腕の力を強めた。泣いているようだった。

 その温かな腕の中に顔を埋めると、私も涙が溢れた。それは久しぶりの涙だ。壊れていたと思っていた心が、乾いていたと思っていた涙が、本当はずっと奥の奥で閉じ込められていたんだと知った。


「約束は果たされた」

「約束……?」

「閻魔大王との約束。俺が小夜を約束の時まで地獄に連れて行けるか……最後まで見送れるか。できたら次は永遠に共にいてもいいと」


 最初は、気まぐれだったのだと閻羅は語った。

 一人の男を気が狂うほど愛し、愛憎に溺れ、罪を負って死んだ良家の子女、舘嶺小夜(たちみねさよ)。私の一番はじめを閻羅は思い出させるように言う。


「俺は閻魔大王から四十九日の旅を拒むやっかいな娘がいるから強制的にでも連れてきてほしいと頼まれた。そして出会ったはじめの君は、激しい憎しみに支配され、死してなお愛する男の名を狂ったように叫んでいた。悲しい人だとそう思った」


 はじめの私は縄で縛られて、閻羅と強制的に四十九日の旅に出た。そして地獄の門を潜り、一回目の巻き戻しを体験する。


「君への罰は、巻き戻り地獄。決して変えることのできない世界で何度も巻き戻りを繰り返す。狂うほど愛する人から、絶対に愛されないそんな地獄。最初は少し同情していた」


 だから私に、彼は一つだけ甘い菓子をくれた。

 ちょっとした情けのつもりだったという。


「君はその菓子にとても驚いていたな。それで俺は君が誰にも優しくされたことがなかったんだと知った。良い家に生まれて取り巻きは沢山いたが、そこにはいつも(よこしま)な感情があって。君は愛する人以外、誰も信じなかった」


 でもその人も結局私を裏切った。婚約もしていたのに、私なんか放っておいて可愛い可憐な少女に心を奪われ私を毛嫌いして。愛した少女の言葉のみを信じる彼は、何度巡っても私の言葉は聞かなかった。


「地獄を巡るごとに、君はどんどん心を失っていった。地獄へ迎える旅は楽になったが、俺はずっと前の方が良かったと思っていた。暴れても、泣いても、それでもその方が人間らしかったんだ。甘い菓子をやると、君は少しだけ笑うから……菓子をやるのが止められなくなっていった」


 閻羅が少し体を離して穏やかな笑顔を浮かべた。

 彼と共にいるのが心地よくなったのは何度目の巡りだったのだろう。

 愛する人がどんどん薄れていったのは何度目の巡りからだったのだろう。

 甘い菓子をくれる、優しい鬼。常に手を引いて怖い他の鬼や亡者から私を守ってくれていた。まるで子供が、親に懐くように私は彼に甘えていっていたのだと今なら分かる。


「いつの頃からか、君を地獄に迎えることが酷く辛くなって、君を連れてどこかへ逃げたくなった」

「……閻羅」

「小夜、君が俺の名前をそうやって呼ぶようになったのは何度目だったか覚えているか?」

「……分からないわ」


 私が首を傾げれば、閻羅は少し残念そうに笑った。


「312回目だ。その時、ようやく君は俺を呼んだ。三途の川を必死に渡って、手を伸ばして。どれだけ俺が嬉しかったかなんて、君には分からないんだろうな。もう一度、『人間』の君を見た気がしたそれがどれほどのものか」


 いつから、なんて覚えていない。だけど確かに、私はいつの間にか彼を名前を呼んでいた。彼が川の向こうで待っていてくれると思えれば、つらいことも越えられると。

 ぎゅっともう一度、閻羅は私を強く抱きしめた。


「その瞬間、気が付いた。俺は君を確かに――思っているんだと。君を……小夜を愛しているんだと」


 その言葉に私の体は静かに震えた。

 730回の巡りの中で、この地獄の中で一度だって聞いた事のなかった。向けられたことがなかった。でもずっと求めていた。その言葉が……。


「永遠に共にいたい。そう願った……だから俺は閻魔大王と約束した。君を地獄へ730回送り届けることを」


 そして彼は約束を果たした。

 抱きしめられた体が熱い。涙がまた溢れ出して、止まらなくなった。

 この心には、治らない古い大きな傷がある。愛されないことが当たり前になっていた、自分自身。もう自分から誰かを愛することもないだろうと思っていた。傷つくのはもう御免だと思っていた。

 それでも心は血を流しながらもがく。


 閻羅を愛したいと。

 愛されたいと。


「730回待った……。次の731回目、小夜……俺と一緒に地獄へ堕ちてくれ」


 耳元で囁かれた熱のこもった言葉に、私は力強く頷いた。


 彼を私の地獄に巻き込んでも、永遠に共にいたいと願った。

 閻羅は、涙を流しながらも嬉しそうに笑っていた。だから私も、甘い菓子を食べた時みたいに笑ってみせた。


 閻羅の手が、私の手を握って優しく導く。

 四十九日の旅のように。でも今度は、ずっと離れない。この地獄の門を潜っても。


 彼の手によって地獄の門は開かれる。

 私達は一緒に一歩、一歩と門の中へと入っていった。


 地獄は巡る。何度も、何度も永遠に近い時を巡る。

 それでも彼と一緒ならば、愛する人と一緒ならば。

 この地獄は私にとって幸福の時になるだろう。




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