第九章 パルタヴァの英雄 -3-
シャタハートは今まで星の閃光には、二つの星の力を降ろして使っていた。すなわち、同時展開の弾数を増やすフォーマルハウトと、連射性を高めるヴェガの力である。さらに威力を高めたいときは、これにシリウスの力を付与した。
だが、その射程はそれほど長くはなく、騎射の長射程には及ばない。
パルニ騎兵は、三百ザル(約三百メートル)くらい離れたところからも平気で射込んでくる。星の閃光の射程は、精々百ザル(約百メートル)だ。これでは、勝負にならない。
射程を伸ばすためには北斗七星の力を降ろさねばならないが、シャタハートはこの力の行使が苦手でこれを使うとフォーマルハウトとヴェガに割くリソースがなくなる。だが、向こうの長射程に対抗するには、これしかない。騎射の射程と精度では、どうしてもパルニ騎兵に一日の長がある。馬の速度と騎乗技術にはそれほど差がないが、距離を取られて射程外の戦いをされては勝ち目がないのだ。
北極星の力で、パルニ騎兵の足取りは掴めている。北西に向かった後南西へと向かい、回り込んで西から来るつもりだ。シャタハートはオルドヴァイとハシュヤールに合図を出すと、迎撃に西へと向かった。
パルニ騎兵が七百ザル(約七百メートル)ほどの位置まで来たとき、シャタハートは星の閃光を一発放った。七つの星の力で七倍にまで伸びた射程は、軽々とパルニ騎兵の先頭を駆けていた騎士を撃った。眉間を射抜かれた兵は馬から転げ落ち、パルニ騎兵はそこで急に方向転換した。
仕留めたのは、残念ながらアルシャクではなかった。さすがにシャタハートも、先頭を走っているのが誰かまでは視認できない。鷹の目を持つエルギーザとは違う。
シャタハートは、パルニ騎兵の動きを追った。南に行き、そこから東に転じてくる。シャタハートはまた前方から迎撃し、超遠距離から先頭の騎士を撃ち落とした。パルニ騎兵にも動揺が走る。彼らは更に南へと転じ、そのまま駆け去っていく。シャタハートの狙撃に強い警戒心を抱いたのであろう。
「野生動物みたいなやつだな」
シャタハートは馬を止めると、兵に休息を取らせた。上官のアルシャク評を聞いたシーフテハは、そんなに可愛いものではないと思った。パルタヴァ貴族とか言っているが、あれは獣だ。パールサ人とは、根本的に何かが違う気がする。
「次は歩兵かな」
アルシャクは、パルタヴァの総督だ。一万ほどの兵力は有している。騎兵が二千と言うことは、八千ほどの歩兵もいるはずである。シャタハートの超長射程の飛び道具の味を味わったパルニ公爵は、戦法を変えてくる可能性があった。
だが、翌日からもアルシャクは騎兵だけを動かしてきた。シャタハートの狙撃が単発であることを見破ったのであろう。数人が射殺されても、構わず接近してくる。シャタハートは出来るだけ距離を保ちつつ狙撃し続けたが、アルシャクは巧みなルート採りで距離を詰め、五百ザル(約五百メートル)くらいになると構わずに弓を撃ってきた。パルニ騎兵の弓はこの恐るべき距離を到達させ、しかも高威力で鎧を射抜いた。
だが、シャタハートが相手をしている間に、ハシュヤールの騎馬隊が側面からアルシャクに接近した。起伏で接近に気付かなかったアルシャクは、僅かに移動が遅れた。ハシュヤールはうまくアルシャクの後尾に食らいつき、騎士たちを薙ぎ倒した。
パルニ騎兵はハシュヤールの相手をせず、戦場を離脱すると加速して逃走を図った。シャタハートはその行く手にオルドヴァイを回り込ませようとしていたが、アルシャクの判断の方が早かった。オルドヴァイの騎馬隊は振り切られ、パルニ騎兵は退却していった。
「何と言うか、こう苛々する敵です」
何もできず、シャタハートの後ろをついて走るだけのシーフテハが呟いた。シャタハートはそれには答えなかった。アルシャクの首には、このあと少しを何度も繰り返さないと届かない。それがわかっていたのである。
シャタハートと別れてから、ヒシャームは一週間ほどでアルボルズ山脈南麓にあるガズヴィーンの街を遠望するところまで来た。ガズヴィーンは王都シャフレ・レイから西北西に三十パラサング(約百六十キロメートル)ほど離れた地点にある。ガズヴィーンの守備兵からはヒシャームの兵たちは見えているだろうが、二千の騎兵部隊を相手にできる戦力がこのあたりにいるはずがなかった。悠々とヒシャームの兵は狩りで得た肉を焼き、休息をとると馬に跨った。
アルボルズ山脈は緑豊かな山なみであるが、南麓は岩肌が多かった。ハザール海に面している北麓の方が、水や緑の割合は多い。それに、北麓は気候が温暖で穏やかであり、雨もよく降った。湿った空気が山脈で受け止められてしまうので、南麓は乾いている。
南麓は林なども少ないので、遮るものもなく、ヒシャームは駆け上がった。途中、崖の上に見張りの兵を見掛けるが、攻撃はして来ない。すでに、ヒルカを通じて来着は伝えてある。
左手の丘の上から、四騎の騎馬が駆け下りて来ている。先頭はアナスだが、後ろにはマラカンド騎馬隊の副官ディンヤールと、白髪の戦鬼ザール、その長子の獅子侯ロスタムが並んでいた。
「ようこそ、アールフ・アームートへ。みんな無事なの?」
「途中、アルシャクと交戦してマーリーが左手に矢疵を負ったが、命に別状はない。それより、なんだ、後ろの三人は」
「ヒシャームの出迎えに行くと言ったら、勝手に付いてきたのよ。あたしも知らないわ」
ディンヤールは、にこやかに言った。
「敵が何処にいるかわからないのに、真紅の星お一人では危ない。わたしは護衛です」
それに対し、ザールは仏頂面で言った。
「これを騎兵将軍と二人きりにするなんて危ないと兵から涙の訴えを受けてな。仕方ないから、せがれも連れて来た」
「おれは巻き込まれただけだ」
ヒシャームと比べてすら巨大な馬と体格を揺らしながら、ロスタムは不満そうに言った。
「暫く会わないうちに、面白いことになっているな」
「あたしは別に面白くないわ」
アナスはちょっと拗ねた口調で軽口を叩きながら、ざっとヒシャームの兵の様子を見てとった。意外なほど、負傷している兵が多い。
「アルシャクはかなり手強かったようね」
「騎射戦術にうまいこと嵌められてな。さすがにかつて大陸に覇を唱えただけのことはあるよ」
「シャタハートが相手をしているの?」
「そうだ。お互い牽制しながらもう十日近くやり合っているようだぞ」
シャタハートが手こずる騎馬隊など、アナスは想像できなかった。だが、アルシャクだけの問題ではない。こちらには、それ以上の化け物スーレーン侯爵アルダヴァーンが待ち受けているのだ。
ヒシャームの到着で、アールフ・アームートの兵力は六千に増えた。城の地下には、巨大な貯蔵庫があり、食糧の蓄えは十分ある。水も、城には井戸が三つもあるので問題はない。耐えるのに問題はないが、相手の兵力か倍以上いるのが厄介だった。特に、騎馬隊は七千以上抱えているはずだ。それだけで、国を蹂躙するに足る兵力である。
ヒシャームを迎えてダイラム人も歓呼の声を上げたが、決してその顔は明るくなかったのである。