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紅星伝  作者: 島津恭介
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第八章 ダイラムの叛乱 -9-

 サームは、夜まで王の不在を隠し通した。ザルミフルたちがシャフリヤールの脱出を知ったときには、すでに一行は安全な場所へと抜けていたのである。


 出し抜かれたパルタヴァ貴族たちは、烈火の如く怒った。サームは車裂きの刑に処され、居残った近衛の騎士たちも残らず斬殺された。


 何人かの残った王族は捕縛され、シャフリヤールが死んだときの保険とされた。


 ミフラーン家のバフラムは必死に東方を捜索したが、シャフリヤールの行方は杳として掴めず、アスパフバド家とダーハ家の助力を請うて捜索範囲を拡大せざるを得なかった。


 その結果、アスパフバド家の兵が、アルボルズ山脈に向かう騎馬の集団を見た農民を連れて帰り、東ばかりを探していたバフラムは余計に面目を失った。


「まさか、アールフ・アームートとはな」


 シャフレ・レイに残るパルタヴァ五家の当主を集めると、カーレーン侯爵は事情を説明した。


「三人の総督(フシャスラパーヴァ)には使者を出したぞ。ダイラムをパルタヴァ全軍で攻める」


 パルタヴァの総督(フシャスラパーヴァ)はパルニ公爵アルシャクと言い、かつてのパルタヴァ王国の太祖アルシャクの名前を受け継いだ英傑である。パルニ家は代々のパルタヴァ王を輩出してきた名門であり、パルタヴァ貴族随一の家格を誇っている。


 ギーラーンの総督(フシャスラパーヴァ)はスーレーン侯爵アルダヴァーンである。スーレーン家は、かつてスィースターン地方からバクトリア、ガンダーラ地方に至る地域を支配していたことがある。月の民(マーハ)の西遷に逐われたサカ人がその周辺を支配していたが、それを追い出したのがスーレーン家である。そのときに、現地住民のバルーチ人と混血している。バルーチ人は単純だが頑健で困難に強く、諦めを知らないことで知られている。スーレーン家もその特徴を受け継いでおり、粘り強い戦い方で知られていた。後に月の民(マーハ)の一部がバクトリアに南下し支配するとこれに敗れ、パルタヴァに戻っている。


 ヒュルカニアの総督(フシャスラパーヴァ)は唯一パルタヴァ貴族ではない人物であり、女神に気に入られ特別にその声がかりで総督(フシャスラパーヴァ)に任じられた男であった。名を、シャープールと言い、シャーサバン王家の一員である。三代前の国王の血を引いているので、王位継承権はないに等しい。だが、その流麗な剣技と女性のような美貌に、宮中ではもて囃されていた。シャガードが、女官の人気を自分と二分していたと語ったのは大袈裟ではなく事実である。


 その三人を動かしたとザルミフルは語った。三つの属州の兵を合わせれば、三万は下らない。ダイラムの兵は五千もなく、押し込めば簡単に落ちるだろう。


「シャフレ・レイからも、兵を出すぞ。ミフラーン伯爵が指揮を執る五千だ。あの孺子を一気に叩き潰すのだ」


 普段は祭り好きで陽気なザルミフルが、珍しく怒りを露にしていた。バフラムはそれ以上に激しており、今にも飛び出しそうな勢いである。


「しかし、カーレーン侯爵、聖王国の軍勢がこちらに攻めて来たら如何するのですか」


 アスパフバド伯爵ヴァラーグが、不安そうに周囲を見回した。アスパフバド家は、パルタヴァ七大貴族の中ではそれほど目立つ家格ではない。だが、かつてのパルタヴァ王国時代には西ギーラーンを領しており、ギーラーン人やダイラム人とも混血している。それだけに、ダイラムの火槍の怖さをよく知っており、侮れない歩兵だと認識していた。


「ホラーサーンから来るには時間がかかろう。その前に叩く。シャフリヤールとダイラム人を殲滅したら、返す刀でナーヒードを討ち果たすのだ」


 何れにしろ、カーレーン侯爵に逆らえる力は持っていない。他の三家も味方してくれないのを見たアスパフバド伯爵は、あっさりと意見を引っ込めた。


 カーレーン侯爵はシャフレ・レイに残るが、ミフラーン伯爵は残りの三家を従えて出陣することになった。


 いま、アールフ・アームートに四方から三万五千の大軍が迫ろうとしている。待ち受けるのは、歩兵三千と騎兵一千の、僅か四千である。まともにぶつかり合えば、勝機は全くない。


 初めにアルボルズ山脈に展開したのは、シャフレ・レイから進発したミフラーン伯爵軍五千である。騎兵ばかりで編成されたパルタヴァ軍団の精鋭だ。アルボルズ山脈の南麓にたどり着いたミフラーン軍は、まず北麓のスーレーン侯爵と連携を図ろうと考えた。北を固めるギーラーン総督軍は、八千の人数を揃えている。こちらと合わせれば、一万三千の大軍であり、その時点でダイラム軍に勝ち目はなくなる。


 ミフラーン伯爵軍の接近を察知したアールフ・アームートは騒然とし、対応をどうするかが話し合われた。ダイラム側はシャフリヤールを受け入れたことで敵を増やしたのだと主張する者もおり、聖王国陣営への視線が冷たさを増す。アナスはその態度に怒り、ミフラーン伯爵軍五千は、聖王国軍だけで相手をすると大見得を切った。


「いや、だってむかつくじゃない。そもそも、向こうから助けてくれと言ってきたのに!」


 エルギーザが半ば呆れてその言葉の理由を尋ねると、アナスは申し訳なさそうにしながらもぷりぷり怒った。


「いや、わたしたちも溜飲が下がったぞ」


 ファリドゥーンもダイラム人の態度に思うところがあったのだろう。温厚な男がシャーサバン騎士の力を見せてくれると息巻いている。それは、ザールとロスタムの親子も同意見のようであった。


「ザール卿にはシャフリヤールさまの傍についていてもらって、ファリドゥーン卿とロスタム卿にミルザさまと一緒に出陣してもらいたいの」


 聖王国の騎兵将軍アスワーラン・サラールの肩書きを持つアナスである。軍の位階では他の者より高く、彼女の指示に逆らうものはいなかった。むしろ、みな嬉々としてアナスの命に従っている。


「まず、あたしとエルギーザが攻撃をするわ。そうしたら、敵は必ず崩れるから、マラカンド騎馬隊は混乱する敵の騎馬を縦横に切り裂いてくれる?」


 たった二人で敵の騎馬隊を崩すと言われても、その言葉を疑う者はいなかった。アナスは神を屠る者アードレセ・カータラ・ホダーラーだ。誰がその言葉を疑えるだろう。


 北麓のスーレーン侯爵と連携を取るために、ミフラーン伯爵軍は暫し南麓で待機をしていた。アナスが急襲を仕掛けたのは、まさにこのときであった。


 アナスは、大きな袋に石を沢山詰めると、右手に提げた。かなり重量はあるが、すぐに軽くなるから我慢する。


「じゃ、あたしが敵陣を混乱させるから、エルギーザは指揮官らしきのがいたらばんばん射ちゃってくれる?」


 赤い粒子が集まり、アナスの両肩に炎翼(パレ・アーテシュ)が現れる。そのまま翼をはためかせて飛び上がると、アナスは上空からパルタヴァ騎馬隊に向けて石を落とした。


 小さな石である。落下速度がついても、たいした衝撃にもならない。普通なら、である。


 アナスに爆炎(インフィガール)を付与された石は、地面や兵に当たると同時に轟音をたてて爆発した。馬は嘶き棹立ちになり、落馬した兵士たちも右往左往するしかなかった。さらに、爆煙をついて雨のように矢が飛来し、騎士たちを薙ぎ倒した。


 反撃のできない高空からの爆炎石の投下と、その隙を突いて降り注ぐ黒き矢(メシキ・ディグラ)の二つに翻弄され、パルタヴァ騎馬隊は収拾の付かない大混乱に陥ったのである。

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