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紅星伝  作者: 島津恭介
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第八章 ダイラムの叛乱 -6-

 ザールの二人の息子は、正反対の外見をしていた。兄のロスタムは並みの大人より頭一つ分大きな巨躯を誇る重厚な戦士である。太腿は女性の腰より太く、上腕の筋肉は鋼より固い。大剣を振るっては無双の腕前であり、馬上での弓術、槍術も他を圧倒する。獅子侯マルキーズ・エ・シールの異名を持つ大貴族だ。ザールは家督をすでにロスタムに譲っているので、爵位はロスタムが継いでいる。


 一方、弟のシャガードは、すらりとした優男であった。髪を短く刈っているロスタムに比べ、シャガードは女のような長い銀の髪である。剣も細身の軽い剣であり、斬るより突くことに向いているものであった。白銀の貴公子(ミール・エ・ノグレー)の異名を持ち、宮廷女官の人気も高い。


 性格は豪放磊落なロスタムに、繊細で優美なシャガードと、これまた全く似ていない。だが、剣の腕は、シャガードとて侮ることのできぬ腕を持っている。


 二人の案内に従って宮中に入る。近衛の騎士として二人はシャフリヤールの側に控える役儀だ。案内された王の部屋には、二人の男がいた。


 一人は白髪の中年の男である。長く伸ばした白い髪を後ろで一房に束ね、背中に垂らしている。謹厳な性格を顔に刻み付けたような男であるが、所作や衣装は洗練されており、ロスタムのような野蛮さはない。シャガードの親だと言えば納得するであろう。かつては白髪の戦鬼ウィーザルシャ・エ・ムー・セフィードと呼ばれた騎士ザールである。謹厳実直で貴族の中の貴族のような物腰でありながら、戦闘で興奮状態になると凶暴化し、立ち向かう敵を皆殺しにする様からついた異名だ。


 もう一人は、まだ若い少年である。明らかに世間知らずな様子のお坊ちゃんと言えばいいだろうか。金髪に翡翠色の瞳はナーヒードに似ていなくもないが、剛毅さを双眸に宿したナーヒードと、柔弱な雰囲気を漂わせたこの少年とでは、王としての資質に雲泥の差があった。むろん、パルタヴァの王シャフリヤールである。


「作戦は成功したようだな、エルギーザ卿」


 入室してきたエルギーザに、ザールが声を掛ける。これでも気配を消して入ってきているのだが、さすがにザールは感知するようだ。白髪の戦鬼ウィーザルシャ・エ・ムー・セフィードの異名は伊達ではない。


「そちらの女性は?」


 ザールは、エルギーザの後ろの黒いスカーフ(ルーサリー)ヴェール(ヘジャーブ)で顔を隠した女性に目を向けた。だが、少女が伏せていた目を見開くと、その激しく燃えるような紅玉の双眸に、ザールは自分で答えを導いたようであった。


真紅の星(アル・アスタール)とは、貴女のことか。目を見ただけで、わたしの心まで射抜かれそうだ」

「アナスよ。余計なお世辞はいらないわ」


 謹厳実直な容貌の割りには、言動はいささか軽かった。貴族と言うものが、大抵そうであるのかも知れないが。


「父上」


 ばつが悪そうにシャガードが言った。


「実は、そのあたりの科白はわたしがさっき出会ったときに並べ立ててしまったんですよ。真紅の星(アル・アスタール)が食傷気味なのも無理からぬことでして」

「なんだ、親不孝なことだな」


 こうして見ると、やはりザールとシャガードは親子と言う感じがする。だが、付き合っていると話が進まないので、アナスは完全に無視することにした。


「女神の領域は解いたわ。シャフリヤールさまの記憶も元に戻ったはずよ」


 それは、すでにザールが確認済みであった。光明神(ズィーダ)を堕天使と見る女神の教義から、いまはもう抜け出している。しかし、最も光明神(ズィーダ)に近いシャーサバン王家の者ですら記憶を書き換えることができるとは、ハラフワティーの力の強大さは呆れるばかりである。


「で、どうするんだい。脱出するならサナーバードまで護衛するけれど」


 エルギーザの問い掛けに、ザール親子の顔が曇る。どうやら、三人の意図とは違う方向に話が行っているようであった。


「わたしは、折角シャフレ・レイを手中に収めているのだから、これを捨てるようなことはしたくないのだ」


 シャフリヤールが線の細い声で言う。


「女神の領域が解けたのなら、パルタヴァ貴族の中にも味方はいるはずだ。うまく乗せて、本物のパルタヴァの(シャー)になりたい。そうすれば、諸王の王(シャーハーン・シャー)である姉上にも協力できるはずだ」


 シャフリヤールの言うことにも一理はある。確かに、折角手に入れた四つの属州をただ捨てるのはもったいない。生かせるものなら生かした方がいい。だが、それにはまず軍事力がいる。現状、シャフリヤールが持つ軍事力は、シャーサバン近衛騎士が三十名と言ったところだ。ファリドゥーンの私兵が数十名それに加わったところで、パルタヴァ貴族の持つ兵にはとてもかなわない。


「シャープールのヒュルカニア総督軍を呼び寄せるのはどうなのだ? ヒュルカニアは肥沃な土地だ。一万くらいの兵は養っているはずだが」


 確かに、サーリーからシャフレ・レイまでは山を越えればさして遠くはない。だが、シャープールが信用できるのかどうかがそもそもわからなかった。シャフレ・レイの領域は解いたが、サーリーはまだ女神の領域のままだ。下手な命令を出せば、こちらが攻撃されかねない。


「あっ…」


 不意にアナスが思いついた。


「そうよ。確実な味方がいたじゃない。それも、サーリーよりも近くに」


 アナスは地図上の一点を指差す。そこには、アールフ・アームートと書かれていた。


「ダイラム人を頼ればいいのよ。あそこにはスグディアナ騎兵もいるし、当面の心配はいらないわ。アールフ・アームートに匿ってもらっている間に、聖王国軍の救援を請いましょう。弟君を助けるとあらば、ナーヒードさまも喜んで兵を出すわよ」

「それなら、ダイラム軍をシャフレ・レイに呼び寄せるのはどうなのだ?」

「ダイラム軍は、ギーラーン総督軍と対峙しているじゃない。どうやってシャフレ・レイまで来るのよ」


 あくまでシャフレ・レイを動きたくないのか、シャフリヤールが頓珍漢なことを言い出す。が、アナスはそれを一蹴した。


「パルタヴァ貴族なんて、ハラフワティーとか関係なく、いつか機会があれば叛旗を翻してやろうと思っていた連中よ。そんなやつらを頼りにして行動したら、間違いなく貴方は破滅する。いま、貴方を護れる兵はダイラムにしかいないの。だから、ダイラムに行くしかないわ」


 アナスの発言は、恐らく正しかった。パルタヴァ七貴族は、どれもおのれの野望のために動いており、別にハラフワティーのために何かしていたわけじゃない。彼らはパルタヴァ王国を復活させるのに都合がよかったから、ハラフワティーを利用しただけだ。


 だから、恐らくハラフワティーの領域が解けても、パルタヴァ貴族は元のままだろう。神官殺しで警戒が高まっている中を、アルボルズ山脈まで突破しなければならぬ。


「全員で出たら、さすがに怪しまれる。爺さまくらいは、残していかなければなるまい」


 ザールは、妻の父サームを王都に残して行くと言った。ファリドゥーン、シャハルナーズにアルナワーズは連れて行く。逆に、それ以外の者どもは置いていくしかない。


 パルタヴァ貴族の目を盗んで、何処まで準備ができるかが正否を分ける。シャフリヤールにいざと言うときの覚悟があるか、アナスには不安だった。

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