第八章 ダイラムの叛乱 -2-
ナーヒードに謁見したパヤムとイェクターは、自分たちが蛇人に命じられてカルマニアとスィースターンの総督を勤めていることを話した。そして、莫大な量の税を要求されていたとも。
要するに、二人は税の減免を交渉しにヤズドに向かっていたのだ。たが、途上で竜の王が人間に討たれた。どうするか相談した結果、竜の王を討った人間たちに降伏することにしたのである。
ナーヒードは、暫く難しい顔で考え込んだ、現状では、カルマニアとスィースターンを援助できるほどの財政の余裕はない。だから、直轄地にするのは得策ではない。だが、この二人が総督で、果たしてカルマニアとスィースターンが治まるのであろうか。そんな行政能力があるとも思えない。
「うむ、そうだな。取り敢えず、本年度の税の減免は認めよう。二人の総督と太守の地位は、行政官と監察官を受け入れることで認めよう。多少ではあるが、ヤズドから物資の援助を行ってもよい」
ナーヒードは、とりあえずやらせてみて、駄目なら総督を交替するなり直轄地にするなり手を打つことに決めた。一年もすれば、そちらにも手を入れられる余裕もできるだろう。それまでは預けておいてもいい。
予想以上の成果を手に入れた二人は、喜んで御前から引き下がった。控えていたアナスは、あんなのが総督でいいの? と言う視線をナーヒードに向ける。ナーヒードは、やや言い訳気味に、カルマニアとスィースターンを見る余裕はないのだ、と答えた。
ともあれ、聖王国は、カルマニアとスィースターンの二つの属州を手に入れ、見掛けの勢力範囲は拡大した。暫く内政に専念できれば、力を蓄えることもできるかもしれない。
ヤズドにはバナフシェフと一万の兵を駐屯させ、ナーヒードは残りの兵を連れてサナーバードに凱旋することにした。バナフシェフはナーヒードにとって分身のような存在であるし、ヤズドを任せても不安はない。
サナーバードでは、クーロシュが忙しそうにしていた。行政長官などと言う役職を受けたばかりに、サナーバードの太守時代の三倍は働いていると溢している。
領土の拡大に伴い、彼の忙しさは更に増えていたが、幸いカルマニアとスィースターンは直轄地ではない。官僚を派遣するだけなので、手続きは速やかに終わった。
ナーヒードに面会を求める使者が大量に来ていることを、クーロシュは告げた。中でも未だ聖王国に編入されていないホラーサーン南部の都市や村の者が多く、竜王殺しの影響が早くも出ている模様であった。
まず、ハライヴァやピールジャンドなどの大きな都市の使者と謁見する。予想通り、聖王国の傘下に入りたいと言う使者であったが、ナーヒードは条件を付けた。その場合は直轄地にするので、太守には単なる行政官になってもらう、と。軍事、徴税、裁判の権利は国に帰属させると言われ、使者は返答できずに持ち帰っていった。拒絶すれば、軍を動かすだけである。ハライヴァ、ピールジャンドあたりの地域は蛇の惨禍を被っていないから、徴税してカルマニア、スィースターンの復興資金にしなければならないのだ。甘い顔はできない。
次に、小さな村の村長たちであった。アヤスク、ガエンなどの諸村が聖王国に入りたいと来ていたので、ナーヒードは即決でそれらの村を近郊の都市トルバデ・ヘイダーリエの管理区域に組み込むことを通達した。
それらは、これまでハライヴァやピールジャンドに税を納めていた村である。それを聖王国に編入したのだから、二都市は怒るであろう。だが、村の方から申し込まれたことだ。村に手を出すようなことがあれば、聖王国は黙っていない。
シャタハートの騎馬隊とアーファリーンの歩兵部隊をトルバデ・ヘイダーリエに駐留させる命令を出すと、ナーヒードは相手の出方を見守ることにした。
最後に謁見したのは、ギーラーン地方から来た男であった。ギーラーン地方は、パルタヴァ王国に組み込まれたばかりであり、聖王国とは直接関わりはない。それだけに、ナーヒードも相手の目的が読めなかった。
男は、ダイラム人のズィヤールと名乗った。ダイラム人は、ギーラーン地方の山岳地帯に住む人々だ。剽悍で知られ、カラフルな長盾と火槍で有名である。
ズィヤールの話は、ナーヒードには重いものとなった。
現状、ダイラムはパルタヴァ王国に服していない。何故なら、ダイラム人は光明神への信仰を失っておらず、水と豊穣の女神を奉じるパルタヴァ王国に屈するわけにはいかないからだと言うことらしい。
現在はアールフ・アームート城に立て籠ってパルタヴァ軍と対峙しているが、孤立無援である。聖王国軍の救援を求めたいと言う内容だ。
これは、ナーヒードには即答できなかった。パルタヴァ貴族に利用されているとは言え、王のシャフリヤールは血を分けた弟だ。しかも、ヒュルカニアの総督は、かつて恋慕もしていたシャープールである。直接ダイラムを攻めているのは、ギーラーンの総督に任じられたスーレーン家のアルダヴァーンであるが、背後に二人がいるとなると、迂闊に手を貸すわけにもいかない。
ナーヒードは、返事を保留した。ダイラム人を見捨てるわけにもいかないが、シャフリヤールとの全面的な対立もまずい。まず、よく考えねばならぬ。
政治的にダイラム人を保護できないか。シャフリヤールに申し入れることはできる。だが、国王が国内の異分子をそのまま放置することなどあり得ない。シャフリヤールが受け入れる可能性は低い。
では、ダイラム人を国外に逃がすか。これも難しいかもしれない。ダイラム人は、アールヤーン民族ではない。イシュクザーヤ系に近い民族だ。文化が違うものを、簡単に受け入れることができるだろうか。何より、ダイラム人が故郷を離れることに頷くだろうか。
「ナーヒードさま」
悩むナーヒードの手を、フーリが握り締めた。フーリは余計なことは言わない。だが、ナーヒードは何か背中を後押しされたような気がした。
「そうか、逃げていてはいかんな、フーリ」
シャフリヤールとの対立を避けるのは、逃げだ。ハラフワティーの策略に乗せられているだけである。ナーヒードとしては、和戦両面の構えを見せつつ、パルタヴァ王国と向き合わねばならない。
シャフリヤールへの使者を派遣しつつ、ダイラムへの援軍を派遣する。援軍の第一陣としては、ミルザの騎馬隊が最適であろうか。ダイラムに雇われた傭兵として言い訳もできる。
シャフリヤールへの使者としては、最低限自分の身を護れる者でなければならない。そうなると、エルギーザ以上の適任はいない。ナーヒードの身辺警護が不安だが、アナスがいれば、何とかなるだろう。
諸々の手配りをしつつ、ナーヒードはシャフリヤールとの落とし処を何処にするか頭を悩ませた。