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紅星伝  作者: 島津恭介
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第七章 竜族の王 -12-

 落雷と暴風が竜王の周囲に荒れ狂っていた。エジュダハーは千の魔術を行使できると言われている。巨大な肉体だけでも持て余しているのに、魔術を混ぜられだしたら余計に手に負えない。


 アナスを狙って落ちてきた稲妻を、アナスは神速(ホダー・トンド)でかわす。タルウィと同じで、アナスはエネルギーを速くすることには長けている。神速(ホダー・トンド)による脳の処理速度の高速化も伴って、通常なら回避不可能な雷撃をかわすことも可能であった。


 しかし、風速四十ザル(約四十メートル)を超えるような暴風が叩き付けられると、アナスたちは身動きが取れなくなった。まともに立っていられなくなり、うずくまって飛ばされないようにするのが精一杯である。


「と、飛ばされるし!」


 体重の軽いザリチュは体が浮きそうになり、両手をばたつかせてパニックになる。


「慌てないで、ザリチュ! 風の力を吸収しなさい!」


 アナスが声を掛けると、ザリチュはそれだ、と言う表情で周囲の風のエネルギーを吸収する。体の浮きはなくなったが、さすがのザリチュもこれだけ広範囲の暴風を全部吸収するのは無理であった。


 アナスとタルウィも、這いずりながらザリチュの後ろに避難する。エルギーザは風を操り、自分とナーヒードの回りには暴風を近付けない。


 ヒシャームとファルザームは、戦線に参加しようとしたところのこの暴風に、踏み込めずにいた。


「ヒシャーム、何とかせい。おぬしの力なら、これを抑えられるはずじゃ」

「ファルザームさまにも出来ると思いますが」


 ヒシャームは仕方なく黒槍(メシキ・フムル)を構え、その力を解き放った。


大いなる砂塵嵐解放シャマール・エ・ザンデ・アーザーデ!」


 エジュダハーの暴風に、ヒシャームの嵐が正面から衝突し、激しく噛み合い始める。お互いに膨大なエネルギーを内蔵したもの同士の衝突に、ザリチュの後ろに逃げ込んでいるアナスも悲鳴を上げる。巨大な台風同士の激突のようなものだ。下手な爆弾なんかより、衝突で生じるエネルギーは大きい。


 だが、その荒れ狂う暴風の中を、悠然とエジュダハーが進んでくる。質量三百万シェケム(約三十六トン)の前には、この程度の風は妨害にはならないらしい。凶暴な紅い双眸がアナス、タルウィ、ザリチュに向けられると、矢継ぎ早に雷撃が落とされる。アナスとタルウィはザリチュにしがみついて耳を塞いだ。落雷の轟音に耳がいかれそうなのだ。


「ちょっと、あたし働きすぎみたいな~」


 さすがにザリチュも疲れた声を出した。向けられる攻撃のエネルギーはどれも膨大で、吸収し続けるザリチュにも限度がある。すでにザリチュの頭上には巨大な玉が八つも浮かんでおり、蓄えたエネルギーの膨大さが窺えた。


「こいつはたまらんな」


 大鴉(カラーグ)の力で稲妻を弾き返しながらヒシャームがやって来た。ファルザームとナーヒード、エルギーザも一緒に付いてくる。


「反射した稲妻も全然効果なさそうだが」

「あの鱗に通じるのは、ファルザームさまのアフナ・ワルヤ真言くらいだったわ」


 アナスは、エジュダハーの背中の一点を指し示した。確かに、そこだけ鱗が溶けている。さすがに最強の退魔呪だけあって、竜王の鱗にも通用はするらしい。


 しかし、それでも鱗一枚剥がすのが精々である。とてもそれたけで斃せるとは思えない。となると、何人かで協力してダメージを与えるしかない。


「タルウィが足止めして、ファルザームさまが穴を開けて、おれとエルギーザとザリチュで穴を広げるから、止めはアナスが刺せ」


 ヒシャームが簡単に作戦を披露する。それだけでどうすれぱいいかは大体わかるが、止めを刺す役目に緊張はある。アナスには選択の刻が近付いていることがわかっていた。生き残るのは人間か蛇人か。これでアナスがエジュダハーを仕留め損なえば、もう勝機はない。次の竜王の反撃で、みな殺されるだろう。


 ぽん、と肩が叩かれた。アナスが顔を上げると、ザリチュが金貨を一枚差し出してきた。


 それは、ファルザームが初めにザリチュに渡した金貨であった。アナスは、ザリチュがそれを宝物のように大切にしているのを知っていた。いつもファルザームに金貨を貰うと小躍りして歓ぶザリチュであるが、その一枚は特別であった。


「お守り…みたいな?」


 ザリチュにとっては、それがアナスに唯一渡せるお守りであった。一番自分の想いが詰まっているのだ。


「大丈夫よ」


 アナスは金貨を受けとると、大切に仕舞い込んだ。


「仕事を請け負ったからには、失敗はしないわ」


 アナスは力強く頷いた。ザリチュは笑顔になると、得意気に胸を反らした。

 

「あたしとタルウィが付いてるし。気楽に頑張れみたいな!」


 そう言うザリチュ自身の手が震えている。亜神(ヤザタ)になったとは言え、元々の格は竜王に比べたら軽いものだ。本物の神を前にしたら、強がりもできない。


 アナスはザリチュの手を両手で包み込むと、もう一度頷いた。そして、タルウィに合図をする。


「いいわよ、タルウィ。やっちゃってくれる?」


 ヒシャームの大いなる砂塵嵐シャマール・エ・ザンデとぶつかって、竜王の暴風は大分威力が減衰してきていた。


 弱まった暴風など涼風のように無視しながら、地響きを立ててエジュダハーが進んでくる。竜王の口が開き、竜の咆哮(アジダハー)が飛来。破壊の叫びのエネルギーを、ザリチュが懸命に吸収した。その間に前足が振り上げられ、勢いをつけて振り下ろされる。凶悪な鉤爪が岩と砂を巻き上げた。


 慌てて鉤爪を避けながら、タルウィは意力(マナス)を竜王に向けた。エジュダハーの四肢が凍り始め、動きが一瞬止まる。


「いまよ!」


 アナスの声とともにファルザームの黄金の聖印が掲げられる。聖なる真言アフナ・ワルヤが発動し、破邪の聖光が竜王の眉間の鱗に突き刺さる。光明神(ズィーダ)の聖光は、暫く眉間の鱗と争っていたが、その一枚を融解せしめたところで止まった。


「エルギーザ!」


 ヒシャームの黄金の剣(タラ・シャムシール)がその眉間の孔に殺到する。エルギーザは黒き矢(メシキ・ディグラ)を旋風に乗せて放つと、分裂はさせずに力を一点に集中させて叩き込んだ。


 初めてダメージが通った。


 黄金の剣(タラ・シャムシール)黒き矢(メシキ・ディグラ)も、神の肉体を損傷せしめる特殊な武器である。眉間に無数のそれを食らった竜王は、さすがに大きな咆哮を上げた。だが、それで終わりではない。


雄山羊(ボズ)、それに黄金の猪解放タラ・ゴラーズ・アーザーデだ!」


 黒槍(メシキ・フムル)の七つ目の力まで解放したヒシャームは、その制御に歯を食い縛る。黒槍(メシキ・フムル)からは、漆黒の角のような輝きと、黄金の獣のような輝きが溢れてきており、その力に槍がきしんでいるほどだ。


「行け!」


 ヒシャームは雄牛(バエル)の膂力を乗せて、思い切り槍を投擲した。雄山羊(ボズ)の黒き破壊の力を帯びた黒槍(メシキ・フムル)は、眉間の孔に突き刺さると一気にその破壊の力を解放し、孔を押し広げる。そして、黄金の猪(タラ・ゴラーズ)の衝撃波が防御のない体の内部に叩き込まれた。


 今や竜王の眉間には大穴が開いていた。だが、巨大な肉体のエジュダハーの肉壁を突破し切れてはいなかった。タルウィの氷の束縛が破られようとする。だが、その前にザリチュがぴょんと飛び出した。


 その頭上には、溜めに溜めた膨大なエネルギーの玉が八つ、ふよふよと回っていたのである。

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