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紅星伝  作者: 島津恭介
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第七章 竜族の王 -11-

 眼前で見ると、まさに巨大であった。全長は三十ザル(約三十メートル)、体高も五ザル(約五メートル)くらいはあるだろうか。巨大な鉤爪に凶悪な牙。長大な尻尾が主武器のように見えるが、何よりその質量が一番の武器だ。三百万シェケム(約三十六トン)の体重から繰り出される一撃は、余裕で人間を挽き肉に変えるであろう。


 何より、その竜鱗が厄介であった。アナスの爆炎(インフィガール)も、ザリチュの撥ね返した竜の咆哮(アジダハー)も、エルギーザの黒き矢(メシキ・ディグラ)も通じない。あれだけ撃ち込んでも無傷である。さすがに並みの竜の鱗とは桁が違った。


「とにかく何も効かないのよ」


 呆れたようにアナスが肩をすくめる。タルウィは、試しに足もとから凍り付かせてみた。エジュダハーの四肢が氷に覆われていくが、竜王が足を動かすとあっさりと氷は砕けた。薄皮一枚くらいしか凍っていないようだ。


「化け物じゃない」

「正真正銘の化け物よ。どう攻めていいか検討がつかないの」


 竜王の動きは巨体の割りに早く、鉤爪や尻尾の攻撃を振り回してくる。兵は退避していたが、エジュダハーはあちこち動き回るので、巻き添えになる兵士が続出した。


 タルウィは水流の刃も試してみたが、鱗にはかすり傷もつかなかった。当然、剣や槍の刃が通るような鱗ではない。地響きをたてて暴れまわるエジュダハーから逃げ回りながら、アナスたちが苦戦している理由が身に染みてわかったのであった。




 ヒシャームは、狂暴の化身(アエーシュマ)以来の強敵と激戦を繰り広げていた。エンキドゥは竜人の膂力と鱗を持ち、素手でも人間を遥かに凌駕する攻撃力と防御力を持っている。その上二本の魔槍を手にしているのだから手に負えない。


 魔槍イガリマが無数に分裂して絶え間なく襲い掛かってくる。ヒシャームも黄金の剣(タラ・シャムシール)を無数に分裂させ迎撃する。


雄牛解放(バエル・アーザーデ)!」


 当初は互角であったが、本気を出したエンキドゥの撃ち込みは、力でも速度でもヒシャームを上回った。エンキドゥの撃ち込みに押されていたヒシャームは、膂力を底上げする黒槍(メシキ・フムル)雄牛(バエル)の力を解き放つ。力で押されることはなくなったが、それでもまだ撃ち込みの速度もエンキドゥの方が速い。


白馬解放セフィード・アスブ・アーザーデ!」


 次いで速度を底上げする白馬(セフィード・アスブ)の力も解放する。それでようやく、旋風のような魔槍シャルシャガナに付いていけた。


 エンキドゥは、常人を遥かに凌駕し、半分神に近い存在である自分に対抗してくる男に驚愕しつつ感心していた。魔槍シャルシャガナと互角に撃ち合える武器も、初めて見たのである。力も速度も、人間とは思えぬ力量であった。


 ヒシャームは荒く息を吐きながら、エンキドゥの攻撃を弾き返していた。黄金の剣(タラ・シャムシール)雄牛(バエル)白馬(セフィード・アスブ)を解放してもなお、エンキドゥに対して攻勢に出ることが出来ない。


 だが、このままでは勝負がつかない。ヒシャームの体力も多かったが、エンキドゥの体力は底無しである。長期戦は不利になるだろう。


狂暴の化身(アエーシュマ)よりも、おまえの方が手強いな」

「牛の悪魔なんかと一緒にするな。これでもこっちは神の血が入っているのだ」

「だが、もう慣れた。そろそろ終わりにするぞ」


 ぶんと黒槍(メシキ・フムル)を振ると、ヒシャームはエンキドゥに宣言した。魔槍シャルシャガナを構えたエンキドゥは、鼻で笑った。


 魔槍シャルシャガナが上から迫るのを軽やかに馬を後退させて避けると、ヒシャームは黒槍(メシキ・フムル)を構えて叫んだ。


大鴉解放(カラーグ・アーザーデ)!」


 四つ目の力を解放すると、黒槍(メシキ・フムル)の鋼の柄から漆黒の翼が出現し、そこを中心に黒い結界が発生した。ヒシャームは、黄金の剣(タラ・シャムシール)を魔剣イガリマの防御から外す。と、無数の槍がヒシャームに殺到してくる。


 魔槍イガリマが大鴉(カラーグ)の結界に触れると、黒き閃光が発し、イガリマは弾き返された。そのまま無数の魔槍が結界に反発し、エンキドゥへと撥ね返される。


 エンキドゥは流石に驚き、魔槍シャルシャガナで無数のイガリマを叩き落としたが、同時に黄金の剣(タラ・シャムシール)まで飛来してくると手が回らなくなった。


「ぐ、おお…こ、これは…!」


 次々とイガリマと黄金の剣(タラ・シャムシール)がエンキドゥに着弾し、竜人の鱗を刺し貫く。数十本の槍と剣がエンキドゥと騎乗する火竜の全身に突き刺さり、さしもの無敵の竜人と騎竜も満身創痍となった。


「とどめだ、黄金の猪解放タラ・ゴラーズ・アーザーデ!」


 五番目の力を解放し、黄金に輝く黒槍(メシキ・フムル)を構え、ヒシャームはエンキドゥに急接近する。エンキドゥは魔槍シャルシャガナで迎撃しようとするが、すでにその槍には今までの速度と力はなかった。


 白馬(セフィード・アスブ)の力で軽々とかわしたヒシャームは、雄牛(バエル)の膂力をフルに使い、黒槍(メシキ・フムル)の穂先をエンキドゥに叩き込む。心臓を貫かれ、それでもなおエンキドゥは反撃しようとしたが、内部から黄金の猪(タラ・ゴラーズ)の衝撃波が放たれるとさすがにその動きを止め、魔槍シャルシャガナを右手から落とした。黄金の猪(タラ・ゴラーズ)の力は、そのままエンキドゥの体を突き抜け、火竜の体をぐしゃぐしゃに破壊していく。


「こんな…ばかな…神人たるこのエンキドゥが人間ごときに…」


 エンキドゥは火竜から落ち、力なくよろめくと、大地に膝をついた。ヒシャームは黒槍(メシキ・フムル)を一閃すると、その首を刎ねる。首を失った竜人の戦士は、暫く宙に漂うと、糸の切れた人形のように大地に倒れ伏した。


「済まんな、エンキドゥ。おまえは神人かもしれないが、この槍もまた神の力そのものなのだ」


 天空と風の王(シャフレワル)の加護を得た神器黒槍(メシキ・フムル)光明神(ズィーダ)の加護が神々を封じて得た力に準拠している以上、この黒槍(メシキ・フムル)もまた何れかの神の力そのものであるはずだ。ファルザームならば知っているかもしれないが、ヒシャームは別に問おうとはしなかった。槍がそこにあり、ヒシャームの求めに応えてくれるならそれでいいのだ。


 それにしても、五番目の力まで解放すると、ヒシャームへの負担も大きかった。全身から力を抜き取られたかのような虚脱感と戦いながら、ヒシャームは戦場を俯瞰した。左翼はエジュダハーが所構わず暴れているのと、竜人の小隊が頑強に抵抗しているせいで、あと少しのところで崩れていない。サルヴェナーズはとうに限界を超えたか、部下に支えられながら前進している。目だけは異様に輝いているが、すでに声も出ない模様であった。


 サルヴェナーズの気迫に支えられ、その部下たちもまた死兵と化していた。数に勝るエンキドゥ軍を押しまくり、優勢に戦いを進めている。だが、ここぞというところでエジュダハーが着地してきたり、竜の咆哮(アジダハー)の余波が飛んで来たりで、軽くない損害を出している。その上、歩兵部隊を援護していたヒシャーム麾下の騎兵大隊長セペフルが、エジュダハーの下敷きとなって逝っていた。ナーヒードを狙われ、その援護に向かって潰されたらしい。セペフルの大隊は、副隊長であるアシュカールに引き継がれていた。


「そうか。セペフルが逝ったか」


 ヒシャームのもとには、蛇人の騎馬隊を撃滅したファリードも駆けつけていた。ヒシャームはファリードとアシュカールにエンキドゥの残存部隊の掃討を命じる。すでにミルザの騎馬隊が後方に展開しつつあり、それほど時間はかからずにエンキドゥの部隊も戦線を崩壊させるであろう。


「あとは、あのでかぶつだけだ」


 アナスたちは依然として竜の王に苦戦していた。エルギーザの黒き矢(メシキ・ディグラ)が通じない以上、ヒシャームの黒槍(メシキ・フムル)が通じるかどうかはわからない。だが、矢の力はあくまで分身のようなもので、本体は槍にあるはずだ。通じる可能性があるとしたら、そこであった。


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