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紅星伝  作者: 島津恭介
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第七章 竜族の王 -9-

 ザムグとメラムの軍が聖王国軍の歩兵に止められると、クナンサティーは次の軍を動かした。本陣に控えていた騎馬五千騎が、五隊に分かれて散開する。騎馬の狙いはバナフシェフの動いた裏である。親衛隊しかいないナーヒードの本陣を突くつもりであった。


「マーリー、ファリードと行け!」


 ヒシャームは副官のマーリーにファリードの千騎を付けて一隊に向かわせると、自身はセペフルの千騎とともに一隊に向かった。オルドヴァイ、ハシュヤール、ミルザがそれぞれ一隊に向かっているのを横目で確認しながら、ヒシャームは黒槍(メシキ・フムル)を頭上に掲げた。


 蛇人が乗っている馬は、竜鱗が全身を覆う竜馬であった。紅い瞳に殺気を宿しながら、風のように疾駆してくる。ヒシャームは、擦れ違い様、黒槍(メシキ・フムル)を振るって立て続けに五騎ほど叩き落とす。


 交差し、離脱したときには、蛇人は百騎ほど、味方は二十騎ほど落馬していた。


 再度ヒシャームは突撃し、更にもう一度斬り結ぶ。三度の交差で蛇人は半分ほどに数を減らし、包囲を受けて敗走した。


 余裕の出来たヒシャームが他の戦場に目を向けると、ファリードの千騎が竜馬の硬さに苦戦しているようであった。ヒシャームが救援に向かおうとしたとき、先んじてシャタハートの二百五十騎が、ファリードを包囲し掛けていた蛇人の騎馬隊に突入する。


 竜鱗を貫くため、いつもの倍以上の大きさの星の閃光ターラー・ラフシャーンが炸裂し、ファリードは一息ついて脱出に成功する。そのままシャタハートは星の閃光ターラー・ラフシャーンを放ちながら反対側に駆け抜ける。崩れた敵の騎馬隊を、ファリードは逆に包囲し返した。


 部下がシャタハートに救われたヒシャームはちょっと不満そうに唇をへの字に曲げたが、オルドヴァイ、ハシュヤール、ミルザの三隊が優勢に進めているのを見ると、次の獲物を探し戦場を見渡した。


 待機していた一万五千が動き始めたのは、そのときであった。中核となる千ほどの兵は蛇人ではなく竜人である。そして、それを率いる竜人の将軍エンキドゥ。エジュダハー麾下の最強の武将であった。


 エンキドゥは、自身も火竜に騎乗し、手には魔槍シャルシャガナを携え、頭上にはもう一本の魔槍イガリマが浮遊していた。


 エンキドゥは麾下の部隊を引き連れ、左翼のサルヴェナーズの陣に向かう。ザムグの兵五千を相手に優勢に進めていたサルヴェナーズであったが、エンキドゥの魔槍イガリマが分裂し、流星のように叩き込まれると前線が崩れた。そこに、エンキドゥが魔槍シャルシャガナを振り回して突っ込んでくる。サルヴェナーズは必死にその突破を防いだが、勢いに押されて下がらざるを得なかった。


「押し返せ! 二度も無様な姿を見せるわけにはいかぬのだぞ!」


 サルヴェナーズの秀麗な顔は、汗と砂にまみれて真っ黒になっていた。彼女の声は叫びすぎて嗄れていたが、それでもサルヴェナーズは叱咤し続けた。


 不意にエンキドゥの押しが弱くなった。サルヴェナーズが顔を上げると、エンキドゥの横腹にヒシャームの騎馬隊が突っ込んでいるのが見えた。


「今だ! 押せ! 押し戻せ!」


 圧力は軽くなったが、まだ前面には二万の敵兵が展開している。五千のサルヴェナーズが押し返すのは、かなり厳しかった。だが、何故かサルヴェナーズの兵は敵の前線を押し返した。長い髪を振り乱しながら前進していたサルヴェナーズは、シャタハートの騎馬隊が突っ込んできているのを見て更に叫んだ。


「此処が勝負処ぞ! 全員死ぬ気で前に出よ!」


 シャタハートの騎馬隊が、ザムグの五千を崩していた。この五千の指揮官はそれほどの力量はない。星の閃光ターラー・ラフシャーンの無数の弾丸を食らうと、耐え切れずに後退する。


 少し余裕の出来たサルヴェナーズは、ヒシャームか食いついているエンキドゥの軍に襲い掛かった。


 エンキドゥは、ヒシャームと激しい戦いを繰り広げていた。黒槍(メシキ・フムル)と魔槍シャルシャガナが唸りを上げて激突し、火花を散らす。魔槍イガリマが無数に分裂し、ヒシャームに宙から襲い掛かるが、ヒシャームの背後に出現した黄金の剣(タラ・シャムシール)が魔槍を迎え討った。


 両者の戦いは互角であり、決着は容易に付きそうになかった。


 大隊長のセペフルは自らの千騎を率い、エンキドゥの軍を斬り裂いていく。竜人の部隊がセペフルの前に立ちふさがり、激しく衝突した。竜人の斧で吹き飛ばされる騎士と、騎士の槍で貫かれる竜人。双方犠牲者を出しつつ騎馬隊が駆け抜ける。


 サルヴェナーズの部隊が決死の形相で押し込んでくるが、数が足りず決定打にはなっていない。ナーヒードは左翼の戦況を見て取り、あと一手が足りないことを見抜いた。ミナーは中央でよく耐えているし、右翼はアーファリーンとバナフシェフが押し気味に進めている。左翼は綱渡りだが、此処を渡りきれば、ぐっと勝利が近くなるはずだ。


「アナス、エルギーザ!」


 ナーヒードは自身の馬を引き出すと、その背に跨った。


「わたしも出るぞ。付いて来い!」


 もともとナーヒードは騎兵の将軍として軍歴を積んできた。指揮官としては、アナスよりずっと長いのである。きびきびとした命令に、親衛隊の騎士たちは瞬時に騎乗し、その指揮に従った。


「目標、味方左翼前面の敵! 左翼の左から回り込んで、一気に突き抜けるぞ!」


 女王の竪琴(チャング)のような声が戦場に響き渡った。ナーヒードの声は、怒鳴る感じではないのに不思議とよく通った。騎士たちは弓を携えると、ナーヒードの後に続いて駆け出した。


 ナーヒードが動き出したのを見て、クナンサティーは飛竜騎士を動かしてきた。高空から急降下してくる飛竜騎士に、エルギーザと親衛隊の矢が放たれる。黒き矢(メシキ・ディグラ)の容赦なき飛箭が飛竜騎士団に降り注いだが、それでも抜けて急降下してくる飛竜が何頭かいた。


 アナスは抜剣すると、爆炎(インフィガール)を駆使しながら飛竜を吹き飛ばした。何人かの騎士は急降下してくる飛竜の爪に斬り裂かれるが、矢の弾幕を掻い潜って降りてくる飛竜は少なかった。孤立した飛竜騎士は、あちこちで親衛隊の騎士に討たれていく。


 結局、エルギーザの弾幕が飛竜騎士をほとんど叩き落した。クナンサティーは歯噛みをしたが、ナーヒードは前へと突き進み、回り込んでエンキドゥの横手に出る。


「斉射!」


 ナーヒードの命とともに一斉に矢が放たれる。エルギーザの黒き矢(メシキ・ディグラ)も加わり、エンキドゥの軍団に綻びを開ける。


突撃(フジューム)!」


 こじ開けた穴に、ナーヒードは躊躇いなく突っ込んだ。親衛隊の騎士たちは、駆けながらも雨のように矢を降らす。蛇人の兵士が堪らず逃げようとするが、後ろが詰まっているので逃げられない。馬蹄に掛けられ、幾人もの蛇人の兵が斃れていく。


「女王陛下だ! ナーヒード陛下が出陣されたぞ!」


 セペフルはもともとナーヒードの配下の大隊長である。ついに前線に出てきたナーヒードに歓呼の声を上げると、呼応するようにエンキドゥの軍を横断した。ナーヒードとは幾度もやってきた連携である。何も言わなくても、彼女が望む動きはできる。


 エンキドゥの軍団は左右から寸断され、その圧力を大いに弱めた。戦列が薄くなったのを見たサルヴェナーズは、最後の死力を振り絞って押し込んだ。サルヴェナーズの兵は死兵と化し、エンキドゥの兵を後退させる。その無様な姿にエンキドゥは大いに怒った。だが、エンキドゥの前には、黒衣の騎士セヤ・レバース・アスワールが立ち塞がり、動くことができなかった。


「おのれ!」


 エンキドゥは咆哮した。空中で戦況を見守るクナンサティーも、どうにも形勢が悪いことを認めざるを得なかった。切り札を次々と使っても、聖王国軍はそれを上回る手を示してきた。ならば、ここで最後の手札を切るしかなかった。


「陛下!」


 クナンサティーは本陣に控えるエジュダハーに向けて叫んだ。


「ご出馬を! 今こそ陛下の力で人間どもを蹴散らすときです!」


 エジュダハーは唸り声を上げた。その声の響きだけで、大地が震動した。彼はゆっくりと大地に立つと、人間の姿からゆっくりと巨大化していく。それは、飛竜よりも地竜よりも巨大な竜の王の姿であった。


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